消えゆく町 二十人町 NO1

2004年08月26日

消えゆく町 二十人町 NO1








消えゆく街 二十人町

第一回









  大型電器店や仙石線地下化などで、なにかと話題に上がる駅裏
対照的に再開発が進まず、古い街なみを残す二十人町を、5回にわたって取り上げる。

  仙台といえば杜の都。青葉通りや広瀬、定禅寺の緑の大通りがその風情をかもしだす。広くきちんと整備された道、清潔な街並は「政令指定都市」という、澄んだ語感とも無理なくマッチする。一番町に広がるアーケードも小洒落た店が軒を並べ、多くの人が好んでその道を通る。








二十人町写真

ミウシナッテシマッタ




  その一方で古びた、いや、さびれたというほうがふさわしいかもしれない、そんな通りもある。仙台駅裏から東へのびる二十人町という地区には車がやっとすれちがえる程の細い道に木造の商店や家が立ち並び、猫が行き交う。店先では顔見知りが立ち止まり、世間話に興じている。そこには人の顔があり、生活がみえる。何の用事もないのに、ついふらりと歩きたくなってしまうのは、どこか懐かしさを感じるからかもしれない。私が生まれたころにはもうそんな風景はほとんど見られなくなっていたはずなのに、私はなぜかそんなふうに感じてしまう。







二十人町から名掛丁を臨む

ジブンノオモイデノカワリニ、




  今年春、私は二十人町を徘徊することが多かった。ふと通りかかったある日、きれいに晴れ上がった空の光がその細い道に強い陰を落としていた。くすんでぼんやりと光るアエルビルをその陰のなかから見上げて以来、私はこの通りに引き込まれてしまった。区画整理の計画によって目立つ空き地や廃屋にも、春はやってきていて、有刺鉄線の間から、崩れた屋根の壁のすき間、破れた畳、古く朽ちた町の残骸から青々とした葉を広げていた。








二十人町の写真3


ヒトノオモイデニスガリ、



  たったまま枯れて行く木のように、二十人町の通りは余命を過ごしている。やがては区画整理によって、広いきれいな道ができ、四角い建物が並ぶのだろう。雑然とした隈雑さがなくなって、整った街へと向かって行く、どこにでもある店、マンション、似たような作りの家、ベッドに合わせて足と頭を切り落とされた自然。仕方がないことかもしれない。









二十人町の写真4


ヨリソウ。



  けれども私は寂しさを禁じ得ない。なぜ街から隈雑さがなくなってゆくのか。これからしばらく二十人町を素材として、その疑問の自分なりの答えを探してみたいと思う。






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第三回
二十人町はどのようにできあがってきたのだろうか。今回は二十人町の歴史を取り上げていこうと思う。

第二回

二十人町の区画整理計画は誰が計画しているのだろうか?と思い仙台市役所に話しを聞きに行く。


第一回
  *このページです。
大型電器店や仙石線地下化などで、なにかと話題に上がる駅裏 対照的に再開発が進まず、古い街なみを残す二十人町を取り上げる。





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投稿者 im-sendai : 2004年08月26日 03:13
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