アートとは魔法のこと

私は自分がかわいい子供の頃から、オヤジに連れられて、中本誠司現代美術館によくいったものだ。中本美術館には、画家や、音楽家などがいつも集まって、お酒を飲みながら難しそうな話をしていた。もちろん子供の私は全くちんぷんかんぷんで理解ができないので、暇をもてあまして、中本美術館じゅうを走り回って、時間をつぶしたものだ。

美術館には所狭しと、中本さんの抽象画が展示してあった。子供ながらに、ごちゃごちゃとして、とりとめがない絵は、いったいこれは何なんだろうかと、なにを表しているんだろうかと、不思議に思ったものだ。

その問いは思春期をすぎてもあまり変わらなかった。ある日、高校生の私は、中本さんに「アートってなに?」と、(中本さんはすごく怖かったので)おっかなびっくり聞いてみた。中本さん曰く、「よくわからないなあ、だから自分の人生をかけてやっているんだ。」と教えてくれた。いま思うと「What's art?」という問いを常に追い求めていた中本さんらしい回答だったのかなあと思う。でも、その時はあっけに取られて、からかわれたのかなあと思った。

中本さんがなくなって、メンターであった彼に恩返しがしたいと中本美術館を手伝い始めて、毎日アートに関わるようになり、この問いを考えることが多くなった。世の中から、アートが無くなったら、味気のない世界になるだろうとは想像できても、アートとはなにかという問いは、なかなか簡単にはわかるものではなさそうに見えた。アートとは何だと断言している人も、あまりいなかった。

「アートとは人を驚かせることだ。」と、具体美術の嶋本昭三さんはいった。中本美術館の仕事をとうして、企画を一緒にやらせてもらって、世界を飛び回って活躍する嶋本さんからはいろんなことを学んだが、この一行の言葉を聞けたのが、一番の大きかったかもしれないなあと思う。そして、このアートの定義も、人を驚かせるような、巨大な規模のアートを作る嶋本さんらしい定義だなあと思う。

ロッチェスターにきて、もう一年半(恐ろしいく早い)。ここでは、毎日自分はアーティスト兼、アートディレクターとしてROMAの企画に打ち込んでいる。この企画は非常に大きくて、ビジネスサイドに非常に重点を置かざる得ないので、ここのところしばらく「What's art?」は、隅の方に追いやられていた。

なんせ、自分が相手にしているのは、アートの事なんてあんまり考えたことがないロッチェスター人、しかもとくにビジネスマン、土地開発関係者とか、政治家とかだから、自分が提示しなくていけないのは、経済効果とか、社会的効果とか、あなたのビジネスになりますよという事ばかりだ。自分は政治も、ビジネスも、社会学も好きなので、こういう事を話すことは、全然苦痛ではない。でも、話しているのは、アートがもたらすだろう結果であって、アートそのものが、どんなに素晴らしい物なのか?ということを話す機会というのはなかなか無かった。

先日、不意に、「What's art?」と、フランスからロッチェスターに移ってきたちょっと変わったアーティストに質問をされて、ひさびさに美術の世界に戻ってきた気がして、すごくうれしくなった。そんなこともあって、ずっと考えていたこの問いに、いい機会だから答えておこうとおもって、こうして今日は文書をかいているわけだ。

私は「アートとは魔法のことだ。」とおもう。そして、「アーティストとは、魔法使い。」のことだ。誰もができないと思うような奇跡を、魔法を使ってかなえる。アーティストは上手にその魔法を使って、人を驚かせたり、感動させて泣かせたり、喜ばせたり、悲しませたり、おこらせたり、時には世の中をかえたりする。

念のため、魔法というのは比喩で、別に呪文を唱えて、大きな鍋をかき回すといったことを、指しているのではない。あなたの意志がもとになって、いま使用可能な素材、資源、技術を使って、作り上げる奇跡のことだ。

もう少し、詳しく定義してみよう、「アートとは、頭の中にある意志がもとになって、目の前にある現実を、いま使用可能な素材、資源、技術を使い、誰もができないと思うような奇跡を起こして変えること。」これを簡単にいうと、「アートとは魔法のこと。」ということになる。

どんな素材、資源、技術を使うかというのは、それがアートであるかどうかという事には、ほとんど関係がない。鉄を使おうが、布を使おうが、pc、カメラ、絵の具、屋外の看板を使おうが、それはどうでもいいのだ。大切なのは、奇跡を起こして、現実を変えることだ。

ピカソやゴッホが、スゴイのは、新しい技法や素材をつかったかではなくて、人々を感動させて、あたらしいアートの見方を人々に与えたから、スゴイのだ。

誰でもアーティストになれる。ただ、沢山の人を感動させるアートや、売れるアートを作るのが難しいだけだ。

ROMAの作品を募集するときは、世界中の多くの写真家に「この廃れて、どうしょうもないロッチェスターダウンタウンの現実を変えられるような力を持った写真を探しています。」と、問いかけたいとおもう。

佐藤研一朗

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コメント(3)

コレカラモ、がんばってください。

コレカラモ、がんばります。(^_^)

書き込みありがとうございます。
また、あそびにきてください。
今日は、ROMAの重要な日です。楽しみだ。
後日また報告をします。

はじめまして、こんにちわ。

「アートとは」というキーワードでこの記事にたどり着きました。

記事を読んでてアートって何だろうという疑問に簡単に答えを求めた自分自身が恥ずかしくなりまた。

ただ、自分なりのアートの答えを出す上の参考にしていきたいです。

ありがとうございました。
更新頑張ってください^^

佐藤研一朗です。書き込みありがとうございました。そうですねえ、ひとりひとり、そのひとなりの答えがあるんだと思います。また遊びにきてください。

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このページは、佐藤研一朗が2006年3月22日 12:18に書いたブログ記事です。

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