卵のなかみ150回記念・2003年死語辞典(8) 2003.12.X 初出

2003年12月01日

卵のなかみ150回記念・2003年死語辞典(8) 2003.12.X 初出

[投稿者:大場理史]

こうして書いてきてみると
20世紀後半の大量生産・大量消費型の
経済状況において日本社会がとった
社会が敷いたレール、のもと形成された、常識、においてそれこそ大量に死語が
発生している事が分かります。
それも、ナウい、とか、チョベリグ、といった
どちらかと言えば罪の少ない流行語の類だけではなく
受験戦争とか、出世コースといった
人々の生活や生き方に直結するような
基本的な部分で大量の死語が発生している。
これは大変なことだな、と思ってしまいます。

20歳前後の読者の方には
どうして僕がそんなに、社会の敷いたレール、に
こだわっているのか理解できないと思いますが
現在の20代後半から40代後半くらいまでの世代の
人にとって、社会の敷いたレール、は絶対だったのです。
人生のスタンダードとして、それ以外考えられませんでした。
社会の敷いたレール、に乗らない人は
ドロップアウトした不良、だったのです。
個人が不良だったのです。
今、ギターを片手に歩いている20歳前後の健全な男の子や女の子を
よく見かけますが、あれは、不良、でした。
今考えるとよく分かりませんね。
どうしてギターを弾くと不良なのでしょう。
以前も書きましたが、僕がバイクに乗っている姿を
観ると、年配の方々は、暴走族、の話をよくするのです。
気の弱い僕が、暴走族、になれるわけがありません。
ツッパリ、という言葉もありましたが
個人が、不良、となる社会だったので
自分の生き方を通そうとすると
ツッパリ、と呼ばれていたのだと
思います。ツッパリハイスクールロックンロール
とかもありました。
ハイスクールで個性を発揮して
ロックンロールミュージックに目覚めたりする人は
ツッパリ、だったわけです。 
ヤンキー、という言葉もありましたが
ヤンキー、を辞書で引くと、単に
アメリカ人、のことを指すようです。
もしくはニューイングランド系の
アメリカ人の事です。

日本社会が大量生産・大量消費の経済状況で
勝つためにとった、社会の敷いたレール、では
従順で無個性で画一的な労働力が大量に必要と
されたわけですが
そういった中で、アメリカ人、のように
ギターを弾いたりバイクに乗ったりしている人達を
ヤンキー、と呼ぶようになっていったのかも
しれません。あくまで僕の推測ですが。

松井選手がニューヨークヤンキースに入団して
ワンシーズン過ごしてしまいましたが
ニューヨークヤンキース、というのは
ニューヨークアメリカっ子、のような
意味なのだろうか。

日本で、田舎ヤンキー、という言葉は
かつては、田舎でバイクに乗って
髪を染めたりギターを弾いたり
ケンカをしたりしながら粋がっている
よく分からない人達の事を指して
いたような気がしますが
これからは、田舎ヤンキー、は
単に田舎に住むニューイングランド系アメリカ人の事を
指すようになってしまうのだろうか。興味はつきない。

要は、大量生産・大量消費の、社会の敷いたレール、に
おいては、個性、は邪魔だったわけです。
個性も持った人は、文字通り、社会の敷いたレール、に
おける、不良品、つまり、不良、だったのです。
最近、真面目な子ほど危ない、と言われたりしますが
それは、大量生産・大量消費の、社会の敷いたレール、における、
真面目な子ほど危ない、という事なのだと思います。
つまり、真面目に、社会の敷いたレール、に乗ろうと
している子ほど危ない。
この場合の、真面目、には
規範に忠実、というニュアンスがあります。

でも、真面目、という言葉を辞書で引くと
(1)本気であること
(2)真剣であること
(3)誠意のこもっていること
(4)誠実であること
とあります。By 三省堂 大辞林
つまり、真面目、という言葉には
規範に忠実、というニュアンスは本来ないのでは
ないかと思ったりします。
あるのかもしれませんが、その規範となるべき
社会の敷いたレール、がなくなりつつあるので
真面目な子ほど危ない、と言われたりするのだと
思ってしまいます。

僕は中学・高校とも、真剣に誠実に
NBA入り目指してバスケットボールに取り組んで
いたので、三省堂大辞林によるところの
真面目な人、だったわけですが
受験勉強を全くしないので
不良、のように扱われていました。
当時の同級生に話を聞くと、不良、というよりも
不明、だったそうです。

田中康夫知事が長野県庁に初登庁した際
知事が差し出した名刺を折り曲げた
職員がいましたが、あの方も、真面目だな、と
思ってしまいます。つまり、規範に忠実だな、と。
この場合の、規範、は、県庁内の規範、です。
でもそういう県庁内の規範に忠実な人を
外部から見ていると、おかしく見えて
しまいます。
真面目が不良になってしまったのかも
しれません。
現在は、規範、が変わり始めているので
規範に忠実、という意味での、真面目な人、は
やはり危ないな、と思ってしまいます。

真面目な人、という言葉から推測される
人物像に関しても、コンセンサスができにくく
なってきているのかもしれません。
えらい事です。

と、いろんな死語を書きたててきましたが
僕は時代の先端を走る、ナウなヤングなのですよ、と
言いたいわけではなくて
これまでは、家庭も恋愛も友人との会話も、そのほとんどが、
社会の敷いたレール、が前提になっていましたのですよ、という事を
言いたいわけです。
それだけ、刷り込み、がひどかったわけです。
それがなくなるというのは大変な事であるわけです。
日本社会における基本的な会話や言葉が
変わってしまうという事だからです。
僕はたぶん、社会の敷いたレール、を知る
最後の世代となるでしょう。
そして困ったことに、現在弊害となってしまっている
社会の敷いたレール、は、戦後のある時期までの日本社会では
成功要因だったわけです。

人間はそれまで成功要因となっていた事を
改めるということが中々できません。
現在国会で、抵抗勢力、となっている人達も
悪い人達ではないのだと思います。
きっと、あの頃はこのやり方で
全て上手くいっていたんだ、という確信を
持っているはずです。
道路公団民営化の問題で
ある議員が猪瀬直樹委員に対し

物書きが! 書くのとやるのと違うんだ!

と暴言を吐いていたニュースがありましたが
最たるものだな、と思ってしまいました。
つまり議員の側には、俺たちがこのやり方で
日本を復興させて繁栄に導いたのだ、と
いう自負があるから
そのやり方を改める事ができない。
失敗は成功の元、とはよく言いますが
成功もまた失敗の元なのです。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす
おごれる人も久しからず
ただ春の夜の夢の如し
たけき者も遂には滅びぬ
偏に風の前の塵に同じ

戦後日本の大量生産・大量消費の
社会が敷いたレール、の下で
よかれ、と思って頑張ってきた人達が
戦犯、のように扱われて政治生命を終えていきます。
族議員、公団の総裁、受験教師……etc.

戦中派の人と戦後生まれの人の
話がかみ合わないように
現在の20歳以下の人達が、どんどん社会に出てきた時
社会の敷いたレール、の考えを引きづった僕より上の
世代の人達は、あっという間に
話の通じない、オジサン・オバサン、と
なってしまうと思います。
僕はそんな時代にあっても、話の通じないオジサン・オバサン、となる事なく、
若者達にチヤホヤされていたいのであります。
若者たちにチヤホヤされるイケてるオジサマとなるためには、
とりあえず、社会の敷いたレール、のもとで行われた、刷り込み、を
一つずつ剥がしていくしかないと思うのであります。
若者たちにチヤホヤされる素敵なオジサマになりたい、という、
大いなる下心から出発したその作業が
同じ、刷り込み、を受けた世代の
人達の役に立てればこれ幸い。
日本社会は、イケてるオジサマ・オバサマだらけになります。

とりあえず前世紀の遺物を全部捨ててからで
ないと新世紀に対応できる人間になれないと
思うのであります。
もう2003年12月です。
もうすぐ2004年になります。
なのにまだ日本社会では
戦後システムの考えを引きずった人達と
21世紀に対応しようと努力している人達との
ギャップが、多くの悲劇を生み出しています。

僕はちょうど過渡期の真ん中の世代だと
自分で思っています。
だから巨人の長島監督の引退セレモニーに
涙した人達の気持ちも分かるし
中田選手やイチロー選手の海外での
活躍に胸を躍らせている人達の気持ちも
分かるのです。だから辛い。

でも時の大河は変わらないのです。
地球は自転しながら太陽の周りを
公転しているのですから。
つまり人間がいくら人為的な抵抗を
加えても、時代は不可避的に流れていくのです。

ゆく河の流れは絶えずして
しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは
かつ消え、かつ結びて
久しくとどまりたる例なし
世の中にある人と栖と、またかくのごとし

平家物語に続いて
今度は鴨長明の方丈記の一節であります。

いつの時代も、今の若い人達は、は決まり文句です。
でもいつの時代も、今の若い人達は、と
言われていた人達が次の時代を作っていくのです。
戦後システムの考え方を引きずったままの
世代は、管理教育の記憶もなく
小学生の頃からインターネットがあり
海外で活躍する中田選手やイチロー選手の姿を
自然に観て育った世代が社会に出てきた時
全く相手にされなくなるでしょう。
僕はそんな時代にあっても
話の通じないオジサンになることなく
若者たちにチヤホヤされる
素敵なオジサマとなりたいと切に願うのであります。

素敵なオジサマ大作戦。
卵のなかみ、これからも宜しくお願い致します。

神歌




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投稿者 大場理史 : 2003年12月01日 00:00
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