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2001年02月 アーカイブ

2001年02月10日

ロメロテクニック


前回の連載で私がロメロテクニックを学んでいることはご存じと思いますが、実際今までのテクニック上の悪い癖を含めいきなり直しそれを使いこなすことなど不可能です。 ましてやそれがロメロテクニックともなると。。。。。

 先月卒業演奏会がありました。そのためその前にテクニックを変えると大変なことになると思い、基礎的な部分のみ直して卒業演奏会に臨みました、 結果はひどいものでしたが、少しずつ今までのテクニックに付随する感覚が変わってくるのがわかりました。 それと同時にいかに自分がいいかげんなタッチで演奏していたかを思い知らされます。(まあそれはロメロテクニックに変更するという方針からみればですが)。

それはさておき最近は専らロメロテクニックの拾得に励んでいます。まだまだやることが多すぎてまともに曲が演奏できなくなることもありますが、 そのテクニックを駆使した時にギターから発せられる音色には代え難いものがあります。

 話は変わりますが、ある筋の話によるとペペロメロはフラメンコよりのギタリストなので日本のクラシックギター界からは敬遠されている!!!というような話を耳にしました。 まったくとんでもない話です。確かに全員がこの話に同調するとは思いませんが、 みなさんもペペのCDをお聴きになっておわかりのように彼をクラシックギタリストと呼ばずしてなんと呼ぶでしょう!  確かにペペはフラメンコ少年でしたが、(ちなみに三男のアンヘルはスカルラッティ少年だったらしい)だから何なのでしょう。 ロメロ一家はアンダルシア出身なので、そのフラメンコ魂を受け継がれているはずです。 それがまた彼らのリズムさばきの素晴らしさに見事に反映されているのが何よりの証拠でしょう。ギタリストの掛布雅弥さんはペペの大ファンで去年の清里スペイン音楽祭では、 一時間以上ペペの素晴らしさについて語り合わせていただきました。

 長々と書きましたが、要約すると「なぜペペは日本に来ないのか?」ということです。いやというより「なぜ呼ばないのか!」だと思います。 彼のコンサートスケジュール表をみると、半年に一度自宅に戻るか戻らないかの忙しさ、アメリカやドイツヨーロッパ各地、またお隣の韓国にまできているのになぜ?  やはり答えは一つ、日本が、いや日本のギター界が呼ばないからです。現代ギターひとつとってもそうです。 たとえばジョンウィリアムスかれが何回同紙の表紙を飾ったでしょう!(別にジョンがどうというわけではないが、彼もすばらしいギタリストです。) ジョンが来日するときは、半年も前から来日の軌跡だの何だの莫大にページを消費しているくせに、ペペとなると対談企画も行われずたいしたプロモートもしない。 一体何なのでしょうか? 実に腹立たしく同時に彼の素晴らしさがわからない連中は一体何なのか思います。

 おととしの12月に12年ぶりに来日した際にペペにサインを求めたとき片言の英語で「また日本に来てください」 との言葉に対して笑顔と握手で答えてくれた彼の姿が忘れられません。もっとたくさんの方にペペの演奏を聴いて頂きたい心底そう思います。

 最後に一つ宣伝をさせて頂くと、来る3月17日に私の師匠でもあるギタリスト大嶋芳氏がサントリーホールで演奏します。 まさに日本のペペロメロと呼ぶに相応しい方です。プログラムはセレドニオロメロの曲を中心に演奏されます。お近くにいらした方は是非是非いらして下さい。 3月4日には名古屋でアランフェス協奏曲とやはりセレドニオロメロの曲を中心に演奏されます。
場所、チケット等のお問い合わせは私、千葉(03-3948-8420)まで。よろしくお願いいたします。

共学化って、なんですか?Part2


共学化の問題を取り上げるにあたって、どうしてこんな話題を取り上げるのですかという事を聞かれた。それはどういう意味を含んでいるのかいまいち私には分からないけれど、いいたいことは分かるような気がする。確かに小さな小さな片田舎仙台だけの通用するローカルな話題である。こんなことはどうでもいいじゃないか?という気持ちは私にもある。

それでも私がこの問題を取り上げる理由は、この共学化を誰が立案したのか。どのような経過を経て決定されるのか、新聞やニュース番組を見いてもいまいち分からなかった。それに頑固に反対をしている人たちの言い分がどのようなものか、これも伝わってこなかったからです。分からなかったら直接聞きに行くというのが仙台インターネットマガジン流です。 前回は共学化を進めている県教育委員会へのインタビュー、というわけで今回は県立高校一律共学化に反対運動をしている石川綾一 さんに反対している言い分を聞きに行った。  


共学化反対の運動はいつから始められましたか。

宮城教育フォーラム事務局の相沢裕行さんからメールがきたのは、おととしの9月くらいでした。その時はなんだかな〜という感じでした。 それから浅野知事が共学化の問題をノスタルジーで語るべきではないと新聞に投稿していて、それをみてなんかおかしいなと思い始めました。 本格的に始めたのは2000年にはいってからです。(以下黒石川綾一 )

今一緒に活動されている方は何人くらいですか。

連絡取りあっているのが20〜30人くらいかな。メンバーも男子高、女子高の出身の人が多いね。

何で反対しようと思ったのんですか。

う〜ん。反対っていうか、共学化じたいはある程度やもをえないし、その状況によってはいいと思うんだけど、 県立高校全てを一律に共学化するのっていうのは、おかしいと思う。 全部十把一絡げ(じゅっぱひとからげ)にしなければいけないんだろうかというのが最大の疑問ですね。

今まではどのような活動をしてきましたか。

今まではネットでの議論とか、自分のHPでの問題提起とかですね。去年の9月に宮城教育ホーラムでの主催で「共学化を考える会」共学化賛成、 反対側の人を呼んで話し合いをしました。その時はだいたい70人くらいきましたね。ただみんな仕事をしながらなので、 なかなか大きな事はやれないといった状況ですね。 ただもっとアピールして普通の親御さんの声を何とかして出してもらうようにしなければいけないなといまは考えています。


この共学化はおととし(1998年)の秋ごろに急に出てきましたが、これはどんな経緯で出てきたと理解していすか。

仲間の一人でその辺の資料を全部とった人がいるんです。その資料を読んだかぎりは、もともとは話しにあったのが高校の統廃合だったんです。 郡部の方が少子化で子供が減っているから。その話しが急に郡部で統廃合をやって別学校が無くなったときに、仙台圏だけに別学があるのは、 まずいんじゃないかというという意見が書いてありました。それでこの際だから仙台圏も共学化しようっていう話しの流れでした。 資料によるとそれが始まりのようです。その後議論された形跡が無くて、改革素案が出てきたときに、 いきなり男女共同参画社会の批准(ひじゅん)=共学化の推進って出てきちゃった。だから正直言って自分たちのいわせれば、 統廃合するための理屈付けですね。仙台に別学があると郡部の人から文句が出るからという単純な理屈で、仙台圏まで共学化しちゃえっていうのが、 ほんとのところかな。ただ県教育委員会の人にそれを聞いたら、「いや、あれは。」「話しの一部だから。」 「枝葉の部分をそんなふうに言われても困る」って言ってましたけど、ただ言っているのは事実ですからね。 枝葉でもなんでもそいう考えがあるのは事実なんです。


この共学化の問題は誰が決定するんでしょうか。

いちおう県教育委員会に決める権限があるっていうのは確かだね。私が県教育委員会に話を聞きにいった時には、 「最終的には県民に決めてもらう」と言っていました。ただどのように県民の意見を聞くのかは明確には言っていませんね。 県民だよりに意見を書くようなハガキを入れましたから、それでいいでしょうというのはお粗末ですよ。 どうやったら県民から多くの意見を聞けるかをもっと考えて欲しいですね。それが仕事だし、社会人の勤めですよ。
この間その話しを県教育委員会にしたら、「意見を言わない人は賛成だと考えている」と言っているんですよ。 そんな姿勢で県民の意見を聞いて決定するってどういうこっちゃ!と思いませんか。
県教委は県民の意見を聞くなんて言っているけど、まあなし崩しに決めるんじゃないかな。このままだと 県教委が発表して決まりました。 最終答申を出して終りって形になるのかな。それにしても誰のための共学化なんだろうって思いますよ。



今回この共学化について一番何が問題だと思いますか。

押し付けられてるてことかな、俺なんかはそもそも「どっちだっていいじゃん」ってのがあって、(共学も別学も)どっちもあればそれでいい。 いろいろあったほうが面白いでしょって感じなんだけど。それを共学じゃなきゃダメだ。共学じゃなきゃいけませんといって、 一つの方向に押し付けられることに、非常に違和感を感じます。(高校を共学化することが)本当に県民のためになるのか?  どうもみていると県庁、県という組織のためにやっている感じでしょう。 (共学化だけでなくて)国体は誰のためにやっているの? ワールドカップ誰のためにやっているの?  いろんな工事をやっているけれど。本当に県民のためにやっているのという疑問は常につきまといますね。 ホントは公務員の仕事の基本はそこですよね。県民のために。それができていないような気がします。


この県立高校を一律共学化ということが回避されるとしたら、どういう形でなるでしょうか。

学校に最後決定させるって形になれば、学校ごとに最後議論の場をもたせて、その学校ごとに決定という形になれば一部は残るんじゃないかな。


それは校長が判断するんですか。

あくまでも校長先生は最終決定権で、きちんと教職員と生徒と親御さん、地区住民、OB、関係者全員集まっての会議をしなければいけないんじゃないかな。 県教委は自分らが(県庁に)いったときに、そういう会議をやるって言ったんだよね。
それから共学化って考えるときに、当然生徒が高校に入るまえにどう考えているかと、はいって三年間どう気持ちが変化していくかと、 卒業してからどう感じるか、同じ人がどう変わっていくか対象にして、やっぱりそれをある程度多い人数に聞き取りして意見を聞かないと、 本当に高校を良くしようと改革を考えるならばそのくらいはやらなくては、単なるイメージ論で終わってしまう気がします。

この間県庁に話を聞きに行ったときに、教育委員会の人が、 「一律共学にするつもりだけど、そんな簡単には、あと十年くらいかかるんではないか」といっていましたけど。
それもあるんだよね。ただそれが、そういって油断させるって言うのもあるから。油断ならないな。(笑)


これからはどんな形で活動していきますか。

とりあえず当面はインターネットでの活動がメインになってしまいますね。それでネットで議論をしていって盛り上がってきたら、 説明会というか議論会みたいのをやってみたいですね。その時はぜひとも有識者会議の座長とか、県教育委員会の人とか、あとは教育長、 浅野知事も呼びたいですね。責任者を呼んでやりたいです。そしてやっぱりもっとアピールして、 普通の親御さんの声を何とかして出してもらうようなことをしなければいけないなあと考えています。


今日はどうもありがとうございました。
こちらこそ。

〜対談をおえて〜

 この対談をして分かったことは、共学化反対派には決め手がないという事だ。大体にして「別学が優れている」とはいえるわけがないのである。 進学率という事だけを見れば、学校の優劣を付けられるけれど、教育というものがそんなに簡単な訳が無い。それはオウムに走った高学歴の若者を見れば明らかだ。 だから共学化に反対している人は「共学も別学もあったほうがいい」としか言えないのである。 別学にも良い所もあるんのだということは差別主義者といわれることを恐れながら、自分の経験を述べるしかない。 それが共学化に反対している人が自分の高校時代の思い出話をしているようにしか見えない理由である。

 一方県立高校をすべて共学にしようとしている県の方はどうだろうか。県が共学化を進める理由は、子供の減少による高校の統廃合である。 ここで話しを仙台圏とそのほかの地域に分けて考えなければならない。確かに郡部では平成11年の高校の平均クラス数が4.8クラス。 それが平成20年になると平均3.3クラスまでに落ち込んでしまう。たしかに3クラスでは財政的にも高校の運営は厳しいだろう。 この県の財政難と少子化という納得できる理由を示しているので、私は郡部での統廃合には賛成である。その際に地域に女子が通う高校がなかったり、 その逆も困るので。ある程度共学化も仕方がないと思う。

 さて仙台圏ではどうだろうか。平成11年に平均7.4クラスが平均6.0クラスになる。県が「仙台圏では高校を統廃合することはない」 と言う通りこの数であれば高校を運営していけるようである。だったら1兆円もの借金を抱えている県がわざわざ金をかけて、 共学化を進める必要があるのかと言いたくなる。しかし県に言わせれば「いやいやそうじゃないんですよ。男女共同参画社会を推し進めるために共学にするのです。」 となる。

 つまり男女差別をやめて、男女仲良くやっていきましょうということである。それはそれで確かに立派な立派な世界の大きな流れであり理想である。 その理想を説く人の前で「女の子はどうせお嫁さんに行くのだから、高いお金をはらって大学に行かなくても良いんじゃないかしら。」 などと決して言ってはいけない事になっている。これは私のバイト先の掃除のおばさんが今度大学に入る娘について話してたことです。 たしかに実際に多くの女性が結婚して家庭に入り、育児と家事に追われる。共働きの時代と言っても女性が働くのはたいていパート、つまりアルバイトである。 だから掃除のおばさんに言わせれば、「掃除をするのに高い金をはらって大学に行く必要はない。」ということになる。 この言葉は経験と泥臭い生活感のある現実というものに裏づけられた合理的な意見であるともいえる。 しかしこういう事はおおっぴらには言ってはいけないことになっている。

 話しがずれてしまったので、戻そう。県が共学化を進めるのは、基本的には男女共同参画社会を実現させるためである。しかし私には素朴な疑問が湧いてくる。 男子高とか女子高を無くすと男女共同参画社会が実現するのだろうか。男女格差が無くなるのだろうか。無くなるとは言わないまでも、 男女の格差が少なくなったりするのだろうか。全国的に見ればほとんどの県は共学の高校しかないのだから、共学しかない県と比べて、 宮城県のほうが女性差別があったり、男女格差が大きかったりするんだろうか。そのデータはあるんだろうか。男子高をでた人は女性を差別する人が多いのだろうか、 女子高出身の人は男性を差別したりするんだろうか。県の教育方針の一つは多様な価値観を認められる人を育てるというものだが、 「別学にも良いところがある」という価値観は認められないのだろうか、良い悪いは県が決めるというところだろうか、そうだとすれば言っていることが矛盾していないか。

 何だか県は随分簡単に突っ込まれる理由で共学化を進めているように思える。この疑問を悪意ある解釈と言うこともできる。 けれど少しひねくれた頭であればこのくらいは素朴な疑問とすることができる。

 どうして県教委は意固地になって全ての高校を共学化を進めようとしているのだろうか。一度決めたことは変えないというのが役人の基本性能なのだろうか。よく分からない。

 例えば国や文部省(え〜と文部科学省か)あたりから圧力があったのだろうかとか、県教委に進歩的な人が多くいるのだろうかとか、 浅野知事が暗い男子高生活を昔おくってそれがトラウマで共学化を進めているとか、余計な根拠のない推察や詮索をどうしてもしてしまう。 それならばそうとはっきり言ってくれればいいと思う。「国のほうから別学をなくして欲しいと要請がありまして、 県としては逆らえば予算をちゃんともらうことが出来ないので共学化を進めることにします。」と、このほうがどんなにすっきりするだろうか。 県は県立高校一律共学化がどれだけ金がかかり、県民にとってどんなメリット、デメリットが予想されるのか、責任者は誰か、 そしてもっと納得ができる理由をはっきりと示して欲しい。

 このまま反対運動が盛り上がりを見せることがなければ、我々は納得できる理由も知らされぬまま県は何事もなかったように共学化を進め、反対派は負けるだろう。

 まあ高校が全部共学になり、男子高に女子も通い女子高に男子も通う。それと郡部では高校が少なくなるだけで、あとは今と何も変わらないかも知れない。 それとも別学の良さが失われどこも同じような高校が増えるかも知れない。

 しかし小さな問題だなと思う。この問題を取り上げていると気がめいってくる。私の高校の恩師は今県教委でに勤めているし、友人の父親は県の職員である。 どうも話しが身近すぎて事実が生々しくなってくる。私はあんまり言いたくないという気持ちになってくる。いや事実というのはそういうものなのかも知れない。

 この問題の1番恐ろしいことは、あなたがこの問題に賛成でも反対であってもほとんど関係ない。私たちは県の方針にはほとんど関与出来ないことである。 何度も言うがこの問題はちっぽけな問題である。しかし我々はそんなちっぽけな事も決めることが出来ないなんとちっぽけな存在なんだろうか。

 40も生きればこういうことは常識なのかも知れない、ただ22の私には驚きであった。

2001.2.10佐藤研一朗  

こちらは高校一律共学化に反対しているHP

りょうういっち徒然部屋今回インタビューをさせていただいた石川綾一さんのHPです。

宮城県の高校の共学化を考える会二高OBの方が運営されているHPです。

宮城教育フォーラム一高OBの方が運営されているHPです。



こちらは県庁のHP内の宮城県教育委員会HP宮城県の教育方針が分かります。

これは高校改革推進室のHP県立高校将来構想案が見れます。

2001年02月28日

共学化って、なんですか?Part3浅野史郎宮城県知事の発言一覧をおう


共学化についての浅野史郎宮城県知事の発言一覧

さてこの問題について宮城県のリーダである浅野知事はどのような意見を持っているのだろうか。 ここ
をハッキリしないと誰が責任者なのか分からないまま終わってしまう。 共学化についての浅野知事の発言をおってみた。県のHPから引用する。URLはそれぞれ下記のとうりです。


平成11年10月12日(火) 知事定例記者会見内容



http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kaiken/backno/k111012.htmlより引用



県立高校の将来構想について




 きょう県立高校の将来構想の素案が出された。三つ柱が示されたが、特にその中で再編の考え方と男女共学を進めるという部分について県民に今後どのように理解を求めていくのか。


浅野知事

 大変関心の高いことでありますし、いろいろ県民の中で広く深く議論すべき内容を含んでいます。
そういうことで素案という形で我々、我々ってこれは教育委員会というところですね、そこがこう考えていますよという、
それがないとなかなか議論が進まないのでお示しをしたわけですから、これからこれをめぐって具体的な内容について議論が進められて、
そして、高校再編というのはどうしても進めなくてはいけないことでありますのである意味では締め切りのある話ですよね。
そういう認識のもとにこれから議論が展開されることを望みます。




 先日、男女共学についても知事自身の考えを述べたが、ごく一部だがどちらかというと反対という声もある。その辺についてはいかがか。

浅野知事

 これは男女共同参画社会を進める立場ということもありますけれども、そんな大上段に言わなくても、やはり高校生活という時に、
公立高校として男子だけ、女子だけというのは今の時代なりそういう中からいっていかがなものだろうかというのは私も強く思っています。
確かに反対というのはあるんですね。なぜですかというのを少し、今突っ込むつもりはありませんけれども、やはりそれはちゃんと率直にお聞きしながら、
私は行き着くべき結論というか、ところというのはあるような気はしていますので、そこは問答無用というわけにいかないです。

 高校の問題というのはかなり多く、自分たち高校生自身というのももちろんありますよね、それは主人公の一人でありますけれども、
PTAという親御さんと、もう一つ卒業生があるわけです。自分が出た学校というのは一体どうなるんだろうか。そういう中で男女共学、
再編の問題もそうですけれども、というのをそういうところも色濃く反映しながら議論されているということなんですが、その辺のことをひもといていくというか、
うまく整理をしていけばおのずから皆さんが納得できる結論に至るのではないかと私は楽観をしておりますけれども、問題提起を今回させてもらったということです。

宮城県広報課編集



平成12年1月17日(月) 知事定例記者会見内容



http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kaiken/backno/k120117.htmlより引用



県立高校将来構想について






 県立の高校の将来構想中間案の取りまとめを今しているようだが、来月、男女共学などについて学識経験者からなる検討会をつくるということになっている。これまでも男女共学に対する知事の考えを聞いたが、どうも賛同が得られていないようだが、改めて伺いたい。

浅野知事

 賛同を得られていないというのはそうでしょうねと思います。すぐに「はい、わかった」となるほど簡単な問題ではないというのが一つと、やはりみんな経験があるんですね。ただ、一部の人を除いて高校時代に共学と別学両方体験したという人は数少ないんですよ。だから、なかなか議論が経験ベースではかみ合わないんですね。私も高校、別学しか経験していません。ですから、共学というのと比べろといっても想像の上でしか比べられないんですよね。別学に行った人がいるけれども、その人との対話というのはなかなか成り立たなかったりする。ただ、比べられるのは、私にとっては中学校です。私の場合は公立でしたから、小学校、中学校は共学です。共学であったのが高校で別学になった。年齢は3歳ちょっと上になっていますけれども、どうであったのかというようなことをちょっと考えています。

 これは個人的な経験だけで物を言うわけじゃありませんけれども、一般論で言っても、中学校までは公立共学というのが普通です。それが高校になると急に別学になるという方が逆に本当は説明責任があるんですよね、なぜなのかというのが。男女共同参画社会というのを持ち出すまでもなくてという感じはするんです。それが一つです。

 それから、御質問になかったかもしれませんけれども、議会でもちょっと申し上げましたが、この議論はまさにだれのための議論かというと平成の子どもたちにとっての議論なんです。これを時々忘れがちで、どういうことかというと、ひょっとしてOB・OGのための議論だったりすることですね。おれの出た、私の出た学校がなくなるのは困ると。別学から共学にすることによってそういう事態も出てきます。ただそれは、それはそれとして一つの論点ですが、主要な論点は、だから今の小学生・・・中学生は逆に間に合わないかもしれません、まだまだ生まれてこない、平成のもう21世紀に生まれてくる宮城県の子どもたちの高校が公立学校でどっちがいいのかという議論にやはり立たなくてはいかんと。非常に一般論ですけれども、そんなことから私はやはり原則は男女共学ということから考えていくべきではないか。別学という方が何でなんだということをこれは説明していかなくてはいけないことだというふうに思っていますので、ただ、そういう委員会を設けた、
そしてその中でいろいろ御意見を聞いていくということは必要だと思います。そう簡単にいく問題とは思いませんが、その過程も含めて得るものがあるのではないかということを期待しています。


宮城県広報課編集





平成12年2月21日(月) 知事定例記者会見内容



http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kaiken/backno/k120221.htmlより引用



県立高校将来構想について




 きのう高校再編の関係で意見を聞く会があった。共学の話も含めていろんて意見があり、その場で県教委から3月に出す中間報告を少し延ばしてという話があったが、これは進め方としてなお一層もう少しじっくりと意見を聞いてやっていくという方向に変わりつつあるということか。



浅野知事

 意見を聞く会ですね、高校再編、仙台での開催だけが注目されますが、古川でもやりました。ほかのところでもやります。仙台がちょっと多くて、昨日170名でした。6名の指定発言者プラス45名、計51人の方から御意見を聞きました。ですから御意見をお持ちの方でお話したい方すべての意見を聞いたということで、予定よりも1時間延びて3時間半にわたって繰り広げられたようです。

 教育庁では、3月中までに高校再編全体についての中間報告、7月に最終報告というふうにセットしておりましたけれども、こうやって意見を聞く会とか、実はそれ以外にもいっぱい意見入ってきます。これはまさに傾聴すべき御意見がたくさんあるわけでありまして、こちらで勝手に・・・勝手にというか、我々の思いとしてこの辺と思っていたけれども、ここで御意見を聞くのを打ち切っててというか、それで慌てて出すというのはいかがなかという思いはあるようです。ですから、少しそのスケジュールは先延ばしというかやりますけれども、私の考えとしてはズルズルという表現になるような形はお互いにとって良くないと思います。十分に御意見を聞きながら、それはあるところで締め切ってというか、ある程度で意見というのを集約を図って、そして結論を出していくべきだと思いますが、それが今3月に中間報告というのはちょっと現状から見ると早過ぎるのではないかという判断のようです。したがって少しそれが延びますけれども、そこそこのところでは中間報告、最終報告というのが出されるし、出されるべきものだとは思っています。




 3月中や7月というのは意味があってのことだったのではないか。次年度以降のことを見越した上での3月なり7月という設定だったはずで、それがないとなったらば最初にその時期を示したのは何だったのかという話になると思うが。



浅野知事

 そう言えば身もふたもないんですけれども、一応そのぐらいには意見を聞いてまとまるだろうと。そうしたら予想以上に非常に活発な御意見が展開されつつあります。それは私はいいことだと思っているんですよ。そういう御意見がいろいろあるというのは。だったらそれを少し尊重すると、そういう動きを尊重してやっていこうと。

 これは教育庁としてもなるべくそういうスケジュールでやっていきたいというのはあります。それと、意見をもう少し聞くというのをてんびんにかければ、やや延ばすというのも、さっき言ったように無原則的にというかいつまでもということではなくて、しかるべくところをセットして少し延ばすということは合理的な判断だろうと思います。





 これまで過去にもこの問題は何度も話し合われていて、いわゆる懸念すべきズルズルという事態になってきた問題だと思う中で、もう一度決意のほどを聞きたい。


浅野知事

 その昔もというのは私は実は経験しておりませんので、私にとっては初めてのものです。ですから、決意というか、これはやはりやります。ただ、我々がもうこういうふうに思い決めて絶対にそれでやるんだというのは、これは高校教育というかかわる方が大変多いさまざまな御意見のある中での問題ですから、これは教育庁だけの問題ではなくて私としても相当な関心を持って対応していかなければならないと思っています。決めた限りはそれでいきたいと思っていますが、決めるまでにはもう少し時間を持ちたい。ズルズルとやていくつもりはありません。


宮城県広報課編集




知事随筆「助走」




1999年3月号掲載

http://www.pref.miyagi.jp/kohou/tiji/joso/joso04.htmより引用


 高等学校を卒業して33年になります。母校から「走って」3分のところに住んでいることもあって、同窓生に会う機会がひんぱんにあります。卒業から33年たっても、先輩だ、恩師だという関係は変わりません。つまり、いつまでも頭が上がらないものです。

 高校時代は楽しかったかと聞かれれば、素直にうなずくことはできません。受験、受験の尻叩きの圧力の中で、ほんとうの教育ってなんだろうとの疑問にとらわれたこともありました。いい面もあったし、そうでない面もあったのですが、まちがいなく言えることは、あの3年間の高校生活が今の自分を確実に作り上げたということです。

 私の母校は、当時も今も、男子校です。つまり、クラスメートは男だけ。文化祭などの限られた機会にしか校内に女子の姿は見られません。女子高生へのあこがれとおそれ、気恥ずかしさと意識し過ぎ。女友達を持つ級友は英雄であり、まぶしい存在でした。良くも悪くも、こういった経験も今の私を作っているのでしょう。

 高校生活の良さは卒業した後にこそ実感されるものです。財産は多くの友人たちです。私の場合は、2度の知事選挙を通じて、同級生のありがたさが身に染みていますが、そういった特別な場合に限らず、同級生はありがたいものです。

 私の同期は卒業回数にちなんで「一八会」と称しているのですが、偶数月の18日に仙台市内の居酒屋に集まっています。その場での標準語は、33年前の仙台弁。なつかしさだけでなく、郷土愛をも再確認する貴重な機会です。こういったことも財産のひとつと言えるのでしょう。



知事随筆「助走」




1999年11月号掲載

http://www.pref.miyagi.jp/kohou/tiji/joso/joso06.htmより引用

 以前のこの欄に「高校時代」の題で思い出を書きました。「受験、受験の尻叩きの圧力の中で、ほんとうの教育ってなんだろうとの疑問にとらわれた」ことも率直に書いた覚えがあります。

 高校時代から体重は10キロ以上増えましたが、身長は伸びていません。身体つきだけでなく、性格も考え方も行動様式も、あの頃に確定したような気がします。つまり、高校時代3年間はその後の人生を規定するぐらいに大事な時期だと言いたいのです。

 だから、高校生活を有意義に送ってもらいたいのです。人生50年生きてきたところで振り返っても、「いい高校生時代だった」との思いが残るかどうか。いい先生やいい友人に出会うこともあるでしょうし、心に残る経験をすることも大事です。高校時代は次のステージへの単なる踊り場ではありません。それ自体、人生の貴重な3ページ分なのです。

 そんな高校生活をすべての生徒に保証できる高校を作らなければなりません。県内の高校選びのシステムも含めてのことです。つまり、特色のある学校を自分で選べるようなシステムです。男女共学化を進めることも忘れてはなりません。

 私としてのもう一つの関心事は、障害を持った生徒の高校教育をどうするかです。特に、知的障害を持つ生徒にこそ十分な教育が必要であるという観点が必要です。そもそも「教育」とはなにか、ということを我々に突きつけるような問題ではあります。

 ともあれ、自分の35年も前のことを思い出しながら、「悔いなき青春を」なんていう言葉を口に出したくなったりしています。




〜後記〜


 私はこの県立高校を再編し全ての高校を共学化するという県立高校将来構想を調べていて、いったい誰が責任者なのか分からなかった。
しかしこの浅野知事の発言をおっていくうちに、自分のバカさ加減に気がついた。そうである。この県立高校将来構想の責任者は他の誰でもない浅野史郎宮城県知事である。
よく考えれば、いやそうでなくても当たり前のことだが、県知事はその県の行政のリーダー、トップ、責任者である。これが県の方針ですと政策を進めるときは、
県知事自身が積極的に進めようがしぶしぶと苦渋の決断であろうかは別にして、すべての県の方針、政策は県知事の最終責任をもって決められる。予算、法律であれば議会の方にまわされる。
以前県庁の県教育委員会に話しを聞きにいき「この案の責任者と言うのは誰になりますか。」と質問すると「一人で決めているわけではないので誰が責任者かというのはおかしいですよね。」
と県教委は語っていたがそんなアホことがあるはずはない。だいたい教育委員会という名前を聞くとどうも偉い人が働いているイメージがあるが、
そうじゃなくてただの県職員である。部屋も県庁の中にある。土木部とかと一緒だ。
県教育委員会というのは単なる県の教育担当の部署であるから、当然そのリーダーは県知事ということになる。それにこの県立高校将来構想は法律ではないから議会での承認は必要がない。
浅野知事がやるといったらやるのである。



 浅野知事の発言を要約すれば「この案に賛成でも反対でも意見を聞きますよ。まずは議論しましょう。でももう時間も無くなってきたので
最終的にはやりますよ。それはもう決めたことですから。」というところだろうか。でも県民の中で広く深く議論すべきだとか、
問答無用というわけにいかないとかオブラートに包んだような言い方をするのは共学化に反対する人にの配慮だろう。
はっきり言えば支持率を下げたくない。自分への票を一票も減らしたくないという政治家として当然の行動だろう。とくに浅野知事の戦略としては、対立軸をハッキリさせないで支持者を割らないようにして、
さわやか、クリーンといったイメージのもと県民にとって当たり障りのない情報公開とか福祉を進めることでリーダーシップをアピールしたいところだろう。
この高校のリストラ、伝統校である別学の廃止という高校将来構想は浅野知事にとって波風を立てたくないいやな問題だろう。


 だからこそ県立高校将来構想案にあなたが意見するということは非常に力を持つだろう。幸いして県知事選は間近にせまっている。
もしあなたが県立高校将来構想案に反対であるならばは浅野知事には投票しないければいい。賛成ならば浅野さんに入れればいい。
反対運動をしていくならば「県立高校将来構想案から県立高校をすべて共学にするという項目を削除しないかぎり、
浅野さんにはもう自分の一票を入れません。」と表明して行動していく事だろう。それこそ民主市議、デモクラシーの基本のはずだ。
日本は民主主義と名乗っているのだから、あるていど有効に作用するだろう。
なんせ役人には選挙にはないが、政治家は選挙で落選すればただの人。明日のおまんまだってままにはならない。政治家にとってこれほど恐ろしいことはない。
まったく大変な商売だ。けれどだからこそ権力を持つことができる。

 逆に考えれば「まあいいやそんなことはどうでもいいや。」と政治にまったく関心を持たない、「選挙?なにそれ〜、行く訳ないじゃん。」ということは
「煮るなり焼くなり、生かすなり殺すなり好きにやってくれ」と言って自分の命と財産、そして自分の大事なものを政治家にゆだねるのと同じことだ。
政治家を軽べつしバカにしているつもりが、その相手に首根っこ押さえられている。なんとも私たちはこっけいだ。

佐藤研一朗


こちらは高校一律共学化に反対しているHP

りょういっち徒然部屋今回インタビューをさせていただいた石川綾一さんのHPです。

宮城県の高校の共学化を考える会二高OBの方が運営されているHPです。

宮城教育フォーラム一高OBの方が運営されているHPです。



こちらは県庁のHP内の宮城県教育委員会HP宮城県の教育方針が分かります。

これは高校改革推進室のHP県立高校将来構想案が見れます。

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