情熱の薔薇(2) 2003.10.X 初出

2005年01月30日

情熱の薔薇(2) 2003.10.X 初出

僕が紅顔の美少年だった頃
つまり僕が、中学生や高校生だった頃は
悪名高い、管理教育、が全盛でした。
学生服の丈が短いといって停学になったり
バイクの免許を取ったのがバレて
退学になったりしている同級生がたくさんいました。

同年代の人達と話をするとよく
いったいあの教育は何だったのだろうね、と
いう話になります。

僕は今でも覚えているのですが
当時、ちょっと定刻に遅刻した女子生徒が
教師が力づくで閉めた校門の間に挟まれて死亡する、というとても痛ましい事件がニュースになったりしていました。
ニュースになるのは氷山の一角なので
たぶんそれに似たような事件事故は
全国でたくさんあったのだと思います。
若い人達には想像がつかないかもしれませんが
僕が中高生の頃は、学校の教師は刑務所の看守のような
存在だったのです。
僕もささいな理由で何度暴力教師に
殴られたり蹴られたりしたか分かりません。

どうして当時そんな、管理教育、が
当たり前のように行われていたのか冷静に考えると、
たぶん日本社会が、戦後の焼け跡から復興し、
高度成長を成し遂げる仮定において
大量生産・大量消費型の生産ラインに必要な
従順で画一的な労働力を、大量に必要としたから、なのだと思います。

大量生産・大量消費型の経済社会でメインとなる
大工場には、画一的で従順な労働者が
それこそ大量に、必要となるからです。

受験戦争、というのもおそらく、その画一的で従順な
大量の工場労働者を管理する、大卒ホワイトカラー、を
生産するためのシステムだったのでしょう。

団塊の世代の人達には、大学まで出た人に
こんな単純労働はされられない、とか
できない、といった意識が残っていたりしますが
たぶんそういった事情があるのでしょう。
つまり戦後のある時期まで、大卒、は
社会が敷いたレール、における、エリート、だったわけです。
この中でも、受験戦争の王者、東京大学法学部卒の
高級官僚、は、そういった戦後システム全ての
管理職、だったのだと思います。

でも、実は本当のこの国の管理職は他にいるわけですよね。
懸命なる読者諸氏はお気づきの通り
社会が敷いたレール、を敷いた人達こそ
本当のこの国の管理職なわけです。
現在の、高級官僚、と呼ばれる人達は
本当のこの国の管理職、が敷いた、社会の敷いたレール、に乗せられて、受験戦争に勝ち抜いて東京大学法学部に入り、高級官僚、になった世代なので、訳の分からないことばかりして国益を損なってばかりいるのだと思います。

-情熱の薔薇(3)へ続く-
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投稿者 im-sendai : 2005年01月30日 00:22
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