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2005年08月 アーカイブ

2005年08月01日

LRTってなんだ。 地下鉄東西線の代替案

LRTってなんだ。

建築費が安くてすむ、LRT(新型路面電車システム)による交通網を整備するべきだと、書いた。

じゃあLRTってなんだろうか。仙台高速鉄道研究会の会員である高井憲司さんによる、”まちをこわす「クルマ『中心』社会」、まちをつくる「LRT」”のホームページを参考にしいて、LRTを紹介していく。http://www.ic-net.or.jp/home/takaiken/

(そもそも、LRTを知ったのも、このサイトのおかげだ。4年前の選挙特集の時に、このサイトを知っておきながら、ちゃんと読まないで、前回、東西線の質問をしなかったのは、大きな不覚だった。自分の至らなさを反省している。今から五年前に、すでに地下鉄の問題点と、その代替にるLRTを提唱していた高井さんの活動に感謝したい。)

LRTはとはこんなのです。まず写真をみてください。
lrt.jpg

以下全ての写真は国土交通省のHPから

LRTというのは、Light Rail Transit(ライトレールトランジット)のことだ。日本語に直訳すと軽設備鉄道交通機関とい感じになる。つまり大規模な設備が必要ない鉄道交通機関と訳せるのではないか。たとえばJRだったら路線を買収したり、枕木をセットしたり、高架にしてみたり、地下鉄にしてみたいに、駅にしても、非常に大がかりな設備が必要だ。それにくらべて、LRTは基本的に路面を走るので大きな設備投資がいらない。たとえば、駅などもバス亭に毛が生えたようなものでものたりる。そういう意味でライト、軽設備だといえるのだろう。

昔の路面電車は、遅くて、揺れて、うるさいと馬鹿にされ、チンチン電車とよばれていた。しかもクルマが路線に乗り入れていたので、時間の定刻性がまもられなかった。

でもこのLRTは、最新型の車両を導入して、速度も速く、揺れず、静かで、基本的にクルマが路線をはれないので、時間通りの運行ができる。そういう意味でLRTを新型路面電車システムと訳していいとおもう。

じゃあ、高井さんのホームページを参考に、LRTの利点を一つずつあげていこう。(詳しくはこちらから http://www.ic-net.or.jp/home/takaiken/j21.htm ほんとにいいサイトです。みんな読んでください。)

安いコスト、速度も速く、揺れず、静かでバリアフリー、電車や地下鉄への乗り入れが可能、坂道も上れる、省エネ、小回りがきく、輸送量の確保、拡張性に優れる。トランジット・モールが導入できる。

安いコスト
10億〜30億円/km(諸外国実績)リニア地下鉄よりも6〜20分の1の建設費
こりゃ安いや。

速度も速く、揺れず、静かでバリアフリー
<写真2>
lrt2.jpg


新型のLRTは昔の路面電車と違って、速度が速く、ゆれず、静かだ。そして床が低い。一番低いので地面まで17cmだそうだ。これはスゴイ。それに地下鉄と違って、路面をはしっているので、階段を下ったり、降りたりしなくていい。現在、仙台で、敬老パスを使ってバスにのっている老人は地下鉄の三倍だから、このLRTになれば、もっと多くの人が乗るだろう。これからの高齢化社会にもぴったりだ。

電車や地下鉄への乗り入れが可能
これは、LRTのすごいところ、JRにも、地下鉄にも、技術的には、乗り入れができる。仙台市が進めているリニア式の東西線は、JR仙石線はおろか、仙台市の地下鉄南北線にも乗り入れができない。。このため、地下のおごちゃごちゃと歩いて、乗り継ぎをしなければならない。なにを考えているんだか。


坂道も上れる

仙台市がLRTは坂を登れないから、LRTはだめだと行っていたが、これは大きな間違いであるようだ。外国では80〜110/1000(1000m進んで80〜110m登り下りするだけの角度。)の坂を平気で上り下りしている例があるそうだ。仙台高速市電研究会の佐藤茂さんによれば、「八木山の坂は1000分の50(1000m行って50m登る)程ですが、国内にもこの程度の坂を登る普通の電車が毎日営業しています。例:南海電鉄、神戸電鉄他。中にはこの八木山よりもっときつい1000分の80と言う坂を登るものも有ります。」とのことです。


省エネ

輸送人キロあたりのCO2排出量(g)は、LRT36、乗り合いバス94、自動車188。自動車や乗り合いバスにくらべて格段に少ない。てっことは省エネ。


小回りがきく

小型ということもあって、小回りがきく。熊本市交通局LRVの設計では、最小回転半径は18m。ごちゃごちゃした日本の道路にはぴったりだ。


輸送量の確保

LRTは時間帯に合わせて編成を長くしたり短くしたり、需要に応じて自由自在変えることができる。LRTの最大輸送力は一方向で最大5000〜1万5千人/時これは、東西線の予想乗車数を十分にまかなえる数字だ。


拡張性に優れる。

これはLRTの低コストを考えれば、わかる。路面を走るので、用地買収もほとんど必要ない。
需要があれば、どんどん路線を延ばしたり、枝分かれさせたりできる。
地下鉄ではこう簡単にはいかない。何せ1キロのばすのに、200億円かかるんだから。(涙)


トランジット・モールが導入できる。
lrt3.jpg

<写真3を参考>
これはLRTの他の交通機関と違う最大の特徴だと思う。トランジット・モールというのは簡単に言うと、商店街にクルマの乗り入れを禁止し、歩行者天国にする。そこにLRTを低速で走らせて、LRTを商店街の水平エスカレーターのように使おうというアイディアである。これによってひとが商店街をがやがやと歩き出すので商売が繁盛する。これはあとで、「あおば通をトランジットモール、舗装を引っぺがし石畳の歩行者公園に」のところで詳しく書きます。

ヨーロッパの例では、商店街がクルマの乗り入れを禁止すると人が来なくなるからといって、最初は反対していたそうですが、いざトランジットモールを導入してみると売り上げが急増して、誰も文句をいわなくなったということがあるそうです。

クルマの乗り入れを禁止すると人がこなくなると言うのは、基本的に間違っているということを、アーケード街がある仙台の人ならすぐにわかるだろう。だってアーケードにクルマが走っていたら。だれもそんなところで買い物しないでしょ?


問題

こんなに利点があるなら、もちろん問題もある。それは法律。
どうも、40キロ以上で走ってはいけないとか、急な坂は通れないとか、車両が30メートル以上だとだめだとか、LRTの性能を制限するような法律があるらしい。しかしこれも、抜け道があって、法律の特例を認めてもらえることがあるそうだ。日本でもやろうと思えばできるし、すでに特例が認められている例がたくさんあるそうだ。だから、これはトップのやる気しだいなんだろう。

詳しくはこちらから http://www.ic-net.or.jp/home/takaiken/mainframe.htm

次のパートでは、どうやってみんなの支持をうけながらLRTを導入していくか、考えていこう。

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みんなの支持をうけながらLRTを導入する方法 地下鉄東西線の代替案

みんなの支持をうけながらLRTを導入する方法

じゃあ、どうやってみんなの支持をうけながらLRTを導入していくか次のに考えていこう。

まず私が、最初に新しい市長に提案をしたいのは、市民の声、財政難を理由に、地下鉄東西線の建設の取りやめ。
そのうえで、地下鉄東西線の代替案として、LRTで東西線を建設する案を採用する。これで、東西線がくる予定になっている沿線の人たちの反対がなくなる。別に彼らは地下鉄でも、LRTでもかまいはしない。バスよりも速く、渋滞に巻き込まれない交通網でき、今より便利になれば文句は言わない。別に彼らはリニア式の地下鉄でなければいけないとも思っていない。

次に、LRTは地下鉄よりもはるかに低予算だから、東西線なみの路線をあと二つ作りますと宣言する。
これで、東西線なんかに乗らないわよと、あんなの無駄よと怒っていた人が静かになる。
宇都宮市のLRT案の予算を参考にしてLRT東西線にいくらかかるか計算すると、建設費は333億円。これをあと二つ作るのだから。全部で1000億円。

ちょっとまて、おまえ借金を一円もしないで交通網を整備しろっていってたじゃないか。と、つっこむ人はするどい。

いやいや、もちろん。借金無しで作りますよ。じゃあどうやって?

答える前にまず、貯金が480億円しかない仙台市がどうやって、2700億円の地下鉄を作ろうとしているか、見てみましょう。

1,借金。 半分は市が毎年一般会計から支払う、半分は運賃収入から返済する。
2.国からの補助金、地方交付税。 事業の約半分の1300億円を国からの補助金600億と、地方交付税700億でまかなおうとしている。

つまり、事業の半分は国の金。なるほど、だから金がない仙台市もこれほど強気なのか。
ということで、このLRT東西線にも国からの補助金をもらわない手はない。
まあ、総事業費の1/3に当たる333億円くらい補助金としては、もらいたい。

それで、国からもらった補助金333億円で、まずLRT東西線を作ってしまう。一円も仙台市の金を使わないで。もう沿線の調査は終わっているし、駅も決まっている。周辺住民の合意もできいる。だから地下鉄の計画をLRTに変更するのに、それほど時間がかからないだろう。LRTなら、駅を増やす分には、あとからいつでも増やせる。

その後、様子をみて4,5年くらいたって、LRT東西線がうまく成功したら、次の二つの路線の着工にとりかかる。4、5年あれば十分に、あたらしい路線を検討できる。失敗したら?新しく作らなきゃいい。なあに仙台市一円も金を使っていないんだから、なんてことない。

さて仙台市は毎年40億ずつ高速鉄道整備にお金を貯めているのだから、4,5年後には、480億+160億から200億=640億から680億円の貯金が貯まっているで、十分に他の二つの路線を建設できる。ということで、一円も借金をせずにLRT3路線を建設できる。地下をごりごりと掘り進める訳ではないので、これだと、地下鉄東西線より早く開通するかも!? 地下鉄東西線の事業開始予定は平成27年度。マジ、あと十年もかかんのかよ?


ということで、まず国から補助金333億円もらってくる。
その金で東西線を地下鉄のかわりにLRTで整備する。
4,5年様子をみて、うまくいったら、たまった貯金で残りの2本をつくる。

補助金のもらいかた
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部屋は気まずい雰囲気が漂っている。

「仙台さん、困るんですよね。もうほとんど計画が決まっていたのに。。。」と国土交通省のお役人

「ほんとうに、申し訳ありません。財政難を理由に約6割の住民が東西線の建設を慎重に進めるべきだといっているので、やはり市としても、これ以上の借金は増やせないと判断しました。」と仙台の重役

「そう。それでどうするんですか。」と冷たい口調のお役人

「はい、仙台市としましては、全国に先駆けましてLRTを使った交通網を地下鉄東西線の代替として整備したいと考えています。総事業費は現在の地下鉄形式の約1/3の1000億円をみこんでいます。」と、仙台の重役

「ほう。」少し興味深そうにお役人

「はい、国土交通省さんが提唱されているLRTの導入支援を利用させて頂いてただきたい。まず、構造改革特区制度を使いまして、仙台をLRT導入実験特区を申請します。」と熱く仙台の重役

「ふむ。」ちょっとおもしろそうに、お役人

「けやき並木が日本一美しい、仙台駅前のあおば通をトランジットモールは最適だと考えます。ここに全国初のトランジットモールを導入を検討しています。今年中にでも、あおば通を一般車両の利用を制限し、そこを買い物公園とし歩行者、自転車だけに開放し、LRTに見立てたノンステップバスを運行させ、トランジットモールの社会実験を行いたいとおもいます。」といかにも用意はばっちりと仙台の重役

「なかなか、おもしろいですね。でも、LRTを建設の財源はあるんですか?」と冷静さを失わないお役人

「はい、実は財源の約半分である480億円は高速鉄道整備基金として積み立ててあります。つきましては国ほうで、残りの半分を支援していただけないでしょうか?」自信たっぷりに仙台の重役

「ふーん。こちらで検討させてもらいます。半分は出るかわかりませんが、1/3くらいは何とかなるんじゃないかと思います。」とお役人

「ありがとうございます。」仙台の重役

こうして、仙台市は333億の補助金をてにいれ、仙台の重役は足取り軽く仙台行きの新幹線に乗り込むのでした。
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私がいいたいのは、国土交通省のお役人も、全国の政令指定都市の地下鉄が、軒並み赤字を出しているのは、よーくしっているのだ。彼らはもちろん専門家だし、半分金をだしているんだから、一番それを理解しているのだ。「なんかなあ、地下鉄ってうまくいかないんだよなあ。」と、内心思っている。まあ、自分たちが半分金をだして、それが赤字になっても、彼らが責任をとるわけじゃないんだろうが。(またここに無責任文化が見える。)

そして、彼らは、ヨーロッパとかで、LRT(新型路面電車)がそれなりにうまくいって、活躍しているというのも、知っている。ただ、自分たちがさんざん導入を支援してきた地下鉄がうまくいかないからって、「地下鉄は失敗だった。こんどからはLRTだ。」というと、責任をとらなくてはいけなくなるから、いわないだけだ。

まず国土交通省のこのページを見てほしい。http://www.mlit.go.jp/road/sisaku/lrt/lrt_index.html

「LRT(次世代型路面電車システム)の導入支援」と題したこのページは、LRTの導入のメリットや、海外での成功例などあげている。

「欧米を中心にLRTの復活・導入が進んでいますが、日本では、関係主体間の合意形成、コスト負担(初期投資+維持管理)、導入空間の制約などの問題から、なかなか新規路線の整備が進んでいないのが現状です。地域の合意形成に基づくLRT整備計画に対して、関係部局が連携して、LRT総合整備事業による補助の同時採択と総合的支援をしていきます。」と結んでいる。

導入支援の例として、道路構造令の改正やトランジットモール社会実験などを積極的に積極的な支援を実施しているそうだ。

そう、彼らはLRTをやってみたいと思っている。でも、自分たちからそれを言い出すと、責任問題になるから、名乗りを上げてくれる自治体を待っているという所だろう。関係主体間の合意形成、コスト負担からなかなか導入がすすまないといっているが、もう建設費の半分を貯金としてもっている仙台市が、市をあげて取り組みたいといえば、よろこんで、じゃあ、やりましょうとなるに違いない。

なんせ、国から出る補助金は、今の地下鉄をつくるときの半分でいいわけだし、仙台市が一円も借金をしないで、交通機関を作りたいといえば、今までの借金まみれの交通機関の整備とは、あたらしい公共交通機関の導入例、モデルとして、時代をさきどりすることができるだろう。

仙台をLRT特区に、あおば通を歩行者と自転車のトランジットモールに

仙台をLRT特区に、あおば通を歩行者と自転車のトランジットモールに

まず、このLRTを導入するのに必要なのは、構造改革特区制度を使って、仙台をLRT導入実験特区を申請することだ。これによって面倒くさい法律に煩わされることもなく、LRTの性能を十分に発揮できる。そしてあおば通りを日本初のトランジットモールにする。これによって仙台は環境に優しく、人に優しく、最先端をいっている美しい街だということを日本中に宣伝できる。

仙台の財産は、アーケード街と、美しいけやき並木だ。私は日本中をバイクにのって旅をしたのでよくわかるが、日本の都市で美しい町並みをもっているところなど、ほとんどない。渋滞、汚い空気、無機質なビル、けばけばしい看板、これが日本の都市である。かろうじて美しいと言えるのは、大通り公園とアーケード、それと地下街をもっている札幌くらいなものだろう。だから、その中で仙台のけやき並木は、例外的に美しい場所であるとおもう。これは何よりも大切なことだ。

仙台はこの美しさを成熟させ、発展させていく、それを全面にだして仙台を売り込んでいくべきだ。

アーケード街と、けやき並木、この二つがなければ、仙台の中心部はどのくらいさびれていることだろうか。しかし、このアーケード街も、郊外の大型店の攻勢でずいぶん苦戦をしているようだ。先日久しぶりに仙台に帰ったときに、アーケード街を歩いたが、仙台の老舗のようなお店が、東京からきたようなブランド店にかわっているのがずいぶん目についた。皆さんのほうがしっているように駅前の百貨店も苦戦をしているようだ。美しいけやき並木、人が集まる中心街という利点をもってしても、郊外大型店の攻勢に勝てず、じわじわと押し込まれている。

私が思うには、中心部にある商店街が郊外の大型店に勝てるところは、その美しさと快適さ意外にない。仙台中心部の商店は、けやき並木の美しさ、アーケード街の快適さを、発展、成熟させていき、郊外大型店との差別化をはかって、うまく棲み分けていくしかない。

どちらにしても、コストや品揃えでは、かないっこないのだから。たとえば、私は背が低いのに、靴のサイズだけ29センチと大きく、いつも靴を探すのに苦労する。仙台のアーケード街には何十という靴屋さんがあるが、私のサイズにあう靴を売っているところはほとんどない。しかたがないので、靴を買うときは、ある郊外の大型店の、大きい靴コーナーにいくことにしている。安い値段、幅広い品揃え、大きな駐車場、整然とした店内。これが郊外大型店だ。これは構造的な問題なのだから、街の商店街が、ここで争っても勝ち目はない。


あおば通をトランジットモールに

あおば通を完全に公園化してしまうべきだ。札幌の大通り公園をイメージしてほしい。
アスファルトを引っぺがし芝なり、石畳にして、ウッドチップでもいいし、木道でもいい。人が歩きやすく、落ち着きが感じられるものがいい。
そこを最新式の路面電車が音も立てずに低速ではしっていく。線路と線路の間は芝で緑化する。これによって地面に雨がしみこみ、けやきにやさしい。それとバスやクルマが通らないから、排気ガスでけやきが痛むこともない。

仙台駅から、西公園まではだれでもただでのれることにして、駅の区間200メートルくらいと、みじかくして、すきなところですぐに降りられるようにする。ダイエーにいきたければ、そのあたりでおりればいい。大切なのは名掛丁のアーケードを這うようにして、路面電車が走っていると言うことだ。これによって、街中心部を人が歩きはじめ、広瀬通にくらべ寂れ気味の駅前、あおば通、藤崎周辺、そこから南町通りまでのアーケードがまず活性化するだろう。イメージはアーケードで買い物して、あおば通りで一息をつくというかんじだ。けやきを眺めながら昼飯をたべるというかんじ。市民の憩いの場所としては最高だ。


クルマが来なくなったら商売にならないという人もいるだろうが、考えてもみてほしい、人がお金を使うときは、歩いているときでしかない。車にのってたらお金は使えないのだ。歩くのが嫌いな、怠け者のアメリカ人によって、なんとか人が車に乗っていてもお金を使ってくるようにしようと考えられたのが、ドライブスルーという、まったくあほらしいシステムだ。あおば通を車が通り抜けることでは、一銭もなっていないことを理解しないといけない。青葉通りにくるまがきてもおかるのは、駐車場くらいなものだ。人が自由に歩き回ることで商売が栄える。たとえば、アーケード街をクルマが走っていたら、だれも買い物をしないでしょ。

仙台駅から、西公園までが、巨大な公園となる。このインパクトは大きい。いまどき地下鉄を作っても何も珍しいこともない。東京から友達に、仙台ってなにがあるのと聞かれて、そうだねえ、地下鉄二本走っているよといったら、あーあ、田舎ものはいやだねえという目で見られるのは間違いない。そんなもん日本中にあるからだ。それよりも、仙台は駅前にトランジットモールあるよ。といえれば、東京の友達はなにそれと聞いてくるだろう。その時は、そんなのも知らないのといいった顔をして教えてあげよう。

このような、日本のどの都市よりもすすんだ、美しさと快適さを極める街作りをしてこそ、仙台は他の都市、世界の都市との戦いに勝てるのだ。バブル時の計画を、ろくに検討をせずに、過去の失敗をみつることもなく、進めようとしている人間は、時代錯誤だと非難されてもしょうがない。どうか恥をしり、自分の間違った考えを正すべきだ。

車社会の行き着いた先で考えたこと

tika.jpg


私が今住んでいるロッチェスターは車社会の行き着いた先だ。このコダックの本社がある人口20万の地方都市であるロッチェスターは、ニューヨーク州の北のはずれにあり、中心部は非常にさびれている。

しかしこのロッチェスターも、40年前までは、非常に栄えていて一時期は人口が30万人に近づいたこともあった。繁華街はひとであふれ、歩くのに苦労するくらいだったのだ。1950年代までは、このロッチェスターには路面電車が走っていて、街の端から端までこの路面電車で移動できたのだ。

しかも、驚いたことに、その上ロッチェスターには地下鉄まで走っていたのだ。アメリカで地下鉄をもった一番小さな市だったそうだ。しかし、車社会の到来とともに路面電車がクルマのじゃまだということで、廃止された。もともと赤字運行だった地下鉄は、路面電車が廃止されたため乗り継ぎができず、その利便性をうしなって、60年代には廃止されてしまったのだ。

この間、この閉鎖された地下鉄のトンネルに、懐中電灯をもって、見に行った。まるで猿の惑星にでてくる人類が滅んだ後のニューヨークの地下鉄の場面のようだった。なんと愚かなことをしたんだろう。何千億もかけていながらと思わずにはいられなかった。「懐にやさしい交通手段でないと長持ちしない。」大内教授のコメントを思い出すようではないか。毎年赤字を出している仙台の地下鉄が、こうならないと誰が言えるのか。

この後、地下鉄を廃止したロッチェスターがしたことは、道路の幅を広げ、郊外への幹線道路整備に全力をあげた。そのおかげで、幅の広い高速道路はきれいに整備され、半径2キロの市の中心部の周りをりっぱな環状線が走っている。ロッチェスター人の自慢は、高速道路にのれば、クルマで、市内どこでも15分から20分でいけること。ラッシュアワーといっても、仙台で言う渋滞というのはない。でも渋滞がない本当の理由は、道路が立派だからではなく、もう誰も中心部にいくひとがいないからだ。

ロッチェスター市が道路の整備の他に力をいれたこと、それは市の中心部に駐車場を沢山作ること。すべての人が車で中心部に乗り言えるのだから、それだけ大きい駐車場が必要だ。それで、どんどんビルをつぶして駐車場をつくった。その駐車場からオフィスまで、外にでずにいけるようにと、スカイウエーという、ビルとビルの間に通路をつくった。その結果、人はとおりを歩かなくなり、小売店はつぶれ、中心部はガラガラと音をたてるように、さびれていった。人が行かなくなったので、中心部にあった三越のような立派な百貨店は郊外のショッピングモールに移っていった。そして取り残されたように空っぽなビルだけのこった。

そうしていくうちに、基幹産業のコダックの業績不振もあり、中心部にあったオフィスもどんどんなくなっていった。オフィスもなくなり、小さな商店もなくなり、百貨店もなくなった。中心部は加速的に衰退していった。私はこのロッチェスターの中心部にすんでいる。ここには人もあまり住んでいなく、スーパーマーケットの一つもない。クルマのない私は、食料品を買いに行くためにはバスに20分もゆられなくてはならない。中心部のアーケード街なんてなく、ぶらぶらと買い物もできない。バスにのって40分、郊外のショッピングモールまでいってやっと買い物ができる。

市は何とか街を立て直そうといろいろやっているが、やることなすことうまくいかない。この間、鳴り物入りで登場したカナダ行きの高速フェリーもたった3ヶ月でつぶれてしまった。「なんて、あほな街なんだろう。」ロッチェスターの数々の失敗を見るたびに、そう、私はつぶやく。

ロッチェスターの人はたまに自嘲気味にこんなことをきいてくる。「おまえ、なんでこんなロッチェスターにきちゃったの?」と。「私もお金があればこんな所にいないんだけどね。。。」ロッチェスターは、街の中心をうしなって、自分たちの街に誇りをうしなった。そして自分自身にいつも自信なくこう問いただしている。「なんで、おれはこんな所にいるんだろう。」かと。

こうして、中心部は、この空っぽのビルと、空っぽでだだっぴろい駐車場だけがのこる街の抜け殻になった。眺めのいい私のアパートのまどから街をみおろす。この日曜日の午後ひとっこ1人もあるいてはいない。ばたんと言う音がしてそちらの方向をみると、だだっ広い駐車場で、少年がひとり、スケートボードの練習をしている。「ばたん、ばたん」と乾いた音がむなしく響き渡る。

こんな風景をながめながら、仙台の未来をかんがえ、今回の特集記事を書かせてもらった。国がついているから大丈夫とか、税金だから問題がないとかいって、自分の身の程もわきまえず、需要もない、そして巨額な建設費をかけ交通機関をつくれば、いつしか財政が破綻し、地下鉄を廃止せざる得なくなる。その時、僕らは、広い道路もなく、公共交通機関もなく、道路はいつも渋滞し、中心部は寂れ、教育費も捻出できなく、誇りを持つこともできないような仙台に住むことになるだろう。

仙台人よ。もうすこし、自分たちのことを考えてくれ。自分には関係ないとか、誰が政治家になても同じだとか、ナニをやっても変わらないとか、ふざけたことばかり言っていないで、自分でいろんなことを調べて、考えて、人にあって議論をして、自分の意見をどうどうと発言して、どうか自分に自己規制しないで、どんどん行動してほしい。

結果は結果。原稿用紙にして100ページ。言いたいことはいった。提案できることは提案した。自己規制をしないでやれば、このくらいのことが自分にできることがわかったから、いい機会だった。

これからも自己規制せず、どんどん文章をかいていくことにする。それがいくら、仙台人にいやがられてもだ。仙台には批判がないのだといことが今回よくわかった。

佐藤研一朗 20050731

2005年08月04日

河北新報と地方ジャーナリズムの不在1

「河北新報って御用新聞だよね。」と、いうのは、たまに、仙台人が、飲み会とかで、ぼそぼそとしゃべるねただ。「そうだよねえ。」話をふられたほうは、そう答える。仙台人は、政治的なことを話したり、自分の意見をはっきりと人の前で主張したりしなので、「でも、まあ、しょうがないよね。」と話は終わる。

私は河北新報にはもともと不満があったが、(それが仙台インターネットマガジンをはじめる一つの理由であった。)今回の選挙戦を、とくに東西線の問題を調べて行くにつれて、自分たちはなにも知らされていないことを、改めて思い知った。

河北新報はメディアのリーダーとして、仙台人にしっかりとした情報を流さなくてはいけない立場にあるのに、仙台の情報を独占し、コントロールして、本当に市民が知るべき情報を流していない。河北新報は仙台の情報を統制をしている。まず最初に書いておく。

こうやって河北新報を批判する記事を書くと、河北新報に取り上げてもらえなくなるだろう。みんなそれを知っているから、公共の場所で、どうどうと名前を出して、河北新報を批判したりはないのだ。

でも、この仙台の良識派が集まる仙台インターネットマガジンにおいて、堂々とこれを批判することにする。これは、だれかが指摘をしなくてはいけないことなのだ。

河北新報は分割されるべきだ。

河北新報は、みんなの知ってのとおり仙台の唯一の地元新聞である。
折り込み会社のホームページによると河北新報のシェアは宮城県で67%だそうだ。http://www.geneva-japan.com/page412.htm より

他の日経、朝日、読売、産経、毎日が全国紙で、仙台の地元情報の少なさを考えると、河北新報は、宮城、仙台の新聞業界を独占していると言っていいだろう。そういう意味で、河北新報が、宮城県人、仙台市民に果たすべき役割は大きい。というか巨大だ。もし河北新報が取り上げなければ、だれにも伝わらないので、それは存在していないに等しい。

仙台インターネットマガジンの選挙特集だって、河北新報が取り上げてくれれば、今の百倍くらいの人に読んでもらえるだろう。でも、彼らは取り上げない。「仙台 選挙」とグーグルで検索すると、仙台インターネットマガジンは一番上にでてくるのにである。実際に、前回の衆議院補欠選挙では、読売新聞の宮城版でとりあげて頂いたし、前々回は、ヤフージャパンのニュースサイトに取り上げられているのにもかかわらずだ。仙台インターネットマガジンの選挙特集には、毎回2,3万の人が訪れるのだ。

たぶん、仙台インターネットマガジンは、選挙のたびに地元のメディアがしっかりしていないと暗に批判してきたし、どこもやらないくらい、つっこんだ質問をしているので、河北新報としては、お株をとられた形になるので、紹介したくないのだろう。潜在的なライバルなのだ。

私が選挙特集をはじめたころ、河北にも同じようなアンケート形式の記事があった。その一つの質問が、「趣味は?」であった。これをみて私はそのくだらなさに気絶しそうになった。仮にも自分たちの代表になろうとして、政策を掲げて戦っている候補者に、「趣味は?」はないだろう。候補者だって、自分たちの政策の一つを語りたかっただろうし、読者だってききたかったはずだ。

競争の欠如からくる独占企業の堕落をここに見る。このレベルの低さはいったいなんなのだ。はたしてこのような、独占企業の存在が許されてよいのだろうか? かつて国営だったJR、NTTだって、サービスが悪いとか、さんざん文句を言われて、分割されたでないか。しかし本当に分割されるべきは、このような準公営の生活基盤事業ではない。河北新報のような、利益の追求する民間企業による独占だ。河北新報は、2つか、3つに分割されるべきだ。それが仙台人や、宮城県人にとって、喜ばしいことである。

佐藤研一朗

談合を非難する物たちの談合 河北新報と地方ジャーナリズムの不在2

談合を非難する物たちの談合

先の折り込み会社のホームページによる、各都道府県の新聞のシェアをもう一度見てほしい。http://www.geneva-japan.com/page412.htm 

日経、朝日、読売、産経、毎日という全国紙をのぞくと、ほとんどの県で、地元新聞社は1社しかない。青森や、福島のように地元の新聞が二つ以上があり、シェアが拮抗しているのは、きわめてまれである。そのような地域は、江戸時代、藩が二つあって、明治以後に一つの県になったというような歴史的背景があって、地域ごとがもともと独立している。

だいたい、独占の地元新聞がシャアの50%以上を占めているのだ。日本中がこうである。どこの地域も、独占メディアである。日本には日経、朝日、読売、産経、毎日という5つの寡占全国紙と、独占地方紙のしかない。悲しいかな日本というのはこういう国である。草の根のような地元のメディアというのがないのだ。

独占メディアっていうけど、テレビだってあるじゃないかと、つっこまれるかもしれないけど、地元のテレビ局はすべてキー局の系列である。フジテレビとかテレビ朝日とか。彼らは、地元の情報をながす時間も、予算もほとんどない。くだらない、「ゲーノー人」のスキャンダルとかを、地元の大切なニュースとか、情報のかわりにながさなくてはいけない、かわいそうな人たちである。

日本の情報の90%は、フジテレビ、テレビ朝日、日本テレビ、読売テレビ、毎日テレビの5つのキー局と、日経、朝日、読売、産経、毎日という5つの寡占全国紙の新聞、それと独占地方の新聞によってコントロールされているのだ。

地上波のデジタル化に伴って、チャンネルが100チャンネルにふえ、インターネットの一層の普及により、このテレビ、新聞の独占、寡占状態に、終わりがくることを心から、望む。


記者クラブという困った人たち

長野県の田中康夫知事が「脱記者クラブ」宣言をしたのは、記憶に新しい。記者クラブというのは、市役所とか、県庁、県警本部などで、取材をするために張り付いている新聞や、テレビなどの記者たちの団体だ。この団体のひどいところは、たとえば仙台インターネットマガジンが仙台市の記者会見に参加しようとしても、記者クラブに加盟していないので参加できないと言うことだ。基本的に上にあげたような、でかいメディアの人たちしか参加できない。

もうひとつは、この記者クラブは自治体の役所のスペースを無償で使っているのだ。光熱費はおろか、電話代金、ファクスを自治体が負担していることもある。自治体が負担しているといことは、税金がつかわれているってこと。税金の無駄使い、談合を非難するひとによる、無駄使いと談合をここにみる。

長野県の脱記者クラブのホームページ
http://www.pref.nagano.jp/hisyo/press/kisya.htm

それをうけて浅野知事の応対
http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kaiken/h13/k130521.htm#club

フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』によれば、このような制度があるのは世界的にも日本だけだそうだ。日本の植民地支配のなごりとして記者クラブが存在していた韓国でも、報道機関自身による記者クラブの改革が見られるということだ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/記者クラブ

参考資料
「記者クラブ」---大メディア・カルテル・ファシズム
http://www.relnet.co.jp/relnet/brief/r18-89.htm


こんなことをやっているから、日本のマスメディアは、本気で政府や、自治体を批判しないのだ。だって自分たちがいい思いをしているんだから。そして、マスメディアが自分たちで、この記者クラブのありかたを批判なんかするわけないでしょ。こうして談合は続いていき、マスメディアは「御用メディア」となる。

なにが、マニフェスト型選挙だ 河北新報と地方ジャーナリズムの不在3

河北新報は、今回の市長選挙はマニフェスト型選挙だとか煽っておきながら、各候補者のマニフェストの抜粋を載せただけだ。おかしな話だ。

選挙管理委員会のマニフェストの対応が悪いとか批判している場合だろうか。自分たちの言っていることと、やっていることが違いすぎる。

いち民間企業が、報道機関が、公平に全候補者のマニフェストを全文載せることが、公職選挙法に引っかかるはずがない。公職選挙法が禁じているのは、候補者や、後援会がマニフェストを配ることを禁止しているのだ。

報道機関にかかってくる制約は、1人の候補者だけを推薦したり、デマをながして、特定の候補者の当選のじゃまをするといったような、公正をかいた報道だ。

いくら、あとから文句をいわれるのが怖いといっても、各候補者のホームページのアドレスを載せるくらいできただろうに。そうすれば、本気で、興味があるひとは候補者のマニフェストの全文をよむことができだろうに。有権者に、大切なことを伝えようという姿勢はない。

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(新聞紙、雑誌の報道及び評論等の自由)
第148条 この法律に定めるところの選挙運動の制限に関する規定(第138条の3(人気投票の公表の禁止)の規定を除く。)は、新聞紙(これに類する通信類を含む。以下同じ。)又は雑誌が、選挙に関し、報道及び評論を掲載するの自由を妨げるものではない。但し、虚偽の事項を記載し又は事実を歪曲して記載する等表現の自由を濫用して選挙の公正を害してはならない。
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マニフェスト、マニフェストっていうけど、あんなもの、たかだか、ちょっと詳しい公約集でしかないだろうに。「こんなことをやってみたいんです。」くらいのもので、それだけでは何の意味もない。それに対する批判や、質問にこたえ、議論をしていくことによって、候補者の政策が磨かれていくのだ。

公約集であるマニフェストすらも、ろくに載せられない河北新報。公約もろくに手に入らない有権者。いったいなにが民主主義だ。なにが言論の自由だ。こんな報道は、現職や、有名人や、党や団体に応援された人にだけ有利じゃないか。こんなのが公正な報道といえるかのか?

こんなふざけた茶番、猿芝居、田舎芝居はいい加減にやめてほしい。有権者に本当のことを教えるのが、そんなに問題なのか。本当に冗談みたいな世の中だ。

東西線の差し止め訴訟 河北新報と地方ジャーナリズムの不在4

7月29日付の記事で、今回の市長選挙の投票率は40%台になるだろうと、予想しているが、ふざけた話しだ。(注)仮に投票率が低ければ、これは仙台の独占メディアとして河北新報の責任は重いと思う。多くの人が、今回の選挙の争点になっている東西線はなにかおかしいなと、うすうす気がついている。ただそれを確信するだけの情報や、議論がないだけだ。だから無関心をよそおっている。大体これだけ争点がはっきりしている選挙はそうそうない。
(注)結局、投票率は43.67% だった。2005.8.3記


大切なことは、仙台市民オンブズマンが、仙台市を相手取って、地下鉄東西線の差し止め訴訟をおこしているということだ。

差し止め訴訟がどうして大切かというと、裁判をする過程で、膨大な資料がおもてにでてくる。出された資料は、反対尋問をされ、正当性があるものだけが、証拠となる。この資料はいい加減なものはだせない。嘘をつけば、偽証罪になるのだから。

河北新報は、選挙前に、10ページくらいの別紙をもうけ、この訴訟をちゃんととりあげて、市側のいいぶん、オンブズマン側の言い分を全部載せて、それを比較検討して、解説するべきだったのだ。そうすれば、あとは市民がそれを読んで、東西線建設が妥当であるかどうか、判断できるようにすれば、話がすっきりついたのだ。

もちろん、河北新報もオンブズマンが市を相手取って訴訟を起こしているということは報道している。私もそれでしったのだから。しかし、河北新報が報道するのはその事実だけだ。だれだれが、いつ誰をうったえました。というような短い記事だ。

こんなんだから、誰も問題に気がつかないで、「まっ、いいか。」とかいって、半分しか選挙に行かない。

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注、研一朗7月31日に、追加
オンブズマンに確認のメールをすると、
「全ての記事をチェックしたわけでなく、あまり責任を持った回答ができません。申し訳ありません。記憶にあるものだと・・・」断った上で、

平成15年4月15日に提訴時 「提訴した」との報道。オンブズマンの言い分をある程度大きく紹介した。
第1回裁判 市が争う姿勢を示したことを小さく報道
その他    証人尋問の様子をベタ記事程度で小さく報道

との、回答をいただくことができた。ありがとうございました。
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informationはあってもintelligenceはない。

ここに情報はあっても、そのバックグラウンドにどのような背景があるのかというもっと深い情報や、両者の意見がながながとのることはない。そして、それを分析した記事もない。批判もない。ここに情報(information)はあっても解析(intelligence)はない。だから、私たちは、いつまでも問題の本質がなにであるか、わからないのである。これは、別に河北新報だけがそうだということではなく、日本の新聞なんて全部同じようなものだろう。

誰かの意見を載せると不公平になるといって、事実しかのせず、意見(opinion)を載せないのは間違っている。それぞれの個人が、論理正しく、自分の責任をもって、堂々と自分の名前をなのって、自分の意見を書けばいいだけだ。

基本的に河北で意見が書いてあるのは社説だけである。しかも無記名だ。誰が書いたかわからない意見なんて、2chと一緒だ。

そして情報しか流さないなら、政府の広報誌と同じだ。そして意見、批判をのせられないなら、その時点で、有名だったり、特定の党や団体の支持をうけているひと、権力の座に着いている人にだけ有利だ。こんな不公平があっていいのか。これでは御用新聞といわれてもしょうがない。

平気でうそをつく政治家、真実をつたえないマスコミ、ほんとのことを知ろうとしない、しらけた一般ピーポー 河北新報と地方ジャーナリズムの不在5

こうして、独占と、談合が行き着くところまでいき、マスコミは真実を伝えない。政治家は、本当に厳しい批判にさらされることがないから、「財政再建します、でも公共事業もやめません。」みたいに、平気でうそをつく。一般ピーポーはそのことをよくしっているから、しらけて、いっさい政治という物に期待をしなくなる。これが今の仙台で、日本です。

新聞の読者は、考えるために十分な情報をあたえられていないのだから、その結果、いっさい考えることや、議論をすることをやめてしまう。そして無関心になる。無関心になれば、情報が回ってこないことにも気がつかない。

これは一種の洗脳に近いと思う。しかもたちが悪い。民度はいつまでもあがらず、日本人はどんどん馬鹿になっていく。でもそうなった人は新聞なんかよまないから、新聞は自分たちで自分たちの首をしめている。皮肉なものだ。

報道の良心はどこいってしまったのか?ジャーナリズムにあこがれて、記者になった皆さんは、こんなんで悲しくはないのだろうか?

私たちは、中国とか北朝鮮のような、一党独裁主義で共産主義の国は、情報統制国家だといって馬鹿にするが、自分たちはどうなのだろうか。自分たちだって、ろくに地元の情報すら、つたえられていないのではないのか?

共産主義の国に住んでいる人は、自分たちの情報がコントロールされていることをしっているが、私たち、日本人は、そんなことも気がつきもしない。だから、たちが悪い。そんな国だから、民主主義とか、言論の自由とか、市民が主人公とか、すべてそいうことが、うすらさむい、うそらしくしか、聞こえないのだ。だって、うそじゃんそんなの。

日本なんて、戦後長らく談合資本主義(社会主義の一派だろう)でやってきて、ソビエトが滅んでからは、アメリカに、自由競争の資本主義になれといわれて、ひーひーいいながら、金を貢いでいるアメリカの属国でしかない。

私たちはそろそろ、「こいつらに難しいことをいってもわからないよ。」とマスコミが私たちを馬鹿として扱って、本当に私たちに必要なことがほとんど伝えられていなということに気がつかなければならない。もしくは、自分たちが馬鹿にされていることも、気づかないくらいの馬鹿であることに、気づくべきだ。

今、こうやってインターネットが使えるようになり、やっとこのような批判ができるようになったのだ。インターネットをはい回って、人に話をきいて、そこまでやって、やっと問題の本質が少しずつみえてくる。

インターネットがなければ、こういう批判の場すらないのだ。批判の場がないのは、批判が許されていないのとほとんど同じである。日本は、独裁主義や、共産主義の国ではないよといいたい。

このジャーナリズムの不在をなんとかしないと、仙台、日本の未来はくらい。仙台には、私のような若造なんかより、沢山のことを知っていて、仙台のことを考え、活発な活動をしている人たちがいるはずだ。今後、仙台インターネットマガジンを仙台の良識派層の意見、主張の集約の場としていきたい。

大切なのは選挙にもいかないような無関心層ではなく、平気で嘘をつく政治家でもなく、本当のこと伝えないめでぃあでもない。大切なのは仙台の良識派層がお互いに意見を言い合って、議論をして、仙台の人々を引っ張っていくことだと思う。

仙台のことを考え、活動し、堂々と自分の名前を出して自分の見解を述べられるひと、あなたの意見を仙台インターネットマガジンは待っています。

どうか、興味のあるかたは連絡をください。

仙台インターネットマガジン 代表 佐藤研一朗

2005年08月05日

地下鉄東西線建設反対派に告ぐ

地下鉄東西線建設反対派の敗因は、二つあるとおもう。

(1)リニア式地下鉄東西線に変わる、明確な代替案を提示できなかったこと。
(2)反対派候補者どうしで、票を取り合う格好になったこと。

ここではこの二つの失敗を検証する。
そして、彼らは今後はどのように活動していくべきか考える。

(1)リニア式地下鉄東西線に変わる、明確な代替案を提示できなかったこと。

私が思うに、これが一番大きかった。地下鉄に変わる、いいアイディアを目に見える形で、提示するべきだった。地下鉄に取って代わるビジョンを出すべきだった。

たとえばLRTを提案するなら、以下の写真を、一番最初の記者会見で見せながら、「リニア式の地下鉄の代わりに、このLRTで東西線を一円も借金を増やさずに作ります。予算は約1/10のですみます。十分に採算はとれます。けやきをきる必要はありません。地下鉄に取って代わるだけの、性能がありますと。」と表明するべきだった。「借金まみれにならず、公共交通機関が手に入りますよと。」

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ミニ@仙台といかたが仙台インターネットマガジンに貼り付けてくれました。
http://photos.yahoo.co.jp/sendai_lrt_goseiphoto

そのうえで、このLRTには、地下鉄にないメリットがありますとアピールする。低コスト、省エネ、バリアフリー、騒音が少ない、将来の拡張性、電車や地下鉄への乗り入れも可能です、工期も短いですよ。と。

まず、これで、東西線の沿線に住んでいて、東西線推進に票をいれた層から、票を奪うことができた。別に彼らはリニア式の地下鉄でなければいけないなんて、全然おもっていない。ただ、便利に中心部にいけるようになればいいと思っているだけだ。

推進派の商店街とか、商工会議所などには、地下鉄では駅前や、名掛丁がもっと寂れるだけですよ。LRTでトランジットモールを作れば、もう一度、街の中心の活気が戻りますよ。それによって仙台市は美しい街だということを、日本中にアピールできるので、もっとお客さんが外からもやってきますよ。と説得できた。


大切なのは、仙台市はすでに、この層に、「地下鉄東西線を作ると、このくらあなたの利益になりますよ。」と説得をしていることだ。

だから、この層から票を奪うのには

「地下鉄をやめて、LRTにすれば、もっとあなたの利益になりますよ。地下鉄はあなたの利益にはなりません。」と説得をしなければいけない。

かれらにしてみてば、財政再建なんて、そんなに大きい問題ではないのだから。
残念だが、人間のほとんどは、理屈でなくて、利益でうごくのだから。

「***に反対」とやるのは、簡単だけど、推進派の票をうばえない。最初から小さいパイを奪う戦いになってしまう。

「反対反対って、ウルセーナー、市が作るっていってんだから、作ればいいんだよ。おまえら共産党かよ。」保守的な?(大きな流れに逆らわないという意味で)仙台人の本音はこんなもんだ。

(注) 私はべつに共産党を馬鹿にしているわけではない。いろいろなことに批判的な彼らの運動はそれなりに評価されるべきだ。オール与党はまずい。と、今回の選挙を通し思った。私自身は、昔、アーケードで、「米軍基地の撤退」を求める署名活動をしてい共産党の下部組織である民青の人と、4時間にわたる議論をした思い出がある。米軍は出て行くべきだ。というところでは一致したが、自衛隊も廃止するべきだという彼らの主張には賛成できず、日本は自分たちのことを自分で守ればいいといって議論は終わった記憶がある。

建設的な提案を

だからこそ、建設的な提案をしなくては、いけないのだ。そしてこれなら、有権者の27.5%の「推進だが計画を見直す」層を取り込めたのだ。

みんなが納得するような代替案でなければ、地下鉄東西線の建設を止めることはできない。


(2)反対派候補者による票の取り合い

候補者の一本化

8月1日の河北新報の記事によれば

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争点の地下鉄東西線については「推進」が最も多く33.7%。「推進だが計画を見直す」の27.5%を合わせると60%を超え、東西線を必要とみる市民が多いことをうかがわせた。「凍結し再検討」は15.0%、「白紙撤回」は10.3%。
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とのことだ。

結局、「推進」が梅原氏を、「推進だが計画を見直す」が鎌田氏を、凍結し再検討」が菅間氏、「白紙撤回」は小野寺氏を支持する形になった。

私は7月20日に、梅津氏がリード、鎌田氏が追っているという河北の報道が出た時点で、「推進だが計画を見直す」、「凍結し再検討」、「白紙撤回」の三つの層が、選挙前に、候補者の一本化を目指すべきだったと思う。そうすれば、勝てただろう。そしてよい代替案があれば、それが容易だっただろう。

立候補と取り下げる条件として、政策調整をして、今後も政策運営に携わっていく形にする。妥協だというかもしれないけれど、選挙は勝たなければ、やる意味がうすい。勝った方は、民意を得たと言って、自分の政策を進めるわけだから。


地下鉄東西線建設反対派に告ぐ

河北新報は「有権者の6割は東西線が必要だといっている」と主張するが、言葉はいいようで、「有権者の約6割が建設を見直すべき、もしくは、建設をすべきでないといっている」とも言える。世論が「賛成」「見直し」「反対」の三つに見事に割れている。これで世論の形成が整ったというのは、大きな間違いだ。まだ反対派が活動していく意義はあると考える。


反対派がこれからも活動を続けていくなら、まず、具体的な、地下鉄東西線に変わる代替案を提示することだ。そして、その案はみんなが納得でき、リニア式の地下鉄よりも優れている案であるべきだ。

路線はここを通り、駅はここ、予算はいくらかかり、工期はこのくらい、経済効果はこのくらい、予想乗車数は、経営予想は、将来の拡張はというようにである。これを一つの案として、仙台市に負けないしっかりとした計画書をつくることだ。

これは簡単なことではないが、これをやらなくては、運動が成功することはないだろう。私は専門家ではないが、その代案はLRT(新型路面電車)でやるのが言いと思う。理由はさんざん述べたとおりだ。

主張の主軸を、「東西線建設反対」から、「東西線はあってもいい、でもリニア式地下鉄をつくるべきではない。もっと素晴らしいアイディアがありますよ。」というものに変えていかなければ、ならないだろう。

「OH-バンです。」とかにでて、宗さんあたりに、LRTの写真を見せて、「LRTってかっこいいね。いいアイディアだ」といってもらうことだ。そうやって人前に写真さらし、イメージを人に焼き付けることが一番大切だ。

間違っても新市長のリコールなどという、運動に行くべきでない。そういう活動をしていっても、多くの人の支援はうけずらい。天の邪鬼の仙台人のことだから、意固地になるだけだろう。それに、市長も人の子、せっかく当選したのに、自分のリコールをしようとするひとの話には、耳を傾けないだろう。


利を説いてまわる

大切なことは、みんなの利を説いてまわるといことだ。商店街にはこの案のほうが、店が繁盛しますよ。東西線の沿線の人には、乗りやすいですよ。運賃もやすくなりますよ。

沿線外に住む人には、建設費が安く住むので、将来もっと路線を増やせますよ。市長には、このLRTを他の日本の都市に先駆けて導入することで、あなたの名前が、日本中に知れ渡りますよ。仙台の歴史に名が残りますよ。財政再建もやりやすいですよ。といったようにである。こうじゃなければ、誰も話なんかきかない。

だから、こうやって具体的な代替案をだし、みんなの役に立ちますよ、利になりますよと、地道に説いて、署名を集めていくしかない。そして、市民が本当にこれは素晴らしいとおもうアイディアなら、そのアイディアは実現する。


オンブズマンの地下鉄東西線事業への公金支出差し止め訴訟は、平成15年4月15日にはじまり、需要見込み(乗車見込み),建設費見込みについて既に証人尋問を終え、今、第1審の最終盤にさしかかっている。

 9月末までに双方が意見のやりとりがおわり、それを裁判所が来年3月までには第1審の判決がでることになっている。

市民による東西線の代替案がもりあがっていけば、この裁判の判決にも影響を及ぼすことができるだろう。裁判所も、結局、世論の動向を無視できないということもある。

ここが、地下鉄東西線建設反対派にとっての、次の山場となるだろう。

佐藤研一朗 20050804

2005年08月13日

仙台 良識派みんなの意見箱

仙台インターネットマガジンでは、仙台の良識派の意見を集めています。この場を良識派の意見交換の場にしていきたい、と考えています。

ここでの良識派というのは、仙台のことを考えて、活動している人々です。たとえば、市民グループに参加しているようなかた、地元の商売をしていて商店街に積極的に関わっているかた、NPOなどでボランティアをしているひと、町内会など地域活動などをしているかた、街づくりや、政治の興味をもっているひと、政党や政治家を応援しているひとなどなど。ようするに、仙台のことを考えて、活動している人々ということになります。

仙台インターネットマガジンはいままで5年にわたって、選挙特集を行ってきました。毎回選挙のたびに気付かされることは、メディアが大切な情報を一般に知らせないこと、そして政治家と、一般の人々の間を結ぶべき良識派が、問題を議論しようとしないことです。

良識派は自分が持っている情報を、公共の場に出し、議論をして行かなくてはいけない。そうしないと、日常、政治の「せ」の字も考えない、世の中の95%をしめる無関心層が、政治に興味を持つはずがない。

本来ならば、仙台インターネットマガジンにくるような、高い政治意識をもった人々が議論し、人々の考えを引っ張っていくようにならなくてはいけないはずです。

世の中の95%をしめる無関心層や、その無関心層に迎合して本当のことを伝えようとしないメディア、そのメディアをつかって、無関心層に平気で嘘をつく政治家に、良識層の人間がなにを遠慮をして、自分たちの意見を言わない理由があるのでしょうか。

どうどうと名を名乗り、正々堂々と,理をつくし、自分たちの意見をいいあい。議論をしあって、世論を引っ張って行くべきではないのでしょうか。

皆さんそれぞれ立場も意見も違っても、仙台を思う気持ちは同じ。仙台の未来を考えて、私たちで議論を始めていきませんか?

<ルール>

どのような話題を取り上げてもらってもかまいません。文章が長くなってもかまいません。あなたの立場が他と異なっていてもかまいません。あなたの政治的立場が、右でも、左でも、中立でも、右翼でも、左翼でも、共産党でも、自民党でも、民主党でも、社民党でも、公明党でも、どの党を支持をしていなくても無政府主義者でもかまいません。

条件は三つだけ。

1,自分の名前を名乗り、自分の立場をはっきりさせること 2,理論正しい文章を書くこと 3,どのような形でもいいから仙台に話をからめること


(注)
掲載されてた意見に対して、第三者が批判、評論、議論なども、自由にできることにします。(その際も最低名前は名乗ってもらいます。)
文責は投稿者個人がおいます。仙台インターネットマガジンはいかなる責任も負いかねます。
あなたの名前と簡単な略歴が掲載されます。
あなたの投稿の権利は仙台インターネットマガジンに譲渡されます。
投稿は仙台インターネットマガジンのルールに従って、他のサイトに引用、参照されることがあります。(ルールはこちら

投稿の方法

あなたの文章と簡単な略歴(写真を載せたければ写真も)を仙台インターネットマガジンまでおくってください。
上の3つの条件に合致していると判断されれば、掲載されます。

2005.8.12 仙台インターネットマガジン代表 佐藤研一朗

2005年08月22日

■8月 みやぎ五行歌会定例会

太陽に向かって咲く
向日葵
根元に蝉が落ちている
送別のような蝉の声
夏空が吸う


■8/22 みやぎ歌会定例会にて。


なんだかいまだに梅雨っぽい陽気で正直ヘバっています。

8/21にみやぎ五行歌会定例会がありました。
暑い暑い!!
車がちょっぴり渋滞していたため、わたしは遅刻しちゃいました10分ほど(汗

今回は、見学の女性が一人いらしてくださいました。
わたしの五行歌ブログも見てくださったらしくて、嬉しい限りでした。
作品数18首。

歌会では、声を出して作品の歌を読むんですが、みやぎ歌会には
その朗読が(って言っていいのか分りませんが)とてもステキな方が
いらっしゃるんです。Yさんという方なんですが。(男性)
声の感じといい、呼吸の取り方といい、とっても味があって耳に優しく、
どんな歌にもするっとはまっているんですよね。
文字で説明しきれないのが残念です。
今回、わたしが提出した上記の歌は、半分はYさんに是非読んでいただきたくて
詠ったというバックボーン(?)がありました(笑)
しかぁし!!Yさん今回の歌会はお休みだったんですよ。がーん。

お盆を過ごした後という事や、今年は終戦60周年という事もあったりして
(ただの憶測で申し訳ないですが)戦争に関する歌も2首ありました。

来月は9/11に、定例歌会があります。
興味がある方は、筆記用具だけ持って、是非見学しに来てください。
飛び入り参加大歓迎です。

投稿コーナーはコチラ

みやぎ五行歌会
■螢 個人ページ「5行のたてがみ」

About 2005年08月

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