« 2005年10月 | メイン | 2006年01月 »

2005年12月 アーカイブ

2005年12月26日

誰かがとなりにいたらいいなって思う日

2005年12月10日記

今日は、うれしい日。
だれからとなりにいたら、乾杯をしたい気分だ。
まあ、誰もいないので、しょうがないから、こうやって日記をつけている。

いまは、ロッチェスター市の事業財団が主催しているアートグラント(補助金)に応募をしようとしている。
このグラントの総額は200万円。
これだけあれば、一年目の最初の企画をやるのに、十分とは言わないが、何とか始めることができる。

本当は最初から500枚の巨大な写真を町中に貼り付けたいと事だが、
物事には、順序があるようで、どこの馬の骨ともわからない留学生にいきなり一億円をくれる人はない。(^_^)
まあ、当たり前のことだ。いくらアイディアがよくても、なかなかぽんっとでる額ではない。
逆に言うと、巨大な写真を、実際に目で見て、
どのくらいこの企画に力があるのか、実感すれば、どんどんみんなが寄付をしてくれるのだ。

それに、実際に500枚の写真を貼り付けるのにどれだけの労力が必要なのか、自分としても、想像ができない。何人のスタッフが必要で、ナニをしなくてはいけないか、どのくらいの時間がかかるのか、知らなきゃいけない。やはり、まず小さい規模で実験的に開催して、経験値を上げるのが賢いやりかただ。

ということで、僕らは、一年目の小さな企画から始めようと言う事になったのだ。
といっても、あんまり小さすぎるのでもつまらないので、
全ロッチェスターを巻き込めるような企画がいい。

そんなことで思いついたのが、ロッチェスターの人々に写真をいっぱい送ってもらって、巨大なモザイクをつくるという企画だ。題して、Great Rochester Photomosaic。そのままだけど。。。。まあそのうちいい名前がおもいつくかもしれない。

この200万円のグラントは11月末に詳細が発表されたばかりなのに、12月20日が申請書の締め切りで、あまり準備をする時間がない。それにロッチェスターにある町内会が、主導する形で申請書を提出しなければならない。
それから、アートを設置する場所のオーナーの許可も申請書につける必要がある。今日は、そのからみで、非常に大切な二つのミーティングがあった。

僕が住んでいて、この企画をやろうとしているダウンタウンは、寂れていると言っても、商業地域であんまり町内会と呼べるような物がない。それで、RDDC (Rochester Downtown Develop corporation)という、商工会議所みたいな団体に参加をお願いをしにいったのだ。

ダウンタウンが寂れていっているのに合わせるように、昔は10人もいたスタッフはいまではたった2人しかない。ションという、50くらいのおじさんとのミーティングだ。

「この企画はすごくおもしろいと思うし、ダウンタウンのためにもなる。でも、あんまりにも急で、他のメンバーにも意見を聞く時間もないし、後で文句がくるかもしれないし、ちょっと対応できないかもしれない。」とションは、ロッチェスターにありがちな及び腰で話を進める。

そこを何とかならないかと、「そちらは一円もお金を払う必要はないし、準備はこちらで、すべてやる。ただ何枚かの書類にサインをしてくれればいいのだ。」と粘ってみるが、らちがあかない。

これはもう駄目かなあと、半分あきらめかけたときに、RDDCの代表のへイディーが、会議室に入ってきた。彼女とは、以前あったことがあり、すこし話し込んだ事がある。非常に頭が切れる40代の女性だ。

彼女が「もう少し、詳しく説明してもらえないかしら。」というので、今日のミーティングに同行してくれたグラント担当のジョンが、一生懸命、いちから一つずつ説明をする。どうもヘイディーは、僕らが企画全てを手伝ってくれと、言っているのだと、勘違いしていたようで、このモザイクの企画だけなら、問題なく手伝えるよといってくれた。安堵して、ふーと、ため息が出た。

まったく、ミスコミュニケーション、誤解というのは、恐ろしい物だと思う。ロッチェスターがうまくいっていないのは、どうも、このコミュニケーション能力が低下しているからではないか。
お互いに、助けたいと思って、それがお互いの利益になるときでも、うまくいかない事があるといことであるのだ。
これは教訓として、ここに刻んでおこう。

そのミーティングが終わって、次のミーティングへ急ぐ。
今度は、SUNY Brackportというニューヨーク州立大のブラックポートの副代表、ルーとのミーティングだ。ルーは新聞記事を読んで、いたく感動したらしく、先週一度あった時に、ぜひ一番乗りでROMAをサポートしたいといってくれた。このビルには非常に大きな壁があって、この企画を始めるには完璧な場所だ。
今日はこの壁の許可を正式にもらいたいと、お願いにきたのだ。それとメールですでに、すこし資金援助をしてもらいたいと話はしておいた。

ミーティングは大いに盛り上がって、話はとんとんと進んだ。向こうも乗り気だから、ついついうれしくて、リップサービスをしてまう。「このモザイクの企画はロッチェスターの伝統行事になるかもしれませんよ。一年目は1万枚、二年目はたぶん2万枚、つぎはつぎはってかんじで、毎年沢山のひとが参加してくれるイベントになるかもしれい。」

最後は資金援助の話になったけど、1000万って言われたら、ちょっと無理だけど、100万くらないら多分だせるだろうと、いってくれた。YES!!!

百万なんて、日常に目にする金額ではないし、時給800円で働いたら、百万を稼ぐのに半年かかるのだ。でも、実際にこうして、百万はどっかにあって、ぽんっと出せる団体がある。

彼らとしては、学校の宣伝になるし、百万なんて、広告を打つことを考えればたいした金額ではない。これはわかっているけど、すごい事実なのだ。

大切なことは相手の利益になることで、ばっちりなタイミングということだ。だから、500枚の写真を貼るのに必要な1億円も、うまくやれば、ぽんっとどこからか出てくるのだ。大切なのはばっちりなタイミングで、一億以上の利益をしめすことだ。(別に金銭的にという意味ではない。)これも教訓としてここに刻んでおこう。

なんだか、長くなっちゃったなあ。
さて、宿題をやらなくては。ビールを飲んでる暇もないよ。
後一週間で学校もおわり、はやく冬休みにならないかなあ。

では、

やっとおわった! 地獄のファイナルペーパー

2005年12月23日記


火曜日に、やっと最後のペーパーとテストが終わって、やっとほっとしている。
実は、学校だけじゃなくて、ROMAのほうの補助金の申請の締め切りが火曜日で、ばたばたとして、ここしばらく落ちつかない毎日だった。

最後のペーパーは、社会学のクラス(urban sociology)だった。urbanは日本語に訳すと都市部という地理的な意味しかないけど、アメリカでは、urbanではちょっと違った響きがある。まあ簡単にいうと、さびれて、マイノリティーと、貧乏人が沢山いて、問題だらけの都市部といった感じだ。

このクラスでは、どのような背景でアメリカに、この都市問題が起きているのかということを勉強した。もし背景には、人種の問題、それから郊外化(ドーナッツ化)、それとグローバリゼーションなどがあるんだけど、このあたりの現状と歴史をみていると、アメリカの一番悪いところ、恥部が見えてくる。

さてこのクラスの最後のペーパーは、クレセント(三日月)とよばれるダウンタウンを取り囲むように存在している犯罪多発地域で、少年犯罪をどうやったら減らせることができるか、何か提案しなさいというものだった。ダブルスペースで10ページ書いてきなさいということだったのだけど、気がついたらシングルスペースで40ページも書いていた。大体私に向かって、何か提案しなさいといったら、いい案が浮かぶまで、もう頭の回転が止まらなくなる。キチガイといえば、キチガイだ。


しかも、この教授がみんなのできあがったペーパーを市議会議員に渡して読んでもらうから、本気でやりなさいというもんだから、闘争心にめらめらと火がついてしまったのだ。佐藤研一朗の名前入りで、中途半端な提案を、市議会議員に読ませるわけにはいかない。あの屋外の写真の美術館をやっている日本人が、間抜けな提案をしているよなんて政治家達に思われたくない。

ペーパーでは、まず、どうして少年犯罪だけを、直接、解決することができないか、どれだけ、この問題が他のクレセントに存在するドラッグ、シングルマザー、低学歴、人種と経済隔離、貧困、失業率、犯罪発生率の高さなどの問題と絡み合って悪循環をうみだしていると分析した。次にこれらの問題を発生させている背景を分析した(都市の郊外化、グローバリゼーション、貧困地域にみられる反社会的な文化など)。解決策は、これらの背景と戦ったり、逆手にとっるような物じゃなくてはいけない。

ロッチェスターでの、ドラッグの市場規模は年間35億から40億円。多くの額が無く、職が無い若者がここに関わっている。つまりこの人達向けに40億円くらいの規模の仕事がなければ、この貧困地区の悪循環はなくならない。といって政府がかれらにただ仕事を分け与えることも簡単ではない。だからこそ、地方行政がこの人達をうまくガイドして、自分たちでやっていけるような体制をつくってやることが大切になってくる。

解決策としては、起業学、small business management, money managementなどのクラスを、中学、高校で教えるということを提案した。ここに住んでいる人たちは、10%しか大学にいかない。時間とお金の投資が大きすぎるからだ。だったら、中学、高校のうちに、厳しい世界でいきぬくような、実用的なサバイバル術を教えるべきだというわけ。学校が実用的なら高校中退もへるだろう。

それに絡めて、安くて、効果的な公共交通機関である、BRT(bus rapid transitで、専用道路を走るバス路線)の提案と、その駅前を使った商店街をつくる方法、交番システムの導入、学生に$100ノートパソコンを与えること、small business foundなど、貧困地域の人々が、自分たちでやっていける体制を目指す街造りの提案した。

つまり、(わかりづらいだろうけど)いい街自体が、産業なんですよと、いい街ってだけで、商売をやっていけるんですよという、提案をしたわけです。仙台なんかは、その典型で、特に産業があるわけでもないけど、いい街があるので、東北の中心として栄えている。

あと最後には自分のROMAが企画がどのようにこのダウンタウンのまわりに住んでいる人々に影響を与えるのかということを解説した。このグローバリゼーションの時代には、世界で唯一の存在になることで、沢山を人を魅了することができ、世界中から観光客を連れてこれるということを説明した。

このロッチェスターというところは、グローバリゼーションの影響をもろにかぶって、基幹産業のコダックは、どんどん海外に工場を造って、地元の仕事がほとんど無くなってしまった。だから、今度はこのグローバリゼーションを逆手にとって、人を集めましょうというはわけだ。


まあ、興味があるひとは、http://OutdoorMuseum.com/youthviolence.pdf からダウンロードしてください。(どれだけ、留学生っていっても、どれだけ、へたくそな英語を書いているか、きっと、わかるでしょう。)

いや、大変だったけど、こんなに英語を書いていて楽しかったことは未だかつてなかったことだ。なんだか、二年かかってやっとここまできた、ちょっと感無量だ。

一番最初にアメリカにきたときは、英語はほとんどしゃべれもしなかったんだから、考えられないくらいの違いだ。いまは新聞も政治の本も、読もうと思えばよめる。(すらすらとはいわない。もちろん辞書は必要だ。時間は日本語の本の2,3倍はかかる。いやもっとだろう。)テレビをみていても、友達を英語で話して、もう自分が英語を話しているという意識がない。

英語に関して言えば、自分は通訳になるわけじゃないから、完璧を目指す必要はない、だから、もうある程度こちらにきた目標は達成できたかもしれない。もうすこしきちっとした文章が書けるようになることと、講演などをするときに話すようなフォーマルなしゃべり方をマスターできれば、きっとこれは来年企画をやりながら学ぶことができるだろう。

後はもうこれ以上、英語学習に時間を投資しなくてもいいなとおもう。
とっとと、いままで投資した分を回収したい。英語なんて永久に自分の日本語のレベルと同じにならないのだから、どれだけ効果に見合った投資をするか考えながらやらないと、人生が終わってしまう。


回収といえば、火曜日には、ROMA一年目のイベント用に補助金を申請してきた。この補助金(Culture builds community grant)の200万円がでれば、一年目の小さな企画が夏には始められるのだ。まあ、きっともらえるだろう。これは第一弾の回収。とっととこの企画で給料を稼ぎたい。ほんとに。

先週は、市の景観課のひと打ち合わせをして、特に問題はありませんという言質をもらった。この打ち合わせには、RDDCの代表もきてくれて、前回の厳しいミーティングとうって変わって、和気あいあいとしていて、みんなでうまくいったら楽しいねえ、ロッチェスターが変わるねえと、話し合いがすすんだ。いいミーティングだった。

やっぱり、みんながいいなあと思える計画の話をするのは楽しいもんだ。 RDDCの人もああ、みんなこれはいいアイディアだと思っていることが確認できて安心しただろう。ああ、やっぱりみんなもそう思っているんだと。人間なかなか、自分だけの意見、感性というのは、意外と信用しないものだ。

その夜はROMAのメンバーで忘年会。よく考えてみると、こうやってみんなで飲むのは初めてだ。やっぱり、ロッチェスターはもっとフレンドリーにならなきゃ駄目だなあとつくづくおもう。だいたいみんな遠くに住んでいて、交通機関が車しかないから、あんまり飲むわけにはいかない。やっぱり街の構造は人の行動をある程度きめてしまうのだ。


やっと、今年のROMAも学校もおわり。
しかし、なんだか、忙しい一年で、あっという間に終わってしまった。
ああ、ほんとに忙しかった。でも、充実していたかな。

さって、今日は地元雑誌の写真撮影。来年そうそうに取り上げてくれるらしい。
まったく来年は、楽しい一年になりそうだ。

では、きっとまた書き込むだろうけど、皆さんよいお年を

Happy Holidays! ハッピーホリデーズ!

今日はクリスマス。アパートのまどから、通りを見下ろすと、さすがにひとっこ1人歩いていない。

日本ではクリスマスは、カップルが一緒にすごすための商業的なイベントで、ひとりものには、いやーなプレッシャーが付きまとう季節だ。「いつからおまえらクリスチャンになったんだよ。」と、突っ込もうものなら、「ほんとに、いやーねー。相手もいないから、ひねくれちゃって」という声が聞こえてきそうだ。

アメリカでは、クリスマスというのは、日本の正月のように家族と過ごすイベントのようで、この街のシーンとした静けさは、日本の元旦のような感じだ。どうも、みんな実家に帰ってしまったようで、遊びにいくひともいないし、お店も一件もあいていない。

学校が終わってゆっくりしているのはいいんだけど、学校もプロジェクトも無いと、全くロッチェスターでやることがないということに気がつく。まったく、退屈でたまらない。

テレビもつまらない物しかやっていないし、ラジオもクリスマスソングばかりで、もういい加減やめてくれって感じだ。どうも単純なメロディーで、同じようなフレーズを何度も聞かされると、なんだか疲れてしまう。その割にはいつの間にか、「ジングルベル♪ ジングルベル♪」と口ずさんでいたりする。これは洗脳ですな。

「まったく、なんでこっちはクリスチャンでもないのに、クリスマスを無理矢理祝わなきゃならんのだ。」と文句を言っているのは私だけではないようで、こちらのテレビのニュースでは、「メリークリスマス」と数年前から言わないことになっている。世の中には、クリスチャンでない人が沢山いるのよと、いう抗議の結果だ。

アメリカにはユダヤ人という人々が沢山いて、彼らが強力に抗議をしているのだ。僕が昔住んでいたニューヨーク市には、かなりの割合で住んでいて、なかなかパワフルな人たちである。もちろんユダヤ人はクリスマスを祝わない。その代わりハニカというイベントがある。

まあ、みんなもちろん知っていると思うけど、ユダヤ教というのはキリスト教の元になった宗教だ。今から2005年前にユダヤ人として生まれたキリストが、預言者としてユダヤ教を改革するような形で、キリスト教ができたのだ。

だから、キリスト教に旧約聖書と、新約聖書の二つがある。新約聖書にはキリストが生まれた後のことが書いてある。ユダヤ人は旧約聖書だけを信じている人たちだ。彼らはもちろんキリストを預言者と認めていないのだから、キリストの誕生日を祝うクリスマスが楽しいわけがない。「なにがメリークリスマスだ。」ということになる。

このユダヤ教徒、キリスト教のおもしろいことは、彼らは解釈の仕方が違うだけで、同じ神様をあがめていると言うことだ。ちなみに、イスラム教も同じ神様をあがめているのだ。世界の三大宗教が同じ神様をあがめているだから、非常におもしろいことだ。

この手の一神教を突き詰めていくと、その宗教を信じているか、いないかという、ぎすぎすした厳格な区別に行き着いてしまう。まあ、多くの日本人は、「そんなのどうでもいいジャン」と思ってしまうけど、世の中の、大半の人はそういった違いというのを気にして暮らしているのだから、お祭りなんだから楽しめばいいという乗りで、「メリークリスマス」と、言ってしまう日本人の行動は、世界の非常識なのかもしれない。

そうそう、テレビでメリークリスマスと、言わなくなった書いたけど、その代わりに、ハッピーホリデーズと言うことになっている。これがpolitically correct(政治的に正しい)このシーズンの挨拶だ。でも、おもしろいのは、ユダヤ人らしきナレーターが、ハッピーハニカというのだ。これはいいのだろうか?ハッピーハニカとテレビで発言することにはユダヤ人はきっと抗議しないんだろう。

まあ、ロッチェスターに沢山いる信仰深いクリスチャン達は苦虫を噛みつぶしたような気分だろう。「これがアメリカの伝統なのだから、メリークリスマスといえばいいのだ。」と言いたいが、それは言えない事になっている。

私が手伝っている生徒会の会長は、ユダヤ人のおばちゃんなのだが、生徒会室の窓に、でっかいハッピーハニカと書いてあるバナーをはっていた。他のメンバー(非ユダヤ人)はなんか、居心地が悪さそうだった。

このおばちゃんには、ずっと誰も文句を言わなかったのだが、最後に思わぬ所から文句を言われて、そのおばちゃんはひどく落ち込んでいた。話をきくと、違う宗派のユダヤ人に、「本物のユダヤ人はそんなものは飾らない。」と、言われたらしい。ユダヤ人といっても、ピンからキリまでいろんな宗派があって、なかはなかでバラバラなようだ。

なんか、こういう面倒くさい、ぐちゃぐちゃした話を聞いていると、つくづく、なんでも「まあまあ」といってすましてしまう日本人でよかったなあと、思うわけです。

ということで、Happy Holidays!

About 2005年12月

2005年12月にブログ「仙台インターネットマガジン 仙台の地元情報から、アート、音楽、文学、スポーツ、エッセイ、旅、政治まで」に投稿されたすべてのエントリーです。過去のものから新しいものへ順番に並んでいます。

前のアーカイブは2005年10月です。

次のアーカイブは2006年01月です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。