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2006年05月 アーカイブ

2006年05月16日

脳資源の限界への挑戦?

ロッチェスターはやっと春だなあと感じられる日もあって、外にでていい天気を満喫したいところなんだけど、またまた、きつい二週間で、パソコンにへばりついていました。学校を卒業できないんじゃないかとか、モザイクの企画を始められないんじゃないかと恐怖におびえながらも、なんとか学校のペーパーと、もうすぐ始まるモザイクのための写真コンテストのwebsiteを、何とか完成させました。苦しいところを、やっと乗り切ったかなあという感じで、先がすこし見えてきました。


まず、大変だったのが、先週締め切りだった学校のペーパー。このクラスはZen and Art of Motorcycle Maintenance という、哲学的な、文学的な本を読み込んでいくクラスなんだけど、ほんとに何度も投げ出したくなった。(この本は一度あとで取り上げたいと思っています。)本はおもしろいし、今回はあんちょことして、日本語版の本も日本からわざわざ取り寄せたので、読むのは楽なんだけど、文学だけあって、それについて文章をかくのが難しい。細かいニュアンスというのは、訳本を読んでもあんまりよくわからない。といっても英文を読んでもよくわからない。こういうのは英語を母国語としない人間に、一生わかるようになるのものだろうかと、ちょっと考え込んでしまった。


でもよく考えてみると、日本語でも、政治学の本ばかり読んで、小説ってあまり読んでいない。大体よんだ小説っていうのは司馬遼太郎くらいだ。いったい自分は日本語でもそういう細かいニュアンスを理解しているのだろうかと、すこし不安になってしまう。はっきりしているのは、自分は、細かいニュアンスを日本語の文章として表現できないということ。こうやってへたくそな文章を書いていて、ほんとにつくづく思う。自分の友人でも、文章がうまいなあと思い人は、みんな沢山小説を読んでいる。きっと小説というのは、文章表現の先端を争い競うものなんだろうから、それを読み込むことで、きっとセンスが磨かれるんだろう。


先日、マイミクのpeaceさんにROMAを取り上げて記事してもらったのだが、(あとで紹介します)ほんとに日本語のレベルの差を見せつけられてしまった。自分がへたくその日本語であーでもない、こーでもないと、苦しみながら説明をしている同じ事を、簡潔にしかも、可憐に美しい日本語で説明をされると、なんか他人の企画の説明を聞いているようで、すごく不思議なかんじがする。さすがプロだなあと思うばかりだ。

さて、話はもどって学校なんだけど、クラスが難しいということよりも本当の問題は、ぜんぜん学校に集中をしていないということ。いままでは学校をいい成績で卒業することだったんだけど、今セメになってROMAが本気でいそがしくなってからは、なにがなんでもとりあえず卒業するのが目標になってしまった。脳の資源は一定しかないからROMAの事ばかり考えていると、他のことを考えるのが難しくなる。とくに勉強は脳のエネルギーの消費が激しいからとくにだ。


コミュニティーカレッジというのは、それなりに一生懸命頑張れば、それなりにいい成績をもらえて、自分もそれなりに悪くない成績をいままでもらってきた。でも、今セメは、こんなに手抜きをしていいのだろうかというくらい手抜きをしている。でも、そうでもしないと、とてもじゃないけどやってられない。

Zenのクラスのファイナルペーパは先週泣きながら何とか終わらせたんだけど、たまっている宿題はそのままにしてある。教授に泣きついて、セメスターの最後の日まで終わればいいと言うお達しはもうとってあるので、ずうずうしく最後の最後の日まで引き延ばすつもりだ。ああ、ほんとにだめ学生だなあ。それでもいいから、今セメ絶対に卒業します。

写真コンテストもほんとうは今日月曜から始まるはずだったのだけど、いろいろと最後まで決まらないことがあって、ウェブが上がったのが今日さっき。まだ文章編集や、こまかいところが終わっていないので、あと一週間はかかりそうだ。ほんとだめなプロジェクトマネージャーだなあとおもう。

でも、もう、これがこうやって、苦しむのは終わりだ。学校は今月で卒業。一年間の就労許可もおりた。これからは(生活費を稼ぐためにバイトをする以外は)もっとROMAに集中できるだろう。ここがこの二年半のアメリカ留学の一つの区切りだなあと思う。よく考えてみれば、よくここまで遠くにきたもんだ。そして振り返ってみる眺めも悪くない。まあ、まだ先はながそうだけど。

可能性と確実性


いやー、この二週間はきつかった。いろんな可能性が湧いては消えていったそんな二週間だった。

まず、三月の終わりにでた今年の夏に50枚の写真をやるという話は、もうすこし時間がかかって、たぶん来年になるだろうという事がはっきりした。

4月の終わりまでに、 GRE (Great Rochester Enterprise)が、しっかりとしたお金の出所がはっきりできなければ、スケジュールの関係で今年の夏には間に合わないということがわかっていたので、これはタイムオーバー。

これは、先がある話なので、まあ悪いということではない。逆にいうと、すこし安心した。めちゃくちゃに詰めたスケジュールで、夜寝ないで、泣きながらやる事になりそうな予感がしたから。


次に、一段落したのが、法人化。前の日記ですこし書いたんだけど、美術館の法人格を取るのが難しくて、とりあえずROMAの成立を目指す団体を法人として登録することになったのだ。

4月14日の日記から

先週の日曜日は久しぶりの全体ミーティング。悪いニュースばかりじゃなかったのにミーティングは荒れに荒れた。こんなにみんなが怒って、めちゃくちゃな終わり方になったのは、これが初めてだ。問題の焦点は法人化である。ROMAを法人化しなくてはいけないというのは、もう半年前から話していることで、未だに法人化していないのが、ボトルネックになっている。どんな団体と契約を結にしたって、法人格が無ければ話にならない。

今は、ニューヨーク州の教育省から美術館の法人格をもらおうとしているのだが、これが思ったより時間がかかっている。どうも話によると、ケースバイケースなのだが、早くても半年くらいかかるそうなのだ。そんなにちんたらやっていたらどうにもならないから、その前に、ROMA設立委員会みたいな団体を立ち上げて、法人格をとっとと取ってしまおうというのが、議論の中心だった。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=117800941&owner_id=642283

引用ここまで

実はただ法人格を取るだけなら、実は全然難しいと言うことはない。書類はそんなに難しいこともないし、弁護士にちょっと見てもらえば、すんでしまう。そんなもんだ。ただ、難しいのは美術館の法人格だったり、NPO(Non profit organization=非営利団体)の法人格を習得することだ。

NPOになれば、寄付をした人が税金控除を受けられるし、他にもいろいろと団体が払う税金の免除がある。こんな物をだれにでも許可したら、脱税のために悪用されるに決まっているから、審査には厳しくて通常6月間はかかるらしい。それでROMAの場合はその上に美術館の法人格を取ろうとしているので、またもや話がややこしくしかも難しい。なんやらかんたらで時間がかかりそうだから、まずROMA, incで今回は法人格を取ることにすることにしたのだ。来週にはROMAはめでたく、法人として生まれることになる。

ビジネスプランのコンテストは結局準決勝止まり。まあ、こんなもんだろう。というのは、ここコンテストをやっている団体はハイテクロッチェスターっていうんだけど、この人達はどうも技術馬鹿ほいところがあって、ちょっとROMAが描いている絵を理解できないだろうなあと簡単に想像がつく。かれらが探しているのは第二のコダックになるような技術であって、アートとか、美しい街とかには、あんまり興味がない。社会へのインパクトという視点がなければNPOのビジネスモデルなんて、へたくそな商売で、普通の商売の利益に勝てるわけがないのだ。利益をうまないんだから当たり前のことだ。

このハイテクロッチェスターの事務所はロッチェスターの郊外のヘンリアッタというところにあって、ほんとに周りは何にも無いところだ。こういうところに、研究所みたいなのを作って、最新技術を研究しようというのりだ。どうも、この事務所に行くたびに、郊外の何の特徴もない低層ののオフィスや、どこにでもあるチェーン店のレストランや、だっだぴろいモールの街並みをみていると、私は気分が悪くなる。

優勝の一つの特権はこの郊外の事務所のひと部屋をただで使えるという物だが、そんなもんはいらんという感じだ。あんな所に住んでいたら、世の中の事など気にならなくなるだろし、なんか人間として暮らせないような気がする。この郊外の街並みは、この世の果てという感じだ。都会の悪いところと、田舎の悪いところを掛け合わせたようなものだ。反対に、田舎のように大きい家に住んで、25分、30分車を走らせれば街までつくのだから、素晴らしいとも言えるのだろうけど、どうも私には我慢できない醜さというのが、郊外の街並みからにじみ出ているようにいつも感じてしまう。

こういうところに住む問題は、赤の他人との接触が減って、世の中の需要がわからなくなる事だろう。需要がわからなかったらどんな技術を開発しても、どうしょうもない。だって世の中の人が使わないわけだから。技術を開発する人をそこがしっかりわかっていなければいけないと思う。コダックをつくったイーストマンはそこがわかっていて、だれでも簡単に使えるカメラをつくって大もうけしたんだけど、今のロッチェスターの人々はここが全然わかっていない、でも自分たちは頭がいいと思っているお馬鹿さんだと思う。(^_^)

さてさて、そのほかにも、RG&Eという仙台で言う東北電力みたいな会社から話がきて、おっきい写真を貼れるかなあとおもったら、だめだったり。次の日には、別のビルのオーナが、小さいサイズならお金を払うからすぐにやってくれという話がきたりと、一喜一憂の毎日だ。

昨日は、East End Garage Art Grantの決勝のプレゼンがあった。これはダウンタウンにあるおっきい立体駐車場の外装にアートを飾り付ける補助金のコンテストだ。勝てば400万円。これはなかなか大きい。これは例のJと一緒に仕事をしていたんだけど、彼にかき回されて、もうこれはだめかなあと思うことが何回もあった。でも、これからどうやって仕事を一緒にやっていくかを、じっくりと話をして、最後はすごくいい仕事ができた。まあ、完璧とは言えなかったが、一緒にやっていけるということがわかったからそれはいい収穫だった。友達と仕事をするのは簡単な事では無いと思う。いままで何回もこれで失敗している。

さっきプレゼンの結果がきて、結局、勝てなかったけれど、もしかしたら、いくらか予備のお金が出て、何枚か写真を貼らせてもらえそうな感じになりそうだ。勝てれば、給料がもらえたのに、ほんとにこの街は楽をさせてくれない。そんなことを思っていたら、くたびれて今日は寝込んでしまった。寝たらすこし元気になったけれど、まあ、一歩進んだのだから、文句は言わないことにしよう。

9月の写真モザイクをやるまでは、労働許可もでたことだし、アルバイトでも何でもしてやっていけばいいさ。まあ、その後はそれから考えよう。まずは、一枚大きい写真を貼ることだ。そこまで行けば、また話は変わってくるだろう。

来月からは写真モザイクのコンテストが始まる。まあ、ほんとに一歩、一歩しか進まないね。次はコンテストと、学校を卒業することかな。勉強しなきゃ!(^_^;)

2006年05月19日

exiteでROMAが紹介されました。

mixiで知り合ったpesceさんにROMAのことをexiteism{都市生活者のためのWebマガジン}で取り上げてもらいました。日本語で紹介されるのは初めてだったので、うれしいばかりです。
ほんとうに、美しくてまとまっている文章で、読んでいて「いやーそうなんだよね。この人すごいねえ」と自分で関心してしまう始末。(^_^) 言いたいことを全部代弁してもらって、ほんとに感謝感謝です。pesceさん本当にありがとう!

exiteism{都市生活者のためのWebマガジン}より転送
http://blog.excite.co.jp/i-architecture/1080915/

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世界最大の写真展?

パブリックアートというジャンルがある、その名の通り
公共の場所で行われる各種の作品展示やアート行為で、
日本でもよく見られるものとしては街角の彫刻だろうけれど、
街路でのインスタレーションなども近年は増えてきている。
しかし、商業的な意味合いや目的を省いたものは
日本よりもヨーロッパやアメリカの方が活発だろう。
そういった文化的な活動への許容が、結果として観光資源と
しても働くことがよく理解されているからだろう。

そんな中でアメリカはニューヨーク州北部のロチェスターという
小さな郊外都市でひとつのプロジェクトが始動している。
街全体を使った世界最大の屋外写真展覧会、そして
このプロジェクトの企画者そしてディレクターは一人の日本人留学生だ。Rochester Outdoor Museum of Art

ロチェスター・アウトドア・ミュージアム・オブ・アート、略してROMAと呼ぶ。

ロチェスターは、かつてはコダックの本拠地であり、地下鉄が走るアメリカで一番小さな街でもあったほどに人々がにぎわう商業都市であったという。しかし、ほんの少しの都市計画の狂い、そしてコダックの撤退が街を衰退させ、今ではその中心地はゴーストタウンと呼ぶにふさわしい荒廃ぶりだという。地下鉄も廃止され、連動していたトラムも消え、異常に整備された大きな道路と駐車場だけが、がらんとした街の風景だ。

この街に都市計画の勉強のために留学に訪れた佐藤研一郎さんは、自身が暮らす街の不便とその不自然さ、そこに残された可能性と資源について考え、そしてROMAプロジェクトを一年前に立ち上げた。街に残された建築物やその「失敗した都市計画」で残された多くの構造物、スペース、それらを展示場所として再活用し、訪れた人々が街を歩き作品、そしてロチェスター自体を楽しむことのできる「村おこし」的なプロジェクトでもある。しかし、この提案は諦めの底にいたロチェスター市民の心を確実に動かし、そして行政を動かし始めた。

以前の都市計画の失敗は、「車社会」としてロチェスターをリデザインすることで、中心部へ続く多くの車専用道路、その多くの車を停めるための巨大駐車場、一見便利な駐車場やビルの間を渡る歩道橋などの未来的な環境・・・それらは結果として街=ストリートを歩く人々を奪い、街に立ち並ぶ商店やカフェ、レストランから客を奪い、その多くは撤退し、運の悪い事にコダック社の移転と言う基幹産業の転覆から、当初の目的は見事に裏返ったものとなり、街は死んだ。

今回のプロジェクトは街に人々を歩かせる、街の血液は結局、人間なのだ。街を訪れるきっかけとしての展覧会があり、観光客を引き寄せれば、路上に店や働く人々は戻ってくる、「生活」がそこには復活するだろう。

プロジェクトの第一弾はプレ・オープニングとして2006年9月、一般公募による巨大フォトモザイクを皮切りとしてスタートする。順調に行けば一年後には最大50mの写真の展示を含む、街のあちらこちらで巨大写真が展示され、そのスペクタクルを楽しむことができるようになる。展示は一年毎の更新で、訪れる人々は年毎に違った表情のロチェスターを楽しむことができるようになる・・・。

もちろんこれは理想の話であり、現在このプロジェクトはまさにその実現に向けて急速にその形を整えつつある段階である。九月の展覧会はその試金石である。一人の若い異邦人がアメリカの街全体を巻き込んで、億の予算を必要とするプロジェクトに挑んでいる。

街に訪れたひとつの小さな熱は、その血液を取り戻し、ロチェスターと言うかつての「都市」の息を吹き返させることができるのだろうか? 完成した計算の中のエンタテイメントではなく今まさに進行して行くドキュメントに、観客として訪問者として参加してみることも一興ではないか?


ロチェスターはニューヨークから飛行機で一時間、電車、または車で六時間。しかし有名なナイアガラの滝から一時間ほどの場所でもあり、トロントからみれば川の対岸という立地である。便利とは言えない、しかし可能性と条件はゼロではない。仙台出身の研一郎さんは、「仙台の七夕」という地方都市の観光客誘致の成功例を武器としてアメリカの企業、行政に挑んで行く。成功の暁には、ロチェスターの姉妹都市である静岡市をはじめとした日本各地の地方都市への巡回展も企画されている。

by ism-architecture | 2006-03-05 17:22 | 海外情報 | Trackback(1) |

2006年05月21日

ウィスットポンニミットライブ(イベントのお知らせ)

ウィスットポンニミットさんのライブを仙台で開催します!

ウィスット ライブログ
仙台でのウィスットポンニミットライブ公演当日までの
記録をお伝えする、ライブログがスタートしました!
待ちきれない方、ぜひチェックして下さい。
http://20060521.blog67.fc2.com/

私がウィスットさんの事を知ったのは、
知り合いの方から貸してもらった一冊のマンガがきっかけでした。
どこかなつかしい絵と、ストーリーの面白さから
すっかり虜になってしまいました!
本人も来られるとの事で、とても楽しみです。

当日はポストカード、DVDなどの販売も予定されています。
また、2006年6月10日(土)〜17日(土)まで原画展示も行います。


ウィスットポンニミットライブ(アニメーション+ピアノライブ)
と き/2006年6月17日(土) 19:00open 19:30start
ところ/カフェモーツァルトアトリエ
仙台市青葉区米ヶ袋1-1-13
TEL.022-266-5333
料金/3000yen(1drink付・座席80席)
チケットはカフェモーツァルトアトリエにて発売中です。
※当日は駐車スペースがございませんのでお車でのご来場はご遠慮下さい。

主催/仙台ムービーアクトプロジェクト
お問い合わせ先/kayeru @guitar.ocn.ne.jp

2006年05月27日

ロチェの生活 その1

こないだ実家に電話をしたら、あんたそんなにロッチェスターにいるのに全然写真を送ってこないから、アメリカで、どんな生活をしているか想像がつかないから、ロッチェスターでの写真を送ってきなさいと指令を受けたので、ちょっと写真を撮ってみる。

ということで、身近なところで、今日は私のアパートの中を公開(って、ちょっと散らかってるんですけどね。)


うちのアパートのビルはロッチェスターのダウンタウンの真ん中にあって、ちく80年の古い建物、でも手入れがしっかりしていて、すごくきれいです。

部屋は10畳くらいのスチューディオ(一部屋で、キッチンとベットルームが一緒になっているタイプの部屋)で、家賃は$360で、光熱費込みの格安。ロッチェスターのダウンタウンでもここが底値だろうなあとおもう。部屋は七階でここから見る眺めはなかなかいい。

ニューヨーク市にいたことは3ヶ月にいっぺんは引っ越しをしていたのだが、ロッチェスターではもう一年半もこのアパートにひっついている。管理が行き届いていて、きれいで、安いので、悪くは無いのだが、友達の外泊はだめだとか、結構ルールが五月蠅いのが玉にきず。なんかこういうさびれた街での1人で暮らしていると、孤独になるので、ニューヨークに住んでいたときのように、そろそろ、すこし緑がきれいな一戸建てに友達とシェアをして暮らしたいなあとおもっているところ。

<写真1> 一応ROMAの事務所でもあります。あんまり壁が殺風景なので、アートを貼り付けてみる。
<写真2> 大きくはないけど、狭くもない、1人クラスには十分です。
<写真3> うちのガーデン、やっぱり緑は必要。いやされます。バジルと唐辛子は自家製が最高です。

2006年05月31日

急にいろんなことが上向いてきた。

やっと今週の半ばに、学校の授業とテスト全てが終わった。どうも無事に卒業ができる運びになった。卒業式は6月1日。ロッチェスターにきて、はや一年半、走り回って上がったり下がったり、落ち着く暇が無い生活だったけど、あっという間だった。いつもはロッチェスターの悪口をいっているけど、いろんなひとに世話になりながら、こうして、学生の身分で、他人の国にきて、そこの人達と自分が発案した企画を進めることができて、ほんとに感謝をしなければいけないなあと思う。振り返ってみると、景色は変わり、ずいぶん遠くまで、ずいぶん上まで登ってきたことに気がつく。あきらめず、めげず、こうやって一年半もこの企画に打ち込んでこれて、本当によかった。やっとこの二年半の留学に一区切りが付いた。


しかしまあ、今セメは、最後の最後までまさにドラマだった。先週まで本当に卒業できるか気が気ではなかった。私の通っているMCC (Monroe Community College)は、ニューヨーク州立で授業料は、だいたい1学期あたり30万円くらいで、他の私立の大学と比べると格段にやすい。(大体10分の1くらいか。)これがニューヨークの住民だと、授業料が半額になり、奨学金や、学費援助などがたくさんあって、ほんとうに安い値段で学校に通うことができる。一千万くらいの学生ローンを組むのを節約するために、まず短大に二年かよって、それから4大に編入するという人は結構沢山いる。

アメリカの短大は敗者復活戦みたいな側面があって、高校でいい成績を修められなかった人や、大学に行く機会がなかった社会人、家がそんなに裕福じゃないといったような人が沢山いる。ここで二年間頑張っていい成績を修めれば、大体どこの大学にも入れるので、悪い話ではない。日本の大学制度ももう少し転校や、編入が緩くなれば、くだらない受験勉強だけのために、浪人なんって事をしなくてもすむようになるのでは無いかと思う。日本の学校制度に必要なのは、柔軟性と、多彩性だと思う。

それはさておき、私は、昔働いていた中本美術館から頂いた奨学金のおかげで、アメリカにくることができて、そのほかには国民金融公庫のほうからお金を借りたりてしばらくは何とかやってきた。ただ、中本美術館からの奨学金が半年前に終了してからは、学校と企画におわれバイトもできずに、まったく情けない話だが、27才になって両親に頼らざる得ない状態だった。高校を出てからずっと自立して暮らすことが、最低限のルールだったので、本当に心苦しい半年だった。親も家を建て建てたばかりなのに、ぎりぎりまで応援してくれた。本当に感謝しなくてはいけないと思う。でも、分割にして払っていた今セメの授業料の最後の最後の支払い、8万円がなくて、先週までお金が払えなくて、単位を落とされるんじゃないかと、恐怖におののいていた。

前回の支払いは、何とか奨学金のオフィスの偉い人に泣きついて、なんとか免除してもらったので、最後の支払いもきっと免除してもらえるだろうと、勘違いをしていたというか、タカを括っていたのだが、それもうまくいかず。これは最悪、教授とROMAの理事に泣きついて、お金を借りるしかないという感じだった。(^_^) たった、8万円が払えないんだから、なんだか情けなくってしょうがなかった。ROMAのほうでは、自分がそんなことを悩んでいるときに、ラマーという看板会社が、一番最初に貼り付ける写真の素材80万円相当を寄付してくれるということになってうれしかったのだが、自分の手元には一円も金がなくて、授業もテストも全部終わっているのに、授業料も払えないんだから、なんだか複雑な気分だった。この学校では最後の最後まで楽をさせてもらえなかった。

結局は、授業料の支払いのオフィスの人と相談して、払っていないのは最後の最後の支払いだけなので、とりあえず六ヶ月以内に払えばいいということになった。卒業式にもでられるし、単位も落とされないらしい。ただ、支払いが完了するまでは卒業証書と転校手続き書がでないらしい。
今のROMAは「働けど食うべからず。」もしくは「働けど 働けどなお 我 暮らし 楽にならざり じっと手を見る」by 石川啄木 状態に陥っている。決勝までいった前回の補助金がとれてれば、給料が出たのだが、勝てなかったので、前からきめていたように、九月までは文句を言わずに、バイトをすることにした。さっそく数軒の日本食レストランに電話すると、四季というレストランですぐにキッチンスタッフできてほしいといのこと。すんなりと仕事が見つかって、今週の金曜日から、バイトに入ることになった。

ロッチェスターの物価は安いの週三日も働けば、生きていけるので、残りの4日をROMAのために働けば、何とかなるだろう。時間がなくなれば、効率よく働かざる得ないし、たまにROMAのことを考えない時間も大切かもしれない。なによりうれしいのは、また自立して生活ができること、そしてROMAと違って、時間だけ働けば、お金がもらえること。(^_^)

ROMAのほうはすこぶる調子がいい。六月一日にはロッチェスター市の経済開発部が企画して、ROMAのプレゼンをやることになった。一枚目の写真を貼るセントポール地区(St. Paul st area)のビルのオーナーを招待しての、プレゼンだ。最低彼らから、ビルを使う許可をもらいたい。なかには大きい会社もあるので、うまくいけば寄付をもらえるかもしれない。

いま、自分が一生懸命やっていることは、九月のオープニングを、できるだけ大きくすること。一枚の写真だけじゃなくて、10枚から15枚くらいの写真を張れるように、いろいろな所と交渉を始めている。今年10枚できれば、来年100枚やれる。それと、セントポールの商店街と提携して、9月16日の
オープニングにストリートフェスティバルやる。それにアートのアトリエやロフトアパートを一般公開して、幅広い客層を連れてくる。協力し合うことで、お互いの利益になりますよということを提示しながら、これを進めている。Win-win situation ってやつだ。これをロッチェスター全体に作るのが私の最終目標だから、今回はそのミニチュア版だ。きっと来年に向けていいデモンストレーションになるだろう。

9日には、市の文化事業団体が主催するパネルディスカッションにパネルとして参加することになった。あんまり、今まで経験が無いが、うまくいくだろうか。まあ、議論は好きなので、非常に楽しみである。

個人的にも、最近たくさん新しい人と、知り合ったりして、ネットワークがすこしずつ広がってきて、非常に楽しい。やっと留学に一区切りついて、急にいろんなことが上向いてきた。

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