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2006年03月 アーカイブ

2006年03月16日

なかなか中身が濃い日々

文章を書こう書こうと思っているうちに、こうやって3週間が経ってしまった。全く恐ろしいことだ。こうやって人生はあっという間にすぎていくのでは、なんて考えてしまう。

さてさて、ROMA第二部が始まって、三週間いったいなにをやっていたかというと、ROMAの法人化、それと伴う組織作り、9月写真モザイクに向けての準備。なかなか、順調にいっていたのだが、先週末に難しい問題にぶつかって、ここ数日なにもできずに悩んでいた。それもやっと、解決の見通しが自分の中でついたので、やっとこうやって、すこしここ三週間をまとめてみる気になった。

大きなニュースとしては、先々週に、ロッチェスター市の副市長さんにあってきて、市の協力を取り付けたということだと思う。実際に、お金をいくら、いつまでに出しますよというところまでは持って行けなかったのだけれど、一年目の企画の予算の不足分、100万円をなんとか、どっかからうまくもってこれたらいいですねえという感じだった。まあ、なにはともあれ、市に積極的にこの企画を応援したいと言わせたのだから、ROMAの信頼性はぐっと上がったと言うことだ。

実はその前日に、(先日、私がしたプレゼンと同じシリーズで図書館が企画ている)新しい市長さんの講演会に参加して、質疑応答の時に、手を挙げて、こういう企画をやっているんですよと、直接、市長さんに説明をしました。そしたら、「みんなが非常に盛り上がって、楽しみしていると話は聞いていました。私もこの企画がすごく好きです。おもしろい企画を考えてくれてありがとう。」と沢山のお客さんの前でコメントをしてくれました。会場から大きな拍手が上がり、とてもいい雰囲気でした。こういう和やかな雰囲気がロッチェスターには必要なのだとおもう。

まだ、どのように市が応援するのかは、はっきりとは決まってはいませんが、こういうトップの意見というは何よりも強いので、うまくいくことでしょう。

それと、プレゼンの一週間後には、地元新聞デモクラット アンド クラニクル(D&C)の名物コラムニスト、マーク ヘアーに記事を書いてもらった。すごく好意的に書いてくれて、自分がどうやって、ロッチェスターにたどりついて、この企画を進めているか、うまくとらえていた。プレゼンの後に流れたニュースもそうだったけれど、毎回、マスコミにこうして好意的に取り上げてもらえるのはうれしい限りだ。こんど、このニュースの動画をホームページにアップできることになったので、もうすぐ紹介します。

http://www.democratandchronicle.com/apps/pbcs.dll/article?AID=/20060226/NEWS0201/602260351/1002/RSS01


この三週間、躍起になっているのは、9月にやる、ROMA最初の企画、写真モザイク展を仕込みの準備。さっそく、どのように進めていくか、サブグループを作って集中的に進めていくことにする。

この企画はただ一枚写真を貼るだけじゃなくて、ロッチェスターから1万枚の写真を集めて、それで大きな一枚の写真をつくるという企画で、けっこう、簡単ってわけではない。

地元の人が沢山参加できるので、一年目のファンドレイズ(資金集め)には、いいのだけれど、いろいろと、しっかり見極めをしなければいけない事がおおい。

まず、どうやって一万枚の写真を集めるか?どうやってモザイクをつくるのか。どんな写真がモザイクにいいのか。こういたことを一つずつ明確にしていかなくてはいけない。しかももう締め切りは決まっているので、結構時間との勝負という感じだ。まったく危なっかしい限りだが、どんどん前に進めていかなくてはいけない。

一番、難しいのがどうやって、一万枚を集めるか、物理的にどうやってそれを処理するかといこと。

一番いいのが、コダックみたいなところと提携して、手伝ってもらう。これはいまコダックと交渉中だけれど、大きい会社だけあって、さっぱり話が前にすすまない。1人でもいいからトップの強い意志がないと、進みそうもない。

次は、自分たちで、オンラインの受付のサイトを作ってしまうこと、これも口で言うほど簡単ではないのだが、一万枚の写真の情報の打ち込みを自分たちでやることを考えると、自分たちができる中ではベストだろう。ただ、どうやってそういうサイトを作るか、あと二ヶ月で作れるかというのは、まだはっきりしない。来週には大体、見えてくるだろう。

最悪は、封筒に申込用紙と、写真をやいたCD−Rを郵便で送ってもらうこと。でもこれは、打ち込みの手間を考えるとやっぱりさけたいところだ。

もし、受付のシステムが整っても、一万枚あつまるとは限らない。どうやってPRをやっていくかは、非常に大切だ。これはマーケティングチームが一生懸命考えてやってくれている。最悪の場合は、地元の図書館の地元写真データーベースを借りて、足りない分を補おうという腹づもりでいる。

写真モザイクは、pcのアプリケーションを使うと、それなりのものができることが判明。構図はやはり、あまり難しくない物がいい。それとやはり色のバリエーションが必要になってくるで、1人10枚くらいの写真をおくってもらうことにする。

まあまあ、細かいことを話しているときりが無いので、この辺で切り上げるが、いろいろな不確定要を減らしていくことが、今の最大の課題だ。幸いなことに以前コダックの写真コンテストを担当していた人がメンバーで働いていくれているので、受付の部分の細かいところは大体問題はないだろう。


なんだか、こうやって書いているとどんどん長くなってしまう。やはり一週間に一度くらい更新していく感じじゃないとだめだな。これを読んでいる人がちょっとかわいそうだ。でも、まだまだ、ここに忘れないように、書きつづっておく。


難しいのは、ROMAの法人化の手続きと、それに伴う組織作り。昨年暮れから、ジョンがこのパートを受け持っているのだが、なかなかいままで進まなかった。忙しいという理由もあるのだが、弁護士をやとう金がないというのが、大きな理由。今回主要メンバーの、ラポタ夫妻が2人が、金がないとかうだうだ言っていないで、自分たちがその費用を持つから、さっさと法人化しないさいと、言ってくれたので、やっと取りかかることができたのだ。

弁護士に話をきくと、最初は「ROMAはただの法人ではなくて、美術館のチャーター(資格)をニューヨーク州の教育局からうけなくてはいけないかもしれない。」ということだった。しかし、いまは、確認をとっているだが、どうもROMAがデジタルのコレクションしか集めないと言うことで、美術館のチャーターを取る長いプロセスを、通らなくてもよくなりそうだ。どうもROMAとういのは、完全に新しい美術館の形態を取るので、なかなか今ある法律に整合しないみたいだ。 どうも、自分が例外とか変わり者だっていうのも、アメリカでも変わらないようだ。

最後に、組織作り、これは実は非常にスムースに途中まで行っていたのだ。まずさいしょに、中心メンバーとして働いてくれている、アダム、ジョン、ラポタ夫妻(フィルとヨハーナ)と私がボードメンバー(理事)になることにした。それから、その1人ずつが、自分のサブグループをもってやっていく。いまはビジネス、アート、マーケティング、ウェブ&グラント、それとガーバメントリレーションという言った感じだ。できたばらかりのサブグループも、非常にうまくまわっていて、メンバーも非常にやる気満々で、こちらがうれしくなるくらいだ。

ことの始まりは、私がこの理事会で、ROMAが私の創造物、アートであることを認めもらって、すこしでもいいからロイヤリティーをもらいたいと、発言した所から始まった。1人のメンバーはROMAはケンだけじゃくてみんなで作っているのだから、ケンの創造物では無いと言い張る。まあ、結局は、彼も渋々認めたのだけれど、問題となったのが、ロイヤリティーだ。NPOの理事というのは、本来一種の名誉職であるべきで、税務署が、非常に厳しく、理事をしている団体と理事の商業取引を審査するのだ。これはNPOを隠れ身にして、脱税をしようとする行為を、防止するためである。

私がロイヤリティーにこだわるのは、お金がほしいとい事だけじゃなくて、ROMAが自分の作品であることを認めさせたいといことだ。ビジュアルなアイディアを得て、それをCGにして、人に見せて、納得させて、具体化していくというプロセスは、まったく他のパブリックアーティストとやっていることは変わらない。

最終的にROMAが現実になったら、やっぱりその光景は私のアートだとおもう。その時に、その光景を写真にとって、自分のサインをいれて、ROMAでオリジナルとして売ってほしい。そのうちいくらかは、頂きたいということだ。そうやってROMAは1人のアーティストのビジョンにそって進めていますよというスタンスを示すことが、将来ROMAをコントロールしようとする人々への予防線になるといこともある。


まあ、結局、問題だったのは、事務局と、理事会をやる人間を一緒にするということだということに、に三日悩んで、やっと結論がでた。私はROMAの理事にはならない。理事にはロッチェスターのコミュニティーを代表するような人になってもらう。そして、私はこの私のビジョンであるROMAを、このコミュニティーに買ってもらうことにする。

このコミュニティーが私を美術館のディレクター兼アーティストとして雇ってもらう。この企画を実現した暁には、自分が撮った写真をつかったポストカードや、ポスターが売れた分の、そのうちいくらかはロイヤリティーとして、いただく。そのうち半分はROMAに寄付をする。いくら手元に残るかしらないけど、これが一番すっきりしていい。

しかし、ここまで読んでくれた人ありがとう。きっと何を言っているかわからないよね。ごめんなさい。次はもう少し、少なめにわかりやすく書きます。
誤字脱字、たくさんあると思うのですが、今日は疲れたので、このままアップして、もう寝ます。あさの四時になってしまった。。。。

ああ、そういえば、ビジネスプランも上がったんだったな。。。。。。

2006年03月22日

アートとは魔法のこと

私は自分がかわいい子供の頃から、オヤジに連れられて、中本誠司現代美術館によくいったものだ。中本美術館には、画家や、音楽家などがいつも集まって、お酒を飲みながら難しそうな話をしていた。もちろん子供の私は全くちんぷんかんぷんで理解ができないので、暇をもてあまして、中本美術館じゅうを走り回って、時間をつぶしたものだ。

美術館には所狭しと、中本さんの抽象画が展示してあった。子供ながらに、ごちゃごちゃとして、とりとめがない絵は、いったいこれは何なんだろうかと、なにを表しているんだろうかと、不思議に思ったものだ。

その問いは思春期をすぎてもあまり変わらなかった。ある日、高校生の私は、中本さんに「アートってなに?」と、(中本さんはすごく怖かったので)おっかなびっくり聞いてみた。中本さん曰く、「よくわからないなあ、だから自分の人生をかけてやっているんだ。」と教えてくれた。いま思うと「What's art?」という問いを常に追い求めていた中本さんらしい回答だったのかなあと思う。でも、その時はあっけに取られて、からかわれたのかなあと思った。

中本さんがなくなって、メンターであった彼に恩返しがしたいと中本美術館を手伝い始めて、毎日アートに関わるようになり、この問いを考えることが多くなった。世の中から、アートが無くなったら、味気のない世界になるだろうとは想像できても、アートとはなにかという問いは、なかなか簡単にはわかるものではなさそうに見えた。アートとは何だと断言している人も、あまりいなかった。

「アートとは人を驚かせることだ。」と、具体美術の嶋本昭三さんはいった。中本美術館の仕事をとうして、企画を一緒にやらせてもらって、世界を飛び回って活躍する嶋本さんからはいろんなことを学んだが、この一行の言葉を聞けたのが、一番の大きかったかもしれないなあと思う。そして、このアートの定義も、人を驚かせるような、巨大な規模のアートを作る嶋本さんらしい定義だなあと思う。

ロッチェスターにきて、もう一年半(恐ろしいく早い)。ここでは、毎日自分はアーティスト兼、アートディレクターとしてROMAの企画に打ち込んでいる。この企画は非常に大きくて、ビジネスサイドに非常に重点を置かざる得ないので、ここのところしばらく「What's art?」は、隅の方に追いやられていた。

なんせ、自分が相手にしているのは、アートの事なんてあんまり考えたことがないロッチェスター人、しかもとくにビジネスマン、土地開発関係者とか、政治家とかだから、自分が提示しなくていけないのは、経済効果とか、社会的効果とか、あなたのビジネスになりますよという事ばかりだ。自分は政治も、ビジネスも、社会学も好きなので、こういう事を話すことは、全然苦痛ではない。でも、話しているのは、アートがもたらすだろう結果であって、アートそのものが、どんなに素晴らしい物なのか?ということを話す機会というのはなかなか無かった。

先日、不意に、「What's art?」と、フランスからロッチェスターに移ってきたちょっと変わったアーティストに質問をされて、ひさびさに美術の世界に戻ってきた気がして、すごくうれしくなった。そんなこともあって、ずっと考えていたこの問いに、いい機会だから答えておこうとおもって、こうして今日は文書をかいているわけだ。

私は「アートとは魔法のことだ。」とおもう。そして、「アーティストとは、魔法使い。」のことだ。誰もができないと思うような奇跡を、魔法を使ってかなえる。アーティストは上手にその魔法を使って、人を驚かせたり、感動させて泣かせたり、喜ばせたり、悲しませたり、おこらせたり、時には世の中をかえたりする。

念のため、魔法というのは比喩で、別に呪文を唱えて、大きな鍋をかき回すといったことを、指しているのではない。あなたの意志がもとになって、いま使用可能な素材、資源、技術を使って、作り上げる奇跡のことだ。

もう少し、詳しく定義してみよう、「アートとは、頭の中にある意志がもとになって、目の前にある現実を、いま使用可能な素材、資源、技術を使い、誰もができないと思うような奇跡を起こして変えること。」これを簡単にいうと、「アートとは魔法のこと。」ということになる。

どんな素材、資源、技術を使うかというのは、それがアートであるかどうかという事には、ほとんど関係がない。鉄を使おうが、布を使おうが、pc、カメラ、絵の具、屋外の看板を使おうが、それはどうでもいいのだ。大切なのは、奇跡を起こして、現実を変えることだ。

ピカソやゴッホが、スゴイのは、新しい技法や素材をつかったかではなくて、人々を感動させて、あたらしいアートの見方を人々に与えたから、スゴイのだ。

誰でもアーティストになれる。ただ、沢山の人を感動させるアートや、売れるアートを作るのが難しいだけだ。

ROMAの作品を募集するときは、世界中の多くの写真家に「この廃れて、どうしょうもないロッチェスターダウンタウンの現実を変えられるような力を持った写真を探しています。」と、問いかけたいとおもう。

佐藤研一朗

2006年03月29日

彼らが私にのぞむもの

先週、私が理事長にならないで、アーティスト兼、美術館ディレクターという形で働きたいと話をしてからといもの、すっかり理事会が混乱してしまった。ほんとうは将来の話をしている場合じゃなくて、山になっている仕事をかたしていかなくてはいけないのだが、今、法人化を進めている関係で、どうしてもROMAの将来のことを考えずにはいられなかったのだ。

でも、ROMAと自分の将来をいろいろ考えるにはいい機会だったかもしれない。どうやって、自分が作った創造物と関わりを持っていくか、簡単そうで難しい。まるで親子関係のようだ。

結論から先にいうと、前言を撤回して自分は理事長兼、美術館ディレクターとしてやっていくことにする。自分のフォーカスを、アーティストより、リーダーにおくことにする。

ロッチェスターの人々が望んでいる物は、アーティストのおもしろいアイディアではなくて、おもしろいアイディアを成功させることができるリーダーシップだ。口だけじゃなくて、アイディアだけじゃなくて、実際に行動して、人々を納得させて、それを実現させることできるリーダーになることを、彼らは私に望んでいるのだ。

先日、Art & Cultural Council(文化事業団)の補助金の授与セレモニーに出席して、2人の聡明な女性プレジデントと、話をすることができて、それがよくわかった。文化事業団の代表のセラは四十代の聡明な女性。ほんとうに、のりのりで、この企画が現実になるのを本当に楽しみにしているようだった。今回のこの補助金のパートナーのRDDC(Rochester Downtown Develop Corporation)の代表のハイデーの顔にも、うれしさと期待が浮かんでいるようだった。

メンバーの話によると、彼女らは、普通よくよく慎重につきあう相手をきめるそうだ。だから、どこの馬の骨ともわからないような、二年前に東洋の果てからやってきた私が、こうやってロッチェスターの重要人物から、うまく協力を得て企画を進めていると言うのは驚きで、みんながすごいと感じるのだと、ROMAの理事のジョンが教えてくれた。

そんな話を聞きながら、もう一度、彼女たちの顔に浮かぶ物を思い起こして、ロッチェスターの人々が、私に望んでいる物をはっきりと理解できた。ありがたいことだ、と思う。

ROMAのアーティストして、ロイヤルティーをもらいたい。と思ったが、そんなところにこだわっていてもしょうがないということに気がついた。ROMA自身で金を稼ぐのはやめにして、その周りでお金を稼ぐことにする。たとえば、そのうちここにずらずらと書いている日記を本にして売り出したり、なんなりして、金を稼げばいいや。

アーティストや、美術館ディレクターとして、勝負をしなくてもいいやとおもう。自分より、すぐれたアーティストや、ディレクターがいれば、その人にやってもらえばいいのだ。そうやって、すぐれた人材を捜し出して、生かしていくことができるのが、自分の長所だし、それを生かしていけばいい。そして世に言う”アーティスト”としてやっていくことは、自分自身を制限することになる。自分はもっといろいろなことをやりたいのだ。

ここ4,5年で、自分がROMAの他にロッチェスターでやりたいことを、書き出してみる。公共バスの改善計画、スラム改善計画、さびれたダウンタウンのショッピングモールの公園化計画、公共市場ダウンタウンサテライト計画、廃止された地下鉄のトンネルをプロジェクターを使った美術館にしてしまおうというRUMA(Rochester Underground Museum of Art)などなど、いろいろだ。これを全部やりたい。そして、その間に何とかして、大学で都市計画を学びたい。学びながら、実行する。いいんじゃないの。これだけやれれば、後は世界のどの都市に行っても仕事ができるだろう。頑張ってそこまでいきたい。

私がこれから作っていく創造物を、自分では”アート”と呼ぼう。でも、一般の規格からはずれた私の”アート”を、きっと人々は”アート”として認めないだろう。将来、自分のことを”アーティスト”と呼ぶ人はいないだろう。でも、それはどうでもいいことだ。自分のアートの定義に従って、自分自身の”アート”をこれからも作り続ければいいだけだ。

「アートとは魔法のこと。」このさびれたロッチェスターを魔法のように変えてみたい。

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