公共事業について考える3 無駄な公共事業とはなにか

2005年07月23日

公共事業について考える3 無駄な公共事業とはなにか

[投稿者:佐藤研一朗]

無駄な公共事業とはなにか

公共事業という言葉が、「悪い意味」となって、ひさしいと書いたが、日本で、公共事業自体に反対をしている人をほとんど見たことがない。アメリカには、公共事業をやめ、政府はできるだけ小さくし、税金をなくせと、主張するリバタリアンとよばれる、ほとんど無政府主義者に近い人々がいるが、日本で、こういう人をほとんどみかけることはない。

「無駄な公共事業はやめよう。」これは、今の時代の合い言葉である。でも、これは公共事業自体に反対をしているのではない。「無駄な」公共事業をやめよう。といっているのだ。「無駄な」とい形容詞がついているのが、みそだ。金がかかる割には、生活の役にたたない、生活の質を向上させない、もしくは経済、文化、スポーツなどの発展の基盤にならないような公共事業をやめようということだ。費用対効果がないということだろう。

日本が不幸だったのは、バブルがはじけたときに、日本は長い成長期を終え、成熟期に入ったんだということを理解しなかったことだろう。いままで公共事業をすればうまくいっていたから、もっとそれをやれば、うまくいく、景気は回復するとおもったのだ。でも、生活に必要なものはもうほとんど作ってしまってた。それで無駄な公共事業に金をつかってしまった。

たとえば、日本の中に砂利道を通らなくては行くことができない村というのは、もう存在しない。私は日本中をバイクで旅をしていたからよくわかるが、どんなに小さな村や島に行っても、立派な橋と、舗装道路が整備されている。電気も、ガスも、水道も通っていないところを探す方がむずかしい。いまでは私たちの頭のなかにある田舎というのは存在しない。

田中角栄が「この村の真ん中にりっぱな舗装道路をひけば、村は発展します。」と演説していた時代は終わっていたのだ。村にはもう道路が通っている、都心まで車を飛ばせば、日帰りできるようなっている。電気も、ガスも、水道も通っている。それでお金の使い道にこまって、山菜採りに行くときにしか使わないような林道をきれいにアスファルト舗装してみたり、水は十分足りているのダムを造ってみたり、田んぼを減反しているのに、干拓事業をしてみたりというようなものに、お金をつかってしまった。

お金をよくわからないうちに、よくわからままにつかってしまった。公共事業をすれば、経済発展をするという、成長期と同じ考えだったのだ。昔なら、それも生活の基盤となったのだろうけど、多くの人にとって必要のない物、つまり需要がないものだったから、これらが新たな経済発展の基盤となることはなかった。

あの時点で、本当に生活の基盤となる公共事業は、私が思うに二つあった。一つは水洗トイレの普及。もう一つは光ファイバーの整備だ。どうせ同じお金をつかうなら、本当に生活の基盤となる必要があるもの、需要があるものに、重点的にお金をつかうべきだったのだ。

水洗トイレの普及なんていうと、なにを言っているのと思うかもしれない。そして都会に暮らしている人には、おどろきかもしれないが、実は日本は先進国の中で、一番水洗トイレの普及率が低いのだ。下水道の整備、もしくは何年間もくみ取りをしなくてもいいようなハイテクトイレを導入してたら、環境にやさしい日本のイメージを世界的に宣伝できたかもしれない。それに、こういう工事なら、人の役にたつのだから、使わない道路を造るよりもよっぼど、同意がとりやすい。「そっか田舎はまだぼっとんトイレを使っているのか、じゃあ金使っても、しょうがないなあ。」というようにである。

もう一つの、需要がおおきく経済効果もあるような事業は光ファイバーの整備。これをあのときに国を挙げてやるべきだったとおもう。いまになってやっと普及してきたが、あの時点でやっていれば、世界一のインターネット大国になっていただろう。(いまからでも、遅くはないし、そうなりつつあるともう。)全世帯の光ファイバーをひけば、もちろん、いろんなことができるようになる。それにインターネット自体が新たな分野で、基盤整備がほとんどされていなかったのだから、そのインフラ整備が、経済発展の基盤になるのは間違いはない。でも、それを理解できる政治家はすくなかっただろうし、理解してそれを実行できるような政治家がいなかったのだろう。


では、生活の基盤ではなくて、生活の質を向上させるインフラの整備はどうだったのだろうか。たとえばコンサートホールや、スポーツ施設がこれにあたる。まえに書いたように、こういう施設は本当にむずかしい。コンサートホールを造るには、音楽のことをよく知っていなければならない。下手に多目的ホールをつくって、どの分野にも使いづらく誰も使ってくれないというのはよくある話だ。逆に何かに特化した、たとえばクラシックのコンサートホールをつくったら、今度は需要がするなくなるから、運営は簡単ではない。

この辺の、どのくらいその地域に需要、必要性があるのかを、見極めるのはそう簡単なことではない。だからこういう生活の質を向上させるインフラ整備は難しいのだ。おらが街にも、文化施設をくらいの感覚で作ってしまうと、ほとんどうまくいかない。需要、立地、魅力、特性、費用、経済効果、利便性、そしてその後の運用というのもちゃんと考えないとだめだ。

だから、無駄な公共事業というのは、この辺が全然考えられることなく、検討されないまま、もしくは水増したまま、行ってしまった事業のことである。


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投稿者 佐藤研一朗 : 2005年07月23日 08:45
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