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2000年10月 アーカイブ

2000年10月05日

伊達ロック 総集編2-実行委員長のインタビュー

伊達ロック 総集編

伊達ロック実行委員長のインタビュー

 今回伊達ロック総集編第二回目として伊達ロック実行委員の目黒君に話しを聞きに行きました。伊達ロックは半年そこらで100人以上の若者がスタッフとして集まり、1万人以上のお客さんが来た。 そして誰もの予想以上の規模のイベントとなった。一年目でいえば大成功だろう。失敗がないわけでもなかったが、まずは成功したことが一番大切なことだと思う。 最大の問題はこれから伊達ロックはどうなっていくのか、どうするのか、目黒君がどうしていきたいかだと思う。 そんなことを考えながら伊達ロック実行委員長(9/10現在)の目黒洋一君私佐藤研一朗がインタビューをさせていただいた。

研一朗 メインイベントが終わって一ヶ月が経とうとしていますが。 メインイベントの感想は?
目黒洋一 今思うと遠い過去のような気もしますしね。 逆に人から伊達ロックの感想を聞いたりして、やって良かったかな。と思っています。
研一朗 メインが終わったときはどうでしたか。やったぞっていう気持ち、まだまだだとおもいましたか。
目黒洋一 まだまだとは思わなかったけど、正直やっと終わったという気がしましたね。
研一朗 去年の冬から始まって半年間突っ走ってきたとおもいますが。大変でしたか。
目黒洋一 正直大変でした。
研一朗 それは忙しかったってことですか。
目黒洋一 そうですね、やっぱりいそがしかったですね。
研一朗 いつも伊達ロックのことを考えているって感じだったのですか。
目黒洋一 そうですね、係りっきりと言えば係りっきりでしたね。
研一朗 大学の方はたしか休学されていたのですよね。
目黒洋一 そうですよ。
研一朗 休学していなければできなかった?
目黒洋一 そうですね、今年はきつかったかも知れません。
研一朗 一年目ですものね。
研一朗 スタッフは最後は何人くらい集まったんでしょうか?
目黒洋一 一様登録メンバーなんですけど、名前だけある人もいるんだけど、140人くらいでした。
研一朗 メインイベントに参加したのは何人くらいでしたか。
目黒洋一 そのうち70人くらいはきてくれました。
研一朗 お客さんは何人くらいきたんですか?
目黒洋一 そうですね大体一万人は軽くこえているんですが。 確か公式発表だと一万五千人位だと考えているんですが。
研一朗 最初の三月のプレイベントのときはお客さんは何人来たんですか。
目黒洋一 六百人ですね。そんなに来たのかって話もありますが。(笑)
研一朗 ずいぶん大きくなりましたね
目黒洋一 いやーそうですね。
研一朗 最初のときはメインイベントがあんなに大きくなるなんて、思わなかったですか。
目黒洋一 そこまでしたいとは思っていましたが。逆に一年目からそこまででかいイベントをするんだったら、毎月やらなきゃいけないのかなって。
研一朗 毎月イベントをすると言うのは客の立場から言うとなかなかいいなという気がするんですが。やってみる立場とするとどうでしたか。
目黒洋一 やる側としてもたいへんだったという意見が半分を超えると思います。 ただそれでも毎月やっているイベントは他にはないだろう、だからやりたいよっていう意見もあります。正直そちらの方を尊重できたら理想ですよね。だから来年やるとしたら、各グループがたとえば毎月交代交代でやってもいいし、逆に競い合ってもいいと言う話もありました。
研一朗 メインイベントはあれだけ大きくなりましたけど、問題点とか来年やるとしたら直したい点はありますか。
目黒洋一 問題点と言えば小さなところで問題があったという、例えば時間ですよね、時間がだいぶ押していまったという事、これは事前に防げたことだし。 あといろいろその後の対応も不十分なところもあるし。 運営でお世話になったからと言って出てもらったバンドがあったのですが。そのバンドがけっこうひどいバンドだったりして、でもそいうバンドはいくらつながりの人がお世話になったとは言え、そういうバンドをだしてまったら伊達ロックってこんなものなのかって言われてしますので、、、つまり自分達でほんとにこのアーティストに出てほしいのかと言う話し合いが足りなかった点があるかもしれません。
研一朗 プレイベントで選考されたバンドがメインイベントに出ると言うのがうまくいかなかったわけではないんですか。
目黒洋一 ええ、その面はよかったと思います。ある意味もしかしたらゲストが必要無いくらいだった。必要無いと言ったら今回出てもらったバンドに失礼だけど、ある意味、、、
研一朗 もっと厳密にやりたかった?
目黒洋一 そうですね厳密というか、なんでこの人たちに出てもらっているかと言うところをもっと、、、
研一朗 意味付けの様なことですか。
目黒洋一 そうですね。
研一朗 たくさんのスタッフが集まって来ましたが、みんな何に集まって来たと思いますか。
目黒洋一 。。。何に集まってきたんでしょうかね。若者が不特定多数集まってと言う組織が仙台になかったからじゃないですかね。
研一朗 確かにないですよね。学校の中の集まりならありますけど。 人が集まったのはインターネットが大きかったですか?
目黒洋一 大きいですよ。あれがなっかたら伊達ロックは成功しなかったでしょうね。 あれがなかったらそれこそ毎日ミーティングをやらないとまずいですからね。 メール上で連絡ができたりとかありましたから。
研一朗 僕は伊達ロックのビラを雑貨屋で見つけて、ホームページのURLが書いてあったので それでホームページを覗いたのが伊達ロックにかかわるきっかけになったのですが。 ミーティングの内容とかが乗っていて驚きましたが、中身を公開すると人もよって気やすいのかも知れませんね。
目黒洋一 そおかも知れませんね。 話づれてしまうかも知れませんが、伊達ロックはできるだけ公開制にしていきたいと思うんですけど。あんまりイベントをやっていて予算まで公開しているのも珍しいかも知れない。(笑)全部公開してしまって、突っ込むんだったら、突っ込んでくれと言うか、なにか御意見がございましたら、アドバイスして下さいって感じですかね。 逆にそれが突っ込まれやすいところなんですが、それが美味しい所なんです。ちゃんと公開すればイベントやるのにこんなに金がかかるのかって分かってくれる人もいると思うし。
研一朗 あれはこれからイベントをつくろうとしている人のいい教科書になりますね。
目黒洋一 いやーそうなってくれればいいですけどね。 このごろ驚いたというか、恥ずかしい事なのかもしれないけど、今高校生が立ち上げていますよね。宮城県高校生合同文化祭という祭り9/30に確か勾当台でやるらいいのですが。そしたら向こうの方が協賛のお金が集まっているんですよ。(笑)
研一朗 高校生お金ないからだしてあげようって気になるんですかね。(笑)
目黒洋一 そうなんですよ。お金が集まると言うのは、それだけ意義がちゃんとしているって事なんです。あと協賛の意味がしっかりしている。高校生のイベントを高校生が立ち上げたということはでかいですね。だから協賛もつくと言うことなんですが。
研一朗 今伊達ロックのHPを見ると毎週毎週ミーティングを公開していますけど、 イベントが終わったばかりなのにずいぶん一生懸命議論していますね。 大きなイベントが終わった後で一息つきたいなって思いませんか?  
目黒洋一 そうですね。十月まで全く無しって言うのもいいかなとは思ったのですが。終わって最初のミーティングで話し合いだけでも続けていこうと言う話になったので、それで続けていくことになったんです。休むのもありだったと思いますよ。ただ絶対自分達がやったことを無にしないために、ミーティングとか整理する活動は絶対に必要ですから。  
研一朗 自分たちがこうやっていますということを整理して公開するというのはすごいことだと思いますが、大変な作業ですよね。  
目黒洋一 それでどういう反響があるか、もしなかったとしてもそれを読んでいただくことで伊達ロックどうなんだろうと関心を持っていただければなあと思っています。ただ読むにしても骨が折れますしね、あれを一回読むにしても15分はかかりますからね。そしたらそしたらそんなに読んでいる人もいないんじゃないかって思うんですけど。とりあえずやるだけやってみようと思ったんですよ。  
研一朗 でもそろそろ休みたいって気持ちはないんですか?  
目黒洋一 (すぐに)ありますね。  
研一朗 メインイベントが終わっても忙しいですか。  
目黒洋一 いい加減にしろって感じですね(笑)。  
研一朗 ミーティングに集まってきている人はどのくらいいるんですか。  
目黒洋一 正直だんだん来る人減っていますね。毎回熱心に参加してくれる人もいますが、メインイベントが終わって後は12、3人は来ていたけど、今は6人とか8人くらいですかね。ちょっと私のやり方が悪いって気がするんですが。  
研一朗 今は何に向けての話し合いなんですか。  
目黒洋一 何に向けてというか、けっこう抽象的な話し合いをしていますね。 そのせいもあってなかなかうまく進まないってところがあると思う。  
研一朗 今後伊達ロックどうしていくの?という話し合いですか?  
目黒洋一 そうですね。  
研一朗 メインイベントが7/30に終わって九月一杯まで今のような話し合いをして、10月からまた新たに伊達ロックの活動を始めると聞いたのですが、目黒君は来年も伊達ロック実行委員長をやるんですか。  
目黒洋一 んん~~正直やりたくないですけど、その場の状況をみてですよね。 それこそ何だろう本当の代表みたいでやるって言うのもありかも知れませんね。 やばいときにブレーキをかけたりとかという役で、ほんとに実行委員長という実行する責任者は別の人にやってもらったほうがいいんじゃないかなって思います。  
研一朗 大変だってこともあるんですか?  
目黒洋一 ありますし、二年も同じ人がやってしまうと、それこそ俺がいないとできない組織になっては困りますから。あくまで人にたいして集まっている組織だとちょっと、思いに集まっている組織じゃないと、思いとか目的とかがないとまずいと思うんですよ。  
研一朗 今回のスタッフはやはり目黒君に集まってきた人って言うのは大きいと思います。  
目黒洋一 そうですかね、やっぱり(苦笑い)  
研一朗 目黒君のかわりに次を引き継いでくれそうな人はいそうですか?  
目黒洋一 やれる人はいると思いますけどね。(ただ)誰って言うのは思い浮かばないですね。  
研一朗 来年実行委員長をやる人はやはり大学を休学してやるんですか?  
目黒洋一 その辺はやりかたしだいだと思いますよ。4回プレイベントをやるにしても4チームに分けてプレイベントをやって、メインイベントはみんなでやると言うのでもいいし、そんな形ならそんなに負担がかからないかもしれない。  
研一朗 あまり全てを伊達ロックにかけてやると、伊達ロックでお金を稼いでいるわけではないので、つらい所ありますね。  
目黒洋一 そうですね。 
研一朗 目黒君は大学は再来年卒業ですか。  
目黒洋一 ええ再来年の三月です。  
研一朗 卒業したらなにをしますか。  
目黒洋一 正直まだ分からないですね。だから経験を積むためにいろんなことをやっていこうと思っています。  
研一朗 来年も伊達ロックが同じくらい忙しかったら大学に行って勉強することが出来ますか。  
目黒洋一 もし自分がかかわるとしてもそうでなければいけないと思いますね。  
研一朗 来年実行委員長をやる人もやはりお金は出ないんですよね。  
目黒洋一 そうですね。今回の予算書にはちゃんと付けられなかったんですが、スタッフの赤って結構ありますからね。  
研一朗 その辺バランスをとるのは難しいですよね。  
目黒洋一 そうですね。難しいのかもしれませんね。  
研一朗 目黒君は社会人になっても伊達ロックにかかわって行くんですか。  
目黒洋一 正直なってみないと分からないですけど。逆に思ったのは社会人でも伊達ロックやっている人もいるんですよ。だからそのくらいのパワーは持ちたいと思いますね。たとえ仕事していてもその位の余裕があるって言うか、逆に無理してでもやるというか。そのくらいのパワーは持ちたいですね。  
研一朗 私の周りにも絵を描いていたり、音楽をやっている人がいますが、たいていはそれでは食えないのでサラリーマンをやりながら絵を描いているというか、絵を描きながらサラリーマンをやっている人たくさんいますよ。  
目黒洋一 そういう人生もありかもしれませんね。  
研一朗 今後伊達ロックは今のミーティングではどうなっていくという方向付けは出来てきましたか。  
目黒洋一 まだ分からないです。 
研一朗 来年もまた毎月プレイベントをやるとかと言うことは、まだ決まっていないのですか。  
目黒洋一 そうですね。まだそこでももめると思います。今年と同じようにプレイベントをやろうとなったら、やりたいって人とやりたくないって人に別れると思います。  
研一朗 それは10月になってから決めるのですか。  
目黒洋一 そうですね。10月11月でいいとおもいます。  
研一朗 今度から冬もやってみたいっていうはなしも出ているのですか。
目黒洋一 んん~冬にやるとしたら、考えを少し変えなければいけないかもしれませんね。あえて屋外でやるのがいいのかという。冬の屋外でやるのはお客さんも演奏する人もほんとに辛いですからね。逆にもしやるなら見ている人を熱くするくらい物にしたいですけどね。どうかなぁ。  
研一朗 伊達ロックはイベントだけの集まりではないと聞いたのですが。何か具体的に企画がありますか。  
目黒洋一 具体的な企画はまだないです。 
研一朗 どういうことをやっていきたいですか。  
目黒洋一 伊達ロックでやることっていうことは 正直まだはっきりと定まっていないのですが、二つあると思うんですよ。 まず発信組織であるということ。もう一つはスタッフのスキルアップというかキッカケをつかむという組織であるということ。せっかくこれだけのネットワークがあるのだから、出来ることがありますよね。その二点だと思います。  
研一朗 組織という面で言うとこれからはそのようになっていきますか。今年は中心になって働く事務局の人と、その他のお手伝いをするスタッフになっていましたよね。来年もそのようになるのですか。  
目黒洋一 組織についてはどのようになっていくかまだ分かりませんが、中心メンバーはいなくてはいけないと思いますが。  
研一朗 今年伊達ロックをみていて印象にのこったのは中心メンバーがほんとに伊達ロックに入れ込んでいることですが。毎年あれだけ伊達ロックにかけてやっていけるでしょうか。  
目黒洋一 当然入れ替わりは必要だと思いますよ。  
研一朗 メインイベントが終わってから新しい人は入ってきましたか。募集とかはしていないのですか。  
目黒洋一 そうですね。こちょこちょやってるくらいですかね。  
研一朗 9月の9日10日にジャズフェスティバルがありますが。あのイベントは参加バンドがどんどん増えていっていますが、伊達ロックはあのようにどんどん拡大していくのですか。  
目黒洋一 つもりはないですね。結果として拡大したらいいですけど、それを第一とするとそれこそスタッフの負担がどんどん増えていきますからね、限界点見えてしまいますので、その必要はないと思います。  
研一朗 というよりはどのようなところを目指しますか。  
目黒洋一 んん~、それこそほんとに自分たちで押したいというか、発信したいものを選んでいったほうがいいんじゃないかなと思うんですけど。  
研一朗 伊達ロックカラーを出していくということですか。  
目黒洋一 そうですね。その方がいいと私は思うのですけど。あくまでもこれはまだ私の意見ですけど。  
研一朗 今の伊達ロックの大変だなって思うのは今回は最初から7月の終わりに大きなイベントをやるって決まっていた訳ですよね。それで成功させるためにどうすればいいかという形から始まった訳ですよね。  
目黒洋一 ええ  
研一朗 今はまだ来年どうなるか決まっていなくて、ああ~どうやろうかなって所から始まっているから少し大変かなって外から見ていると思います。 例えばひとりリーダーがいてこうしようという話しになって、そのためにはどうするという話し合いの方がなにか建設的な気がしないでもないですが。  
目黒洋一 うんうんうんうん。  
研一朗 こういうことをやるんだと誰かが提示して、それに賛同した人たちがそのためにどうするんだという方が効率がよさそうですが、みんなでどういうことをやろうというところから決めるのは難しいのではありませんか。  
目黒洋一 その通りだと思います。こうやろうといったほうが効率はいいですね。  
研一朗 でもそうやらないのは。  
目黒洋一 まだそんなに急ぐ必要はないと思ったんで、それよりはどうしようね~という話をして、個々のスタッフがそれぞれ動けるような状態になったほうがいい。こうしよういったら、こうしようというそれがないと動けないですからね。  
研一朗 そういう点では新しい組織の形態の様な気がします。面倒くさいから普通はこうしようって言ってそれに集まってきてバーっとやってしまいますが。ちゃんと話し合いで決めようというのは、民主主義みたいな感じじゃないですか。ただそれは大変な労力を使う事だと思いましたね。  
目黒洋一 そうですね。民主主義って本当に大変なことだと思いますよ、おれ。  
研一朗 一人ひとりがちゃんと考えなければいけない。  
目黒洋一 そうですね。 
研一朗 今の伊達ロックの話し合いを見ていると本当に思いますね。 いまの日本の民主主義がうまくいかないというのは、みんな面倒くさがっているころがあるのかもしれませんね。  
目黒洋一 別に考えなくてもうまくいっていますからね。  
研一朗 目黒君は伊達ロックをやっていて何に一番意義を感じましたか。  
目黒洋一 (しばし沈黙)んん。スタッフそれぞれきっと何か気づいたことがあったと思うんですよ。 お客さんもそうですし。抽象的にいうとそんなところです。  
研一朗 目黒君はどんなことを気づきましたか。  
目黒洋一 それこそ、自分は日々の生活が就職活動だと思っているんですよ。就職活動ってまず企業をあたる前にどんなことをしたいのか探すほうが先じゃないかと、いままで良く分からないから取りあえず金を稼ぐために就職するって言うのも一つ有りだと思いますし。正直就職活動のつもりで伊達ロックやっていましたから。イベント企業は無しだってことは分かりました。(笑)  
研一朗 なんでですか?  
目黒洋一 それこそお金のもうかるイベントはやりようによってはやれるんですよ。有名な人を呼んできてやればいいわけですよ。でもそれを自分がしたいのかといえばそうではないと思ったんで、イベント企業は違うなって思いました。 だから劇団CUEのリンクに貼ってありますが、ウェル・パフォーミングアートさんあれはすごいと思いますよ。ほんとに自分たちの推薦したいアーティストをしっかり選んできて、その人たちの公演をやっている。  
研一朗 それで企業としてやっている。  
目黒洋一 そんなに事情は良く知りませんが、そんなに儲かっているって感じではないですね。大変なんだなぁって言う。  
研一朗 そうでしょうね。  
目黒洋一 やっぱりウェルさんのイベントはいいのばっかりですね、いってよかったなぁって、こんな人もいたんだっていう。  
研一朗 伊達ロックお金を稼ぐという方向には行かないのですか。  
目黒洋一 いけないでしょうね。(笑)  
研一朗 若者がやっていると言うこともありますし。  
目黒洋一 いや若者がやっているということで逆にお金を稼ぐことも出来るんですよ。  
研一朗 お金は今回結構集まったんですか。  
目黒洋一 いや集まってないですよ。(笑)だって協賛金が20万円とかそんなものですからね。  
研一朗 メインイベント全部やるのにいくらかかったんですか。  
目黒洋一 メインイベントだけで約100万円ちょっとかかっています。  
研一朗 100万円あるとあれだけのイベントが出来るのですか。  
目黒洋一 いや出来ないですよ。あれだけの規模で普通イベントをやったら800万円は必要だと思います。  
研一朗 スタッフの努力で100万円になったって感じですか。  
目黒洋一 そうですね。つまり八十人くらいのスタッフがいた訳ですけど、そういう人に一日働いて貰ったら、相場だと8千円ですよね。ですからそれだけで一日70万円位ですか。  
研一朗 そう考えると恐ろしいですよね、一ヶ月前とか、いやもっと前からやっているんですもんね。  
目黒洋一 ずっと前から物作りをしているわけですから。それを外注にすると人件費の3倍位かかりますから。  
研一朗 お金を稼ぐのって難しいなって思いますね。僕は今こういうことをやっているけど、お金は入ってこないわけですけど。どうやって稼いでいけばいいのか、どうやって集めればいいんだろうという。お金を稼ぐことは悪いことではないですけど。お金を稼ぐことが目標になってしまうと、僕は自分のやりたいことをやっているので、話しが違くなってしまうんですよね。  
目黒洋一 そうか、そうですねある意味スタッフが何かしら気づいた事という話しがさっきあったと思うんですが。お金を稼ぐことが目標になってはだめだよっていう、それもあると思うんですよ。  
研一朗 僕の周りにも絵描きさんがいますけど、売るための絵は描いてはいけないという。バラの絵は描いてはいけないらしいんですよ。バラの絵っていうのは良く売れるらしいんですよ。でもずっと絵が売れない時期があったりすると、描きたくはないけど生活のためにバラの絵を描いてしまう。一回そういうように描いてしまうともうその人は絵書きとして、自分が書きたいものじゃなくて、お金のために描いてしまったらもう戻れないというか、そうやって才能ある人が結構どんどんやめていくという話しは聞きますね。だから私の周りにいる人はみんな自分が描きたいようにしか描かないから、ほとんどそれで飯を食べることが出来ない。  
目黒洋一 そしたらやっぱり趣味でやっていくしかないんですよね。  
研一朗 趣味ではなくて、絵書きが職業なんですよ。ただ売れない職業(笑)、だからそれでは飯は食えないから副業で企業に入って働いているという感覚ですよね。  
研一朗 今回協賛金を集めるのはどういう人たちがやったのですか。  
目黒洋一 それこそ全くの素人がやったんですけど。  
研一朗 どういう所にいったんですか。  
目黒洋一 知り合いの所もそうじゃないところも行きました。  
研一朗 それはほとんど営業の仕事と同じですよね。そういうことを学生のうちにやるのはいい経験でしょうね。  
目黒洋一 そうですね。まあそれがいやでやめていった人もいますからね。  
研一朗 イベントをやるうえで確かに仕事としか言い様のない作業ていうのは必ずありますよね。  
目黒洋一 それでも、そういうことは経験になって後からついてくるものですからね。  
研一朗 んん~。話しが終わってしまったかな。(笑)  
目黒洋一 まだ具体的になっていないのが辛いところですね。  
研一朗 たしかに時間がかかるでしょうね。目黒君がいなくってからも伊達ロックがちゃんと運営されるためには、スタッフみんなが伊達ロックの事をいつも考えている状態にしないと大変でしょうね。  
目黒洋一 そうかも知れませんね。  
研一朗 今日は本当にありがとうございました。  

対談を終えて

 思っていたような話しを目黒君から聞くことが出来なかなくて自分の聞き手としての力不足を非常に感じました。 目黒君の考えがまだはっきりとまとまっていなかった事もあり、話しが盛り上がらず、少々話しが重たくなってしまいました。 私も目黒君もまだまだというのが現実のようです。ただこのインタビューはいろいろな示唆に富んでいるように思ったので、 出来るだけそれが伝わるように、話しがあっちこっちに行ってしまっているけれど下手に編集などしないでほぼインタビューをそのまま掲載しました。
 10月1日の伊達ロックのミーティングに顔を出してきました。今後伊達ロックはスタッフみんながいいと思ったものを積極的に応援していくという方針で活動をしていくそうです。 目黒君は来年は伊達ロックの代表をしないで世話人みたいな事をやっていくそうです。新しい代表はまだ決まらないということだった。このことについて正直に言って大丈夫だろうかという気持ちを抑えることが出来ません。 どんな組織にもリーダーが必要で伊達ロックでもそれは同じこと、リーダーがいない組織なんてあり得ないし、それはタダの人がたくさんいるだけの、 烏合の衆になってしまうと思う。好条件や幸運はいつまでも続くわけではないのだから、 さっさと新しいリーダーを立てて次の目標を決めそれに向けて一刻も早く走り出して欲しい。やり残したことがあるでしょう。やりたいことがあるでしょう。 さあ伊達ロックはまだ花を一つ付けただけですよ。  

ピンズライブvol5密着取材

ピンズライブvol5密着取材

9月10日に141にあるエルパーク仙台で行なわれた劇団CUEプロデュースピンズライブに行ってきました。密着取材というのは少々大げさでその場の空気を感じてきたというのが妥当のようです。朝から晩まで舞台裏にお邪魔させてもらいました。今回出来るだけ出演者を刺激しないように露骨なインタビューなどはしないで、じっとその場の空気を変えないように静かに見ているということにしてしました。それが良かったかどうかは分からないけれど、その場の空気が少しでも伝わったらいいなと思っています。


 私は9時に行く。少し雨がふっている。 場所は141にあるエルパーク仙台、こじんまりとしたいいホールだった。 何もないホールをステージ、照明、客席を一つずつ一つずつ自分たちで組み裁ってていく。 照明合わせ、そしてリハーサルと着々と準備は進んでいく。

 五時半になりお客が入ってくる。お客は 10台から20代がほとんどだった。ちらほらと年配の方も見ることができた。 150〜170人は入ったんじゃないだろうか。

 ライブはダンスに始まり、三つのコント、そしてダンス&うたで終わった。まず最初のダンスあの迫力ある踊りを目の前でされると、こちらがやられそうになる。効果音、照明も素晴らしかった。

 コントはとても話しが分かりやすいものと、話しに脈絡が無くどこで笑えばいいか分からなくなる物があった。とても面白かったのは相方というコントだった。ビックなお笑い芸人を目指す二人組の話しで、兄さんと呼ばれる主人公は苦節十年売れないお笑い芸人をやって来た。 実は今まで10年間同じ相方とコンビを組んでいたが全く売れなかった。そしてその彼の相方は自殺をして死んでしまった。

 そしてやっと見つけた今度の相方の増田君(?たしか)とは今までにないくらい、相性がよくうまくいきそうである。あすに迫ったお笑いの大会に向けてネタ合わせをしているという舞台設定である。

 兄さんが増田君に「死んでしまった元相方はひどいもので、あいつのせいで売れなかった。」「あんなやつ死んでくれて、本当に良かったよ。」「俺増田君とコンビを組めてよかった。今度はうまくいくきがするよ。」なんて元相方の悪口をいっていると。そこに自殺したけど成仏出来ない元相方が幽霊になって出てくる。「もっと突っ込みたいよ〜〜」という調子である。もちろん彼は成仏が出来ないのだから自分が死んだとは思っていない。そして兄さんに新しい相方が出来たことを気に入らず、二人を別れさせようと邪魔をしようとしてどたばたと話しがすすんでいく。落ちは確か兄さんも死んでいるという感じだった。

 このコントがよかったと思うのは分かやすい設定、理解しやすい心境、客が頭を使い想像をしながら見る事が出来るところだろう。兄さんには昔の相方の幽霊が見えて増田君には見えない。増田君がトイレに行った間に兄さんは何とか成仏させようと元相方の幽霊をなだめすかし説得しようとする。その様子を増田君に見られてしまう。この時増田君には幽霊が見えないので、兄さんは一人でなにをおかしなことをしているかと、いぶかしげな目で見る。ここでは客にはもちろん幽霊役は見えているけれど、お客は増田君には見えないんだよなぁと想像して頭を使ってその錯覚を楽しむ。これがとてもいいのではないか、私がほんとに面白いと思ったコントはこの要素があるように思える。これで落ちがもっとひねるか、ほんとは兄さんもお化けだったということをうまく説明出来れば最高だっただろう。それにしてもよくあんな話しが思いつくものだ思う。ピンズは夜中に練習をするために墓地を使うと聞いた。近所迷惑にならなくしかもタダの場所を探したらお墓しかなかったらしい。 もしかしたらこのネタはそこ思いついたのかもしれない。

 そして最後のライブパホーマンスは圧倒される。ダンサーの激しい動き、心臓の鼓動に合わせ私の胸も高鳴っていく。全て舞台が終わったのに自分の心臓がドキドキしている事に気がついた。これには自分でも驚いた。 ライブパホーマンスが終り、ステージが終わったんだと気がついて少し間を置いて拍手がなったのが印象的だった。みな我に帰るまで少々時間がかかたようだ。そしてあっという間にライブが終わってしまった気がした。

 今回笑いに来たお客は少々面を食らっていたようだ、客は笑う余裕がなく圧倒的なパワーにあっけにとられていた。笑うというより笑わされていたようだ。 いいものを見せてもらった気がする。早く劇団CUEが一流のエンターテイメントになってくれることを思いながら。


佐藤研一朗

劇団CUEのホームページはこちら

現代美術以外の表現形態における現代性

 EVAN PARKERがまた仙台にくる。誰が何といおうと、現代に残る数少ない前進し続けるJAZZプレイヤーだ。

 JAZZは死んだ!ということはよく言われることだ。事実、私も1969年のアルバート・アイラーの死をもってJAZZという表現ジャンルは、幕を閉じたと思っている。

 今でもビッグネームはいっぱい居るが、JAZZとしてのありようとは個人表現の深みを押し広げていくところに有ると思う。その意味では、コルトレーンや、アイラーが居なくなったJAZZ界では前進にブレーキがかかったようで停滞期に入ったように見える。そして停滞は死を意味するのだ。

 アメリカにおけるJAZZはこうして幕を閉じたように見えるが、実は北欧で脈々と前進を続けている人達が居る。あまりコマーシャルではないが、そして方向性は必ずしもJAZZの脈絡を踏襲したものではないかもしれないし、聞いていてちょいと触感が違う。しかししかしである。そこでJAZZの命は生き続けているのである。

 EVANは、その旗手的な存在である。その表現は、北欧のもう一人の旗頭であるペーター・ブロッツマンの豪快さに対し、極めて理知的な味わいがある。サックス一本(とりわけソプラノは凄い)から、つむぎだす音の多様さは、他のプレイヤーの追随を許さないものがある。そして、我々はなお前進を繰り返すリアルタイムの音楽表現に向かう事ができるのだ。

 さて今日の本題。その、EVAN PARKERの表現についてである。コルトレーンやアイラーの表現と比べると何かが物足りないのだ。まあ、極論すると、黒人以外の人種のプレイヤーで事足れりと思わされた人は私の場合、皆無である。精神性の深さかな?となんとなく思っていたが、チャーリー・パーカーが宗教的な発言をしていたかというと全然そんなことはないし、という事で最近なんとなくまとまりかけているのが、表現する音楽要素よりも、まさに出てくる音そのものの感触が、表現を支える上で重要な役割を担っているのではないかという考え方である。そして、その音から、表現の深さや精神性の高さを感じ取っているのではないかと思うようになってきた。

 リズム、メロディ、アンサンブルといった要素によって成り立っている音楽も突き詰めると、声や、音そのものの魅力が表現の魅力に直結しているのではないかということだ。

 フルトベングラーも、彼の特質が熱狂にあり彼のもとでベルリンフィルは荒れ狂ったような音色でそれに応える。その音そのものに我々はベートーべンや、ブラームスの精神性を投影させて聞いてしまっているのではないか。

 ビリー・リディの声しかり、美空ひばりの声しかり。そして、その音(声)を求めてトレーニングを積んでいくのではないのかと、そう思うようになってきた。

 パブロ・カザルスの宇宙的な広大さ巨大さを感じさせるのも、彼の演奏全体からではなく、彼のチェロと彼の奏法が調和し産み出される音そのものに、表現の本質が有るのではないだろうか。

 現代においては、演奏技術や理論が多様化し、かつ、評論家も批評のしやすさから、音楽の構成要素についての話ばかりで、表現の本質ということにはなかなか触れられることは大変に少なくなってきていると思う。また、表現者のほうも、技術や理論のほうが、目の前にぶら下がった目標を一つ一つクリアして行けば目に見えやすい進歩につながる事から、そういった方向ばかりを追い求める事になってしまっているような気がする。

 表現の本質は、やはり、自分の内に在るものであり、外界にむかって求めるものではないし、ましてや与えられるものでは全くないと考えている。自分の内に在るもの(表現)が何者なのか、またそれを探すための方法は誰も教えてはくれない。教えられるものではない。全ては自分で解決していかなければならない問題だ。

 実はこういった本質論はずっと変化する事のないものだと信じてきたのだが、現在の状況を見るにつけ、これからの若い作家達が作っている作品を見るにつけ、また、彼らの今後の展開を考えるにつけ、現在の状況に対し、若干不安を感じさせられていた。我々のような重厚長大を追い求める美術表現は、私の世代をもって、終焉を迎えるのかなと思っていたものだ。

 しかし、今は、奈々奇君という本質的な表現者が居る。彼の表現のどこがそんなに気に入っているのかなと考えていたが、やはり、音そのものの強さ美しさが、大きな魅力となっているのだと改めて感じた。

 かれは、パフォーマーであり、音楽家ではないかもしれないが、音楽の本質は音そのものにしかないと思う今日この頃です。

中本誠司について

 故中本誠司氏と出会ったのは、中本誠司個人美術館で行われている、ミュージアムコンサートであった。在仙の音楽家を招いて、 日曜のひとときお茶を飲みながらクラシック音楽を聴く会である。休憩中は彼の作品を自由に鑑賞でき、自分もよく足を運んだものだった。

 30代にとどこうかという時に、お鉢が回ってきた。 当時中本氏に所に居候をしていたアメリカ人のフラメンコギタリストとデュオコンサートを行った。演奏が終わってお客が引き上げた後に、関係者たちで打ち上げとなった。 中本氏は自分の演奏がどうも気に入らなかったらしく、酒が入っていたせいもあってか、「くだをまく」といった状態だった。その時の彼の言葉の中でいまだに忘れられず、 またその意味が明確に解っていないものがある。

彼は、酒の入ったグラスを持ちなららこういった。「大体おまえは自意識過剰なんだよ。どうせおまえにはこのグラスがグラスにしかみえねえんだろ。」 自意識過剰であったのは認めるが、グラスがグラスにしか見えないというのは、どうもよくわからない。何か深い意味があるようにも感じる。

 彼は、現代美術に携わる人間の常識としてそれを言ったのか、はたまた自分の演奏を聴いて直感的にそう感じたのか、今となっては確かめる術はない。現代美術に於けるこの言葉の意味については、本サイトの執筆者の1人である近江俊彦氏にその解説を是非期待したいところである。

 音楽ということに関して、 この言葉の意味を考えてみると、古典音楽に於ては、伝統を重んじることは重要であるが、だからといって古い型を破らなくて良いということにはならない。自分の演奏は、固定観念に縛られた、 過去の産物のようであった、ということだろうか?はたまた、極度の緊張のあまり、テンポや表情に自由さや余裕のようなものが感じられなかった、ということだろうか?そもそもクラシック音楽において、 型を破ってゆくとはどういうことを指すのであろうか?また、その必要は本当にあるのか?未だ不明である。 どうでも良いことのように思えていた時期もあったが、最近は、ずっとこの中本氏の言葉が気なっている。むしろひどく重要なことのように思えてきている。

 中本氏とは、何度かお会いしただけで、製作中の様子を拝見したり、個人美術館の二階のよく響く通路で録音をさせてもらったりと、それほど親密におつきあいをしていたわけではないが、 会うたびの印象や言葉の衝撃が非常に強かったのをよく覚えている。また、高さ3メートル程の絵を製作中の彼の形相は今でも、脳裏に焼き付いて離れない。

 自分の父の時もそうだったが、亡くなってみて初めて、本当はどういう人だったのかなどと考えさせられたりする。中本氏も自分にとってそのような人物である。中本氏と出会ったあなたも、 そう感じている1人ではありませんか?.....

力の抜けた演奏


 最近はこまごまと演奏会があり、なかなか暇な時間がありません。 最近思ったことは、ギターの演奏において脱力が相当重要であると言うことを実感しました。しかもかなり完全な形での脱力が、、、。 今まで自分は、相当りきんだ演奏をしていたということがわかりました。

ということで今度は、力の抜けた演奏を目指し練習に励む事となりました。今回はあまり書く事がないので、10月中に行われる演奏会の宣伝をさせていただきます。 あまり沢山の曲は演奏しませんが、その日に偶然お近くに足を運ばれていた方は、是非いらしてください。


10月15日 (日)  東京国際新人演奏会

場所 時間   ムーブ町屋コンサートホール(地下鉄千代田線町屋駅1分)
        開場18:30 開演19:00

10月21・22日(土・日) 
        楽しい名曲の旅紀行
        カトリック那珂教会
        21日 19:00  22日 11:00

10月23日 (月)  第78回日本大学芸術学部音楽学科定期演奏会

場所 時間   練馬文化センター大ホール(西部池袋線練馬駅1分)
        開演5:30


 以上です。いずれのプログラムも聴き所はついこの間亡くなったぺぺ ロメロの父セレドニオ ロメロの曲(グァヒーラス)キューバ幻想曲です。 そのほか16世紀のビウエラ音楽からイントロ付きのサンバーストまで演奏させていただく予定です。お暇でしたらぜひお立ち寄りください。

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