自画像

2003年12月11日

自画像

[投稿者:仙台インターネットマガジン編集部]


ええ。ええ。どうやら僕は本当に中途半端な知識しか持ち合わせていませんが、これでもたいがい大事なことは知っているつもりですよ。
それでいて、知らない振りをしているのだよ。
何故そんな不自然なことをするのか僕にもよくわからないけど、それはある種の強烈な自己防衛かもしれないよ。
意味のあることだけをやろうとしても駄目だよ。意味のありそうな事ばかりを追求して、言葉を選び、無駄話を極力排除して、それが「誠実」ということなのではないか、なんて考えながら生きていたら、僕みたいな不自然な話し方を喋るような人間になってしまうよ。
それはもう実証済みだから、絶対にそれだけは回避した方が賢明だと思うよ。

実際、意味のないことの方が重要だという気がしてきたよ。いわゆる「お喋り」を女性はよくするけど、彼女たちの本能の優秀さには驚かされるよ。
彼女たちは絶対に自分の身体を粗末に扱うようなことはしないよ。それは彼女たちが正直に彼女たちなりの正解を選び取る術を知り尽くした素直な動物性を備えているだからだと僕はいま考えているよ。

僕みたいに人に意見されたことを全部鵜呑みにして、それを包括しようなんて無謀な慢心を抱き始めたら、本当に心も体もおかしくなってしまうんだよ。
美智子様みたいに言葉が声に出なくなってしまうんだよ。飲酒しなくても、吐く事もあるみたいだよ。自分の限界を知り、「防御」という言葉もこともよくよく理解しなければ駄目だと思うようになってきたよ。今頃になってそんなことに気付いたんだよ。元来、馬鹿なんだよ。そんなわけだから会社の方も遅刻しっぱなしだよ。上司はもう怒りを通り越して、なんだか奇妙な可笑しさを感じているみたいだよ。出社時間の一時間前に会社からモーニングコールが掛かってくることもあるんだよ。

僕みたいに理論的に考えるのが苦手な人間はどうやらそれ なり のやり方を見つけていくしかないみたいだよ。正統の進化から、敗北して、横道にずれるしかないのかもしれないよ。ナマケモノの種に近いのかもしれないし、枝分かれだよ。世の中に伝えたいと思えるべき事と伝えたくないべきものがあるとするなら、僕の眼球には、伝えたくないことの方が多く映ってしまうんだよ。
僕は何も自分の無能さを棚に上げてアカデミズムを批判したいわけでもないし、「思考停止」を促したいわけじゃないよ。もっと出来る人には考えてもらいたいぐらいだよ。実際、学者という職業に就いている知人も数人いるけど、僕は本当に彼らを尊敬しているんだよ。でも、僕なりの仕事もあるのではないかと僕は思いたいだけなんだよ。それはいわゆるレーゾンデーテルかもしれないよ。それが古くさいやり方だということも承知してるけど、そのやり方でなければむしろ届かないこともあるのではないかという僕なりの読みもあるんだよ。
また青臭くて抽象的なことばかり話して!と怒るかもしれないけど、少し背負って、曖昧でも下手でもいいから、自分なりに捉えて、言いづらそうにもがいてる姿、もしくはその沈黙そのものに、「なにかたいへん重要で健全な」なにかが含まれていることがあるかもしれないと思っているんだよ。話をしていて本当にその人と会話をしているのか判らなくなるときが僕にはあるんだよ。それが孤独と繋がっているんだよ。全ての病いや罪は孤独から発端しているのではないかとさえ考えるときがあるよ。そういう意味では魂(ソウル)かもしれないよ。ソウルミュージックを奏でながらソウルを持ってない人もいっぱいいると聞いたけど、なかなか現代では難しいみたいだよ。忙しくて自分のソウルを何処かに忘れてきてしまうことがあるようだよ。僕だって自分が何を言いたいのかよくわからなくなる切ない夜がいっぱいあるよ。そんな夜はアダルトビデヲ観て、放心状態だよ。似たような行為をしたくなってしまうという悲しい性も僕にはあるみたいだよ。そんなことを平気で女の子に告白するから嫌われるみたいだよ。
自己分析をした結果、子供の頃から、人の話を聞かないで、話している人の目とか雰囲気なんかを探ってしまうという性質も僕にはあるようだよ。まさに其処にこそ真実らしきものが隠されているかのようにね。親に「猜疑心」というあまり建設的でない記号を遺伝的に授かってしまったのかもしれないよ。これは僕のまたもや勝手な推論だけど、一人の人間は遺伝子の配列の、最後の一文字ぐらいしか、付け加えられないのではないかと考えるようになったよ。これのいいところは謙虚が生まれるところだよ。もちろん何世代にもわたって長い間培われてきた、一個一個が自分に刻まれているから人は複雑なんだと思うけど、だから、どうせたった一ヶならば、「暴力」の衝動とか、「権力」の保持とか、といった文字を刻むより、それぞれの人間がそれぞれ善性だと思えるようなワン・レターを自分は刻みたいと願っているよ。
ええ。批判していると思いきや、自分が劣悪な単語の流布の本人となっている可能性もあるのだから本当に気を付けなくてはならないし、そこにまた個人の伝達の限界も感じるよ。しかし、社長が社員全員の顔と名前ぐらい覚えていられないぐらいの大きすぎる企業は危険だよ。

確かに善悪の判断は一概には言えなくて、体内に収まっているうちは「善」なのに、排泄された瞬間から「悪」にされちゃう物もあるし、戦時中では「リーガル」なのに、終戦の瞬間から、「イリーガル(非合法)」になっちゃうものもあるし、深夜の公園でやると、「痴女」だが、ステージ上でやると、「女優」になっちゃうものもあるし、医者に話すと、「分裂」と診断されるのに、絵に描いたとたん、「芸術」になっちゃうものさえあるらしいから、本当にこれはもう千差万別で、「動機」は正義だが、「効果」が悪になってしまう事もあったりするので、慎重に事を進めていかなければいけないと考えているのだけれども、そんなことをしていると、文章力学の方法論上、「悪文」となってしまうんだよ。
なのでここはひとつ、細かい事は許してもらって、少し乱暴でも、さっき並べた単語を「悪」と仮定させてもらい、大いにモチベーションあげて、書きたいが、もう既に、「優しくない」という正義らしからぬ状態の文章に陥ってしまっているので、僕はまた弱気になってきたところだよ。

色々言ってきたけど、僕は、なにひとつとして新しいことを言えていないみたいだよ。ほとんど借り物の知識や形式しか繰り広げられてないみたいだよ。僕がやっているのは先人のソウルの繰り返しだよ。でも、自分が良きと思われるソウルは何遍でも繰り返した方がいいのではないかと思っているんだよ。
自虐的になっているならば謝るよ。いや、謝ってしまってごめんだよ。フィクションだよ。フィクションだよ。「ル京詩世」という仮面を被った男の存在は虚構で、そんな名前の付いた男は何処の市役所の戸籍を調べてみても、掲載されていないよ。
それは認めるから、子供の戯言だと思って、あまり怒らないでもらいたいよ。
本当に疲れているみたいなんだだよ。少し又長い休暇を取るかもしれないし、まったく時代錯誤のエッセイをひとつやふたつ載せるかもしれないから、君の仕事に邪魔にならなければ、おおいに笑い飛ばしてもらいたいと考えているよ。

本当にこうして自分の放った言葉を見てみても、僕は何を言いたいのか解らなくなってきたよ。自分がこれだけ知っているぞと証明して見せたいだけかもしれないよ。これはやはり快楽原則と、そして、システムの問題かもしれないよ。『第三の道』が開け放たれるのはいつ頃になるのだろうか?

ええ。ええ。僕はこれでも健康で、幸福なつもりですよ。
今度街で再会したのならば、無駄話をしながら、一杯ご馳走してくれないか?


2003/11/18


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投稿者 仙台インターネットマガジン編集部 : 2003年12月11日 01:33
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