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2005年03月 アーカイブ

2005年03月05日

ブログ改造報告

しばらく、いそがしくて、なかなか仙台インターネットマガジンに手をかけてやれなくて、何だかなあと思っていたが、思い切って、気になっていたところを修正しました。

1,トップページに連載の紹介。

2,カテゴリー、日付順のページに記事の要約がでるように設定。

3,記事の下に、人気blogランキングのリンクをはった。これはブログの人気投票でいっぱいクリックされると、上位に表示され、注目度があがるらしい。
ぜひぜひ、訪れてくだされ。人気blogランキング

4,記事の下に、前の文集と、次の文章のリンクが表示されるように設定。

5,個別の記事の横に、記事のリストの一覧が出るように設定。

今後やりたいこと
ライブラリ機能を、ブルグに移転する。
デザイナーの真樹ちゃんのニューデザインに更新する。
記事の日付を訂正する。
文字のサイズを変更


ブログの移転ももう一息で何とかなりそうだ。
何をやるにも、本当に手間がかかるモノだとつくづく思う。

佐藤研一朗

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コンビニ文化

愚痴ではないが、(愚痴かもしれないが)以前、掲示板でブログに変わってからデザインがなっていないと、指摘してくれるひとがいた。

こんな感じ

一石 2005/01/23/13:53:00 No.43 通甲人 失礼だったら削除してください。 読みにくいレイアウト。文字が薄い色で読みにくい。デザインサイトではないですよね?まくまでマガジンなはず。個人プログ化してないでしょうか?プログにするのですか?内容を簡潔に、言いたいことがすぐくるように

指摘はいくつか的を得ているし、忠告はありがたいのだが、もうすこし気遣いというものがあるのではないか。名無しで、偉そうにかかれると、「ただで読んで文句をいうな、こっちは何十時間も投資しているんだ。」と、感情的になってしまう。(^_^)

失礼だったら削除してください。というは、自分で失礼だと思わないのだろうか、それよりも、失礼にならないように、書き込んだらいいのではないか。

誤解されたくないが、指摘はうれしい。確かにありがたい。
しかし、相手の欠点を指摘するのと、失礼な文章を書くのはまったく別のことだ。

せめて、「いつも楽しく読ませてもらっています。」と書いてから、「でもこうしたら、よくなると思うのですが」というスタイルで書き込みができないものだろうか。


みんな、消費社会、コンビニ文化、(いつも自分がお客だという文化)になれすぎているのではないか。

なにも買わないで漫画を立ち読みしただけで、ありがとうございますと言われる社会は異常だ。いつも相手(売り手)に礼儀正しさを押しつけるから、自分もいつの間にか、異常に礼儀正しく、ぺこぺことしていなくてはならない。まったく窮屈でたまらない。

仙台インターネットマガジンは商売として成り立っているわけではないのだから、読者はありがたい存在でも、お客様ではない。

だから、読者は神様でもないと思う。

読者は同じ時間、同じ時代を共有している仲間だ。それ以上でも、それ以下でもない。

仙台インターネットマガジンは、メンバーのモチベーションで成り立っている。だから、読者の気持ちがもっと知りたいと思う。こういう取り組みをみて、文章をよんでどう思う。
そいういうことを聞けたら、もっとやる気がでるんだけど。。。。

暇があってきにいらないなら、仙台インターネットマガジンに参加して、直してくれればいい。

あと、3人くらい、仙台インターネットマガジンに参加してくれたら、もっと、いろんなことができるんだけどな。

仙台インターネットマガジンの門は、いつでもあいているんだけど。

佐藤研一朗

英語の壁 〜1年たって、やっと英語でTVを楽しめるようになった。〜

〜1年たって、やっと英語でTVを楽しめるようになった。〜

ここまで来るのに、一年以上かかった。やっとTVをみていて、その内容をほとんど理解して楽しめるようになった。まだ完璧とは言わないが、番組を楽しむには十分な理解力だろう。理解力は日本語を100にすれば、75〜85位ではないかと思う。

これだけ長い間、一つのことだけ集中してやったというのは、自分にとって初めての体験だ。何度も途中で絶望して投げ出しそうになりながらもやっとここまできた。まったく、英語をまなぶということは安い投資ではない。ここを日本人が理解しないことには、いつまでたっても、英語コンプレックスから逃れることはできないだろう。

副島隆彦によれば、英語の勉強はまず1000時間くらい、時間を投資してから、自分に才能があるとかないとか言った方がいい。と、のべていた。

確かに、1000時間は一つの目安になるだろう。そのくらいやると、簡単な会話や、聞き取りができるようになる。留学であれば、留学三ヶ月、四ヶ月目くらいだろう。(1日10時間 100日で 1000時間だ。)この期間は、0からのスタートであれば、自分の成長がめきめきと感じられ、楽しい時間である。

このくらいの実力があれば、とりあず旅行にいって、いろんなミスをしながらも、食事を頼んだり、ホテルの部屋をとったりするくらいはできる。簡単なコミュニケーションをとることができる。たいていの日本人が必要なのはこの程度の英語ではないだろうか。

つづく

英語の壁2 〜地獄の始まり〜

しかし、ここからが、本当の地獄がはじまるのである。人間、ある程度簡単な会話ができるようになってくると、もっと難しいことをいいたくなったり、テレビをみて楽しんでみたいと思うようになるのだ。

しかし、1000時間を超えたあたりでは、テレビを見ても、何をいっているかわかないないし、聞き取れもしない。みていても理解できないので、全く苦痛だし、おもしろくなので、猛烈な眠気に襲われるのだ。

ここの壁は、自分の耳が英語になれていない、早口、ボキャブラリー、スラング、いいまわしの5つである。


もちろん、この時期にぶち当たるのが、リーディングの壁だ。やはり人間、ある程度、簡単な教科書をよめるようになってくると、新聞や、ウエブサイトを英語で読みたくなるわけである。しかし、まあこのレベルでは、全く太刀打ちができないのである。

ESLの教科書はできるだけ簡単な言葉を使っているので、ある程度基本的な単語がわかってくると、読めるようになってくるのだ。だが新聞やネットでは、ボキャブラリーは無数、無限である。

一つの記事で100個もわからない単語があったら、辞書を調べて、読み込んでいくというい気にもならない。やっても途中で力尽きてしまう。

英語の壁3〜耳から英語が突き抜ける〜

〜耳から英語が突き抜ける〜

それでも苦しみながら英語を勉強を続けていると、2000時間くらいで、英語が耳から突き抜けるという現象が起きる。つまり、あいてがなんと言っているかわかないけれど、音として英語が耳にはいってくるという状態。英語が聞き取れないというのは、相手の単語や言い回し、文法がわかないだけではなく、英語の発音じたいを耳が聞き取れていないということもあるのだ。この英語が耳から突き抜けるという現象は、留学生のだれもが経験するようだ。

これは、突然やってくる。急に、あれなんか聞き取れるようになったなあ。という感じで、英語が聞き取れるようになる。まあこれは、どんな英語でも、聞き取れるわけではなく、ある程度ゆっくりとした、いつも聞き慣れている英語が中心だ。この時点では、まだ聞き取れたり、聞き取れなかったりと、英語の素材によってぶれがある。

まったく、感動の瞬間である。急に聞こえるようになるのだから。しかし、この感動も長くは続かない。というのは、相手の発音がくっきり聞き取れても、何をいっているか意味がわからないからだ。ボキャブラリー、スラング、いいまわしをしらないから、意味がわかるわけがないのだ。これは本当にフラストレーションがたまる。おまえの言っていることははっきり聞き取れているのだけど、言っている意味がわかんないんだよと、何度も叫びたくなる心境である。

私は2000時間から、3000時間あたりまでが一番苦しかった。今までの0からの急成長が終わり、実力がじわじわとしかのびて行かなくなるのである。気持ちだけが先走り、これだけ勉強しているのにどうしてできるようにならないのかと落ち込んだ。テレビや新聞を眺めて、いったいこれを理解できる日がいつか来るのだろうか、永久に理解できないのではないかと何度も絶望した。このあたりで、自分がネイティブのようになるのだという夢は、無理な相談だと気がついた。

つづく

2005年03月10日

あなたには何ができる?


こんな廃れたロッチェスターに住んでいて、いつしか、
「何かをしなくては」と、思うようになった。

「何かを。。。。。」

まあ、そんなことを言っても、自分に、いったい何ができるだろうか?

まったく、よその国にきて、やっとすこし英語ができるようになったくらいで、何ができるというのか?

だいたいにして、やっと一年半勉強して大学に入ったばかりだったのだ。もう、学校のクラスについて行くのがやっとで、遊ぶ暇も、飲みに行く暇もなく、泣きそうになりながら、宿題に追われ毎日がすぎていった。

でも、何か考えていると、出会いは突然やってくるものだ。


「その時、ぼくたちは、何ができるだろう? 」  ブルーハーツ 街 より

つづく

2005年03月12日

素知らぬ顔をして

DSCF1874.JPG
さびれたロッチェスターの町並み

出会いというのは突然やってくる。

私の専攻は、Public Administration(パブリックアドミニストレーション)という行政やNPOのマネージメントだ。

わざわざ、この専攻をとるために、NYでの楽しい暮らしを捨てて、この寂れたロッチェスターにある学校にきたのだ。

でも、悲しいことに、この専門はさっぱり人気がないらしく、ほとんどのクラスが応募の定員にたりなくキャンセルになってしまう。

本当は学校に入ったばかりなので、基礎のPublic Administration 101をとらなくてはいけなかったのだが、あえなくキャンセルで、Public Administration 203という、上級者向けとクラスをとることになった。

本当に大丈夫かなあと思ったのだが、5人しかいないクラスで、和気あいあいとしてクラスを受けることができた。

内容は、Grant writing for Non-for-profit organizationという感じだ。どういう感じかというと、どうやってNPOに助成をだしている財団に、うまい手紙をかいて、助成をうけるかという、非常に実用的なクラスである。

英語もろくにしゃべれないのに、そんな手紙を書けるか、とかなり心配をしながら始めたが、まあまあ、なんとかなるもんである。

非常によかったのは、その先生の教え方だ。まず問題提起があって、それからゴールと目標があって、それからどのようにそれをやるか、それから。。。という感じで、何を書いていったらいいか、どの段階を踏んでいけばいいか、しっかり教えてくれた。

そのうちこういうクラスのノートも公開しようとおもう。こういうモノは公共の利益になる。日本人でなにかアメリカでしようとしている人には、ぴったりだ。

クラスが始まって1ヶ月すぎ、先生がファイナルプロジェクトについて説明を始めた。曰く、ファイナルプロジェクトは、仮になにを企画して、そのイベントの助成申請の手紙をかいてくいださい。

そこで、おおこれはと、思いついた。どうせならこの廃れたダウンタウンを盛り上げる企画にしよう、と。

こうして、ダウンタウン復活のための企画をねることになったのだ。少し冷え込み始めた2004年の晩秋だった。

いつも思うが、何事もの出会いである。


「誰の上にも雨は降るけど 時々そしらぬ顔をして チャンスも降ってくる」

 ブルーハーツ チャンス より

佐藤研一朗

ニューヨーク留学事情もよろしく

2005年03月14日

英語の壁4 〜言語はコミュニケーションをとる道具〜

少し希望が見え始めたのが3000時間にさしかかったあたりだろう。ちょうどこのあたりで、クリスというアメリカ人の友人ができた。そいつが福島で英語を教えていたことがあり、おんなじ東北じゃないかと非常に親しくなり、結局、ルームメートとして4ヶ月くらい生活した。


言語はコミュニケーションをとる道具だけあって、毎日の日常で英語を使ってコミュニケーションをとっていると、成長の度合いがやはりはやい。この間はクリスとつるんで、バーに行ったり、パーティーにいったりと遊び回っていたのだ。それまでのように、机にかじりついて「英語の勉強」をたくさんした記憶はないが、気がついたらクリスとコミュニケーションは何の問題もなくなっていた。

これはどんな意味だろうか? "Take a damp".  "Take a leak".
言葉が汚くなって申し訳ないが、くそをする。ションベンをする。という意味である。私はこういうスラングをルームメートたちからいろいろと教わった。このようなスラング、汚い言葉は覚えなくてもいいという考えの人もいるだろうが、私はこのような生活に密着した言葉は、たくさん知っておいた方がいいとおもう。それをしらないと、いつまでたっても、自分の言葉にならないというきがする。

スラングは自分の気持ちを表すのに、やはり必要であろう。「オメー、うざいんだよ。どっかいけ、このくそったれ!」と、啖呵を切れないで、本当にその言葉をマスターしたことになるのだろうか?もちろんこういう言葉は、いつでもどこでも使えるわけではないのだけれど。

つづく

2005年03月18日

ニューヨークアートレポート13 新生MOMA見学記&Danへのインタビュー 1

ニューヨークアートレポート13

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 新生MOMA見学記&Danへのインタビュー
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日本人建築家、谷口吉生によりデザインされた新生MOMA(The Museum of Modern Art)はマンハッタンのでも一番の繁華街である5th avenue*1のとなり、53stと54stの間にある。二年間も改装工事をしていて、対岸のクイーンズに移転をしていたのだが、昨年、2004年の11月、ついに待望のリニューアルオープンとなったのだ。


展示スペースは約2倍となり、15万点のコレクションから、えりすぐられた作品が、6つのフロアーに所狭しと飾られている。ここにある絵は、モネの睡蓮にはじまり、ジャクソンポロック、マティス、ミロ、ピカソ、ゴッホなど、誰もが一度は見たことがあるような、超有名作品ばかりである。まるで全員が四番打者、一時期の巨人軍の重量打線のようである。


この新生MOMAの人気もまるで一時期の巨人軍並みだ。オープンしてから、もはや1ヶ月、まあ、それほど混雑してはいないだろうと、高をくくっていたのだが、美術館は、おすなおすなの大盛況。なんとチケットを買うのに2時間待ちというではないか。零下10℃、行列は建物の外まで続いていている。みんな白い息を吐きながら、文句もいわずに待っているではないか。


こんな朝っぱらから、寒いところに並んでいられないと、短気な私は、今日は見学をやめにして、また出直してこようとおもった。でも、まず、待ち合わせている友人の到着をまたなくてはならない。その友人は十分遅れでやってきた。地下鉄が調子が悪くてと、ちょっとすまなそうに、苦笑いをしている。

つづく

*1(マンハッタンを縦に走っている通りをアベニュー avenue、横はストリート street)  

2005.1.7佐藤研一朗

Moma web site http://moma.org/

ニューヨークアートレポート14モマでインターン

ニューヨークアートレポート14

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 新生MOMA見学記&Danへのインタビュー2
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彼の名前は、Dan(ダン)。台湾系のアメリカ人である。三度のめしより、現代アートが大好きな彼は、大学をでたあと、現代アートを国を挙げて応援しているドイツに1年間ほど留学していた。英語、台湾語、それとドイツ語を流ちょうにあやつる。


今日はそのダンがMOMAを案内してくれことになっているのだ。ダンは、つい最近までMOMAで、インターンとして働いていたのだ。インターンというのは一種の研修だ。実際に仕事につく前に、仕事内容を理解したり、経験を積めるようにと、アメリカでは広く企業で採用されているシステムだ。


といっても、インターン終了後にその会社で、働けるわけではない。だけど、やはりインターンを MOMAでやりましたというのは、一種のキャリアのようなモノになるらしい。小さいギャラリーでも、完全に未経験の人間と、インターンを経験したことがある人間なら、後者をとるだろう、という具合だ。


給料はその時々によって、もらえる場合もあるし、そうでない場合もある。どちらかというと、給料はない場合がおおい。多分に漏れずダンのMOMAでのインターンにも、お金はでなかったそうだ。ただ、特典としてインターン終了後、1年無料でMOMAに入れるフリーパスをもらえる。


このフリーパスのおかげで、我々は今回、行列に並ぶことなく入場できた。2時間も寒い中を待っている人を横目に、少し偉くなった気分である。もしMOMAにいくなら、観光客が一段落したあと、やはり午後すぎあたりに行くのがいいだろう。

つづく

2005.1.7佐藤研一朗

ニューヨークアートレポート15 うんちく

NYアートレポート15

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 新生MOMA見学記&Danへのインタビュー3
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谷口吉生によりデザインされた新生MOMAは地下2階、地上6階、以前の改築中の移転先だったクイーンズと比べると格段におおきい。この谷口吉生の建物は日本人らしく洗練されていて、かっこいいのだが、どうも、CGの中を歩いているような感があって落ち着かない。

建物の階をあがるごとに、新しい作品から古い作品が展示しあると、ダンが解説してれた。だいたい美術館に行くときは普通は一人だが、今日はダンがいていろいろと解説をしてくれるので、うんちくには困らない。

現代アート自体が、うんちくが必要なモノになっているようなきがしてならない。その作品の善し悪しもその裏にあるコンセプトやストーリーを知らないことには、作品を楽しめないということがよくある。その割に言葉による解説をこばむ傾向があるので、アート自体が理解ができなくて、高尚なモノになっているようなう気がする。

まあ、そういった説明がなくても、理解できたり、驚かされたり、楽しむことができたり、考え込まされるような作品が評価をうけているかもしれない。


今回、一番おもしろいと思った作品は、壁をチェンソーで切り出した作品。この壁はそのアーティストの家の壁だったらしい。その作品の横に飾ってあった写真は、家の二階の床を切り抜いて、一階が見えているというものだった。なんとも、きちがいちっくでおもしろい。もう一つおもしろかったのは、野外のロックコンサートで熱狂する客と熱唱する歌手、全体をパノラマでとった写真だった。もちろん合成しているのだろうけど、いままであまり写真を見たことがなかったので、勉強なった。

今回は、人が多かったせいもあって、階を上るにつれて、疲れてしまった。やはり一日で見れる作品の量はきまっている。ある程度みたら。多分200点くらい。後はもう集中力がつづかない。やはりこういう巨大な美術館は何回にも分けて言った方がたのしめるだろう。

ちなみに、モマは新しくなったのを記念して、入場料を20ドルに引き上げた。何回に分けて言ってられるかという、声も聞こえてきそうだ。まあそういう人は、金曜日の夕方の無料の時間にいくべきだろう。

ダンへのインタビューにつづく。

NYアートレポート16 モマのインターンはどうなの?

ニューヨークアートレポート16

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 新生MOMA見学記&Danへのインタビュー4
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佐藤研一朗(以下ケン) 今日はきてくれてありがとう。

(以下ダン) いやいや。今はインターンも終わって忙しくないしね、気にしないでよ

ケン 今日はいろいろとモマの話とか聞かせてもらうよ。さて、モマのインターンはどのくらいやっていてたの?

ダン えーと、去年(2004年)の9月から12月の中頃くらいまでかな。だから三ヶ月とちょっと。

ケン インターンって、お金がでないとよく聞くけどやっぱりもらえなかったの。

ダン 残念ながらね。ただ働きだったよ。以前、グッケンハイムでインターンをしたときは、三ヶ月で20万円くらいもらえたんだけどね。

ケン 三ヶ月もただ働きはつらいなあ。それはおいておいて、モマでのインターンはどんな仕事だったの?

ダン そうだねえ。僕がいたのは、リサーチの部門。これはたとえば、だれか有名な作家の企画展をやりますと言うときに、どの作品を飾ったらいいか、どの作品が重要なのかということを、調べる部門なんだ。僕の仕事は、そのキュレターの補佐、モマにはこういリサーチをするための図書館があるのだけど、(あんまり知られていないけど)そこにいって、その作家に関する資料を片っ端から探してくるという感じだったよ。

ケン どんなことがおもしろといと思った? なんか学んだことは?

ダン 言うまでもないけど、やはりモマでキュレターとして働いている人たちは本当にアートのことをよく知っている。その横で、ボスがどんな視点で、文章を書いているかみているだけですごく勉強になったよ。それに毎日モマにいるわけだから、アートに囲まれて、気分がよかったよ。

ケン さっき企画展という話になったけど、モマは15万点も所蔵があるのだから、そこから作品を探してきて、展覧会をするの、その資料をさがしてくるということ?

ダン うーん、もちろんモマは沢山作品をもっているんだけど、やはりそこからだけの作品を集めて展示する訳じゃないんだ。モマは世界中のアートコレクターや、美術館のデータベースを持っていて、それを使って、展示したい作品を探し出すんだ。所蔵先がわかったら、そこに手紙を書いて作品をかしてほしいとお願いするんだ。

ケン なるほど。ということは、お金を払って、作品を借りてくるってこと?

ダン いやいや、そこがまたおもしろい所なんだけど、基本的に作品の貸し借りって言うのは、無償なんだ。

ケン マジ

ダン だからこそ、そこがキュレターの腕の見せ所で、コレクターにその作品がどのくらい重要なのか、展覧会に必要なのか説明しなくてはいけない。まあ、ただかしてくれという訳ではなくて、相手が美術館なら、こちらはこの作品を貸しますからとか、コレクターであれば、モマに作品が飾られれば、その作品の価値が上がるというメリットもって、ギブアンドテイクという感じだね。まあ、コレクターの中には、がんとして手元から作品を話さない人もいるけど。

NYアートレポート17 インタビュー後半

ニューヨークアートレポート17

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 新生MOMA見学記&Danへのインタビュー5
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ケン そいうえば、モマって15万点も作品を持っていると聞いたけど、どこにそんなに作品を保管しているの。

ダン 一つは、クイーンズの以前の改築時の移転先だったモマの跡地、もう一つは、マンハッタンのアッパーイーストだったか、ウエスト。最後の一つはトップシークレットでモマでも一部のひとしかしらない。

ケン まあ、一枚、何億とする絵だからねえ。 それを倉庫に入れておいておく乗ってもったいないね。

ダン いや、だから、かなりの数の作品を世界中に貸し出しているんだよ。以前モマが改修中だったときは、ドイツの美術館にだいぶ作品をかしていたよ。モマとしても世界のモマというブランドを作りたいみたいだよ。

ケン そういえば、2001年に初めてニューヨークきたとき、(改装が始まるぎりぎりまえの)モマにいったら作品がほとんどなくて、話をあとできいたら、ちょうどそのころ、日本の上野の美術館でだいだい的にモマ展をやっていたらしい。。。。せっかくニューヨークまできたのにとぼやきたくなったよ。。。

そうだ、そういえばモマって、ニューヨーク市の施設じゃないんだって?


ダン うん、プライベートの非営利団体みたいな形でやっているんだ。(石油で大富豪になったスタンダード石油の)ロックフェラーが始めたんだ。メトロポリタンは市からお金をもらっているけど、モマは一円ももらっていないんだ。

ケン 確かにロックフェラーからの寄付ですって、いろんな絵の説明のところに書いてあるもんね。なんか、こういう美術館が、公共(地方自治体)のものじゃないというのが、ほんとにアメリカらしいね。そいうえば、今回僕らはただで入ったけど、入場料があがったよね。それも、こういうことが関係しているのかな。

ダン 今回12ドルから20ドルに上がったんだけど、これは非難ごうごうだったらしい。高すぎると、でも他の美術館もモマにあわせて、20ドルにしたいみたいだよ。

ケン まあ、ロックフェラーなら、入場料が20ドルになったのも、納得だけどね。(笑)それに比べれば、メトロポリタンミュージアムは50セントの寄付で入場できるんだよね。観光客はしらないけど。それは市でやっているからか。。モマは寄付の日は金曜日の夜だけだもんね。

ところで、話はインターンにもどるけど、インターンって、だれでも、そんなに簡単にできるモノなの?

ダン まあ、就職とちがって、狭き門というわけではないよ。四大をでて、アートヒストリをやっていて、すこし他でインターンをやったことがあれば、だれでもできると思うよ。(ケン注、もちろん私たち英語を母国語としない人は、英語ができなくては話にならないが。。)

ケン ダンはいままで何か他でインターンをやったの、そいうえばグッケンハイムでインターンをやっていたといっていたけど。

ダン うん、大学生の3年生の夏休みにグッケンハイムでやったよ。それと大学のあったピッツバーグの小さなギャラリーでインターンをやったこともあったよ。

ケン へー。ところで、こういうアート関係の就職は狭き門だといま言っていたけど、そんなに難しの?

ダン (苦笑いをしながら)うーん、そうだね。実はいまちょうど僕も就職口を探しているんだけどなかなかね。。。20コくらい、アプライしているんだけど、やっぱり、最低、大学院でキュレターくらい勉強していないと、仕事はみつからないねえ。

ケン なかなか大変そうだねえ。じゃあ、ダンはこれからどうするの?

ダン 大学院には行きたいと思っているんだけど、やっぱりその前に少しギャラリーや美術館で働いて経験を積みたいんだよね。それに学費も貯めないと。実は大学院も、何校はアプライはもうしてあるんだ。まあ、働き口が見つかればそちらにするとおもうけど。

ケン ふーんなるほどね。なんか今度ほかのインターンをしたりはしないの。

ダン うん。インターンじゃないんだけど、今度セントラルパークでやるクリスト
の「the Gates」のお手伝いをするんだ。安い給料だけど。最低賃金。。

ケン マジ、クリストってあのビルやら、国会議事堂やら、美術館やら、はたまた島まで布で囲んじゃうあの人でしょう? おもしろそう。またニューヨークにもどってこなきゃね。また今度、その話を聞かせてよ。

ダン もちろん。

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