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2006年10月 アーカイブ

2006年10月05日

モザイクオープニングイベント終了

皆さんこんにちはニューヨーク州はロチェスターで世界一大きい写真展の計画を進めている佐藤研一朗です。


金曜日のセレモニーとと土曜日にあったオープニングフェスティバルが無事終了しました。寒い中、沢山の人にきてもらい本当にありがたかったです。また、仙台からニューヨークに研修にきていた河北新報の記者さんが、わざわざロチェスターまできてくれて、取材をしてくれました。なんかありがたかったです。この企画が少し仙台でも知ってもらえれば、うれしいばかりですね。やっぱり地元ですからね。

金曜のセレモニーには、寒い中、100人くらいが集まってくれて、大盛況でした。地元の偉い人達もきてくれたし、写真をとった子供と、写真に写っていた子供達もきてくれて、ほんとにいい感じのセレモニーでした。地元テレビ局が3局もきてくれて、近所のゲイのおじいちゃんに、ハンサムに写っていたよと、ほめられるしだい。(^_^;) ほんとにうまくいってよかったという感じだった。


今日はオープニングにニューヨーク市から駆けつけてくれた友人の車に同乗してニューヨーク市にきています。なんの予定も立てていなかったのですが、勢いで、一週間くらい休暇を取ることにしました。よく考えると、しばらくロチェスターから出ていなかったし、ニューヨーク市にくるのも9ヶ月ぶりだ。(ニューヨークいるひとあそびましょう。)

世の中には毎日、何千、何万というアイディアがわき出すように生まれる。でもそのうち、いったいどれだけが実際に形になって現実にあらわれるのだろうか?この企画は、幸運なことに本当に沢山の人に好かれ、応援してもらって、世の中に生まれることができた。本当にありがたいことだ。  
自分が0から考えて、作ってきたものが、現実、自分の目の前にあるというのは、非常に気持がいい。いままであった慢性的な疲労感は、モザイクをみたら、すっと霧が晴れたように消え去って、今の心境はかすかな安堵感を楽しんでいるという感じです。さっきまで愚痴を言っていたことが全て過去となり、腹をたてる必要も無くなった、だって、そこにモザイクがあるのだから。これからここに二年間も飾られるのだ。

ただ、覇気のガソリンタンク(と財布の中身)がカラカラなのは変わらないようで、ロチェスターに帰ったら、今度は、また自分が闘っていけるように、自分の生活をしっかり立て直すことに時間を割いていこうとおもっています。仕事探し、学校へのアプライ、奨学金探しと、また忙しくなりそうです。


モザイクの報告書もしっかり作って、どんどん発信していきたい。名が売れているアーティストを見ているとやっぱり、やってやりっぱなしではなくて、イベント前もそうだが、事後のPRを本当をしっかりやっている。事後のPRって結構簡単のようで、やっている本人は燃え尽きている事が多いので、実はしっかりやっている人はすくない。さてこれから自分とBPRをどうやって世に売り出していこうかそんなことを考えています。

2006年10月11日

きみの心の中にもいるよ。

今日はネガティブとポジティブの解釈で、良いと私が思ったものを勝手に書いていくよ。
それは違う!と声高に叫んでくれてもいい。だってこれは私の解釈だから。
きみの解釈はいつか教えてくれたらいい。

「NEGACHOV&POSICOV」
TOMOVSKYによる解説はこちら

TOMOVSKYというアーティストのアルバムタイトルである。
人はいつもいつもネガティブなわけでも、ポジティブなわけでもない。
その、ネガティブとポジティブを擬人化し、ネガチョフとポジコフという名前をつけて、そのふたりが王様である架空の国がトモフスキー王国だ。

ネガチョフとポジコフという名前からもわかるとおり、ネガチョフはネガティブを担当し、ポジコフはポジティブを担当して、この物語の主人公である「僕」は、ふたりの生み出すエネルギーやパワーをうまく使って生きている。
歌詞を見るとより詳しくわかるのだが、ネガチョフとポジコフの働き方の割合が少しでも変わってしまうと、きっと「僕」はバランスの良い人間ではなくなってしまうのだ。ただのくらーい人か、ただの自信過剰な嫌味なヤツになってしまう。
「僕」はそうならずに、ふたりの王様をきちんとうまく使いこなしているのだ。

このアルバムは一枚通して聴いて「ううーん、すばらしい」と唸ってしまった。物語があって、その始まりと終わりが明確なのだ。
すばらしい。
「ネガティブだー」と人によく言われて悩んでいる人におすすめしたい。

ちなみに私がこのアルバムで最も好きなのは「ワルクナイ、ヨワクナイ」。
人がなんと言おうと譲れない部分は持つべきだし、このくらい言い切っちゃっても良いと思う。そして、そういう人間になりたい。

TOMOVSKYオフィシャルサイト

2006年10月12日

休暇が開けて 第3部の幕開け

皆さんこんにちはニューヨーク州はロチェスターで世界一大きい写真展の計画を進めている佐藤研一朗です。

モザイクのイベントが終わって次の日に、逃げるようにロチェスターからニューヨーク市に行ってきました。二年前にルームメートだった友達の家に泊めてもらって、ろくになにもしないで、ぶらぶらとしたり、友人にあってだべったり、昼寝したり、本を読んだりと、久々にのんびりした一週間でした。こういう時間はホントに大切ですね。


最初は覇気のタンクが空でホントに元気が出なかったのですが、友人たちと会ってしゃべっているうちに元気が出てきました。元ルームメートで医者をやっているケンが、「もうすぐ学生ローンを払い終わるから、その時は世界一大きさ写真館にお金を寄付するからね。いつから寄付できるようになるの?」と聞かれて、一つのことにけりが付いて、やっと新しい段階に来たことに気が付かされました。自分が実現したいものが、もうすぐ、手が届きそうな所まで、それはちょっと大げさかもしれないけど、目で見えるところまでちかづいて来ている。第3部の幕開けだ。来年の夏までにどれだけ多くの写真を張れるかが勝負になってくると思う。焦点は、どのように注目を集め、どのようにお金を集めるかということにかかってくるだろうと思う。

ニューヨークからは電車で帰ってきた。さすがにニューヨークに一週間もいると、ロチェスターのダウンタウンはしーんと静まりかえって、閑散としているように見えた。駅からの帰り道に、寄り道をしてモザイクを見てきた。やはり大きい。そして美しい。もっと沢山の作品を貼り付けたいと素直に思う。そうすればこの街もきっと変わるだろう。

あと三年でこの企画にけりをつける。そして同時に4大も卒業する。そこまでは頑張りたい。そしたら、三十代の前半はのんびりして世界中を旅して回ろう。そこまでは行きたい。

2006年10月16日

河北新報の夕刊一面で紹介されました。

2006年10月14日記

仙台インターネットマガジン読者の皆様、こんにちはアメリカニューヨーク州はロチェスターで世界一大きい写真展の計画を進めている佐藤研一朗です。

今日朝起きてメールチェックをすると友人がメールをくれて、Big Picture Rochesterの記事が仙台の地元新聞の河北新報の夕刊の一面にのったとのこと。

急いで河北新報のホームページを見ると見出しに紹介されていました。わざわざニューヨーク市から、ロチェスターまで来てくれた記者の上村さん、とりあげてくれた文化部の遠藤さん、本当にどうもありがとうございました。地元の暖かさを感じました。

自分の取り組みがこうやって地元仙台で取り上げてもらえるのは、なにか格別な思いがありますね。これで仙台からスポンサーが付いたら最高なんだけどなあ。

河北新報夕刊一面 (2006年10月14日)
http://www.kahoku.co.jp/news/2006/10/20061014t15036.htm

米のビル、巨大写真で飾る 仙台の佐藤さん企画

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 米国ロチェスター市(ニューヨーク州)の中心部で、仙台市青葉区出身の佐藤研一朗さん(27)が、町を美術館に見立てた「世界で一番大きな写真展」を企画した。9月末には、ニューヨーク州立大分校の壁面に縦18.3メートル、横12.2メートルの巨大な写真を掲示。5年間で約300枚をビルや線路脇などに設置する。イーストマン・コダックやゼロックス発祥の工業都市だが、近年は空洞化が進んでおり、写真展で「イメージの街」の復権を狙う。(ニューヨーク=報道部・上村千春)

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 写真は、公募で選ばれた地元中学生の作品を原画に、市民が別に提供した写真約7500枚をコンピューターグラフィックでモザイク状につなぎ合わせた。屋外広告用の塩化ビニールに印刷したため、2年間は色あせないという。
 中本誠司現代美術館(仙台市青葉区)でアートマネジメントの経験を持つ佐藤さんは、2003年から米国に留学。NPO経営について勉強するため、04年9月にロチェスターを訪れた際、街並みがあまりに寂れていることに驚いた。

 ロチェスター市は1970年代以降、工場の海外移転が進み人口が減少。裕福な白人層が郊外に流出したため、中心部が空洞化し、空き店舗や補修されない古いビルが目立つようになった。
 佐藤さんは「街を芸術で飾れば人が集まる」と写真展を企画。仙台七夕まつりやSENDAI光のページェントを例に挙げて市民に呼び掛けたところ、賛同者が約15人集まった。1枚目の予算約250万円の大半は市の補助金を活用した。

 築90年のビルを掲示場所に提供する事業家のダン・モーゲンスタインさん(54)が「われわれが気付かなかった街の美しさを日本人のケンが見いだしてくれた」と喜ぶ。
 佐藤さんは「規制や補助金手続きの難しさから何度も挫折しかけたが、ようやく形になった。数を増やし、市民や観光客が歩きたくなる街にしたい」と意気込む。

[ロチェスター市]米国ニューヨーク州北部の都市で、ニューヨーク市から北西へ約400キロ。オンタリオ湖を隔ててカナダと国境を接する。人口は約20万人で、州で3番目の規模。精密機械工業を中心とした工業都市で、イーストマンコダック、ボシュロムが本社を置き、かつてゼロックスも拠点を構えた。


2006年10月14日土曜日

2006年10月20日

ブレイクスルー

写真:トップシークレットの書類

仙台インターネットマガジン読者の皆様、こんにちはアメリカニューヨーク州はロチェスターで世界一大きい写真展の計画を進めている佐藤研一朗です。

モザイクが終わってはや3週間。なんだって、ずっと元気が出なかった。新聞にのったり、沢山の人に激励をもたのに、燃え尽き症候群のように力がでなかった。体調を崩していたのもあるんだけど、あんまり一枚目のモザイクを作るのが大変で、一枚できたのはいいけど、どうやって来年100枚張るか全く検討がつかず、悩んでいた。 周りの人からこのごろ暗くてネガティブだと、苦情がでる始末。いやいや、皆さんご迷惑をおかけしました。

昨日はベットに入っても、どうやったら来年大きくできるかぐるぐる考えて、二時になっても寝付けなかったのですが、突然、布団のなかで、ふといいアイディアを思いついた。まず、国際写真コンテストを始めればいい。それを宣伝道具に使って、どんどん広報を進める!アメリカ中のメディア、世界中のメディアに発信し続ける。これなら来年の夏に間にあう!

もう寝ていられ無くって、必要な事をどんどん紙に書き出していった。コンテストを始めるためには、まずテーマを決めて、ルールをきめて、写真をはる場所をきめて、親団体を探して、建物に写真をはる許可をもらう。。。。こうやって、来年7月中旬開催までのスケジュールが決まっていった。ふと気が付くともう七時、朝日が美しい。さて、開催まで9ヶ月、これはおちおちしていられない。働き始めなくては。

ということで、これからがんがん元気を出してやっていきます。ネガティブな人から、ポジティブな人に大変身です。皆さん宜しく。

世界で一番大きい写真展開催まで、あと269日!

誰が電気自動車を殺したのか? 近未来交通機関の現在1

仙台インターネットマガジン読者の皆様こんにちは、仙台インターネットマガジン代表の佐藤研一朗です。ロチェスターは非常に冷え込んで今して先週はとうとう雪が降りました。今回は久しぶりにリポートを書いていこうと思います。ここ二ヶ月ずっと頭にあって、概要はできていたのですが、なかなかまとめる時間がなく書けないでいたのですが、とっととはき出して、文章にしてしまいましょう。そうじゃないといつも同じ事ばかり考えて、脳みそがすっきりしませんね。

「Who killed the Electric car?」(誰が電気自動車を殺したのか?)

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という映画をこの間みてから、電気自動車が非常に気になり始めた。いろいろと調べていくうちに、近い将来、電気自動車はガソリン車に取って代わる存在になるという一つの結論に行き着いた。

これはただ自分たちが買う車の種類が、単にガソリンから電気に変わるというだけではなくて、世界規模での経済、政治、はたまた安全保障までをがらりと変えてしまうような、大きな変化となるでしょう。100年前、石炭が石油に取って代われたように、石油全盛の時代ももうすぐ終焉をむかえる。まだ、(自分が調べた限り)だれもここまで突っ込んでこの問題に触れている様子がないので、朝に学校に一番乗りしたような気分で、多くの人に読んでもらえるのではないかと、わくわくしながら文章を書いています。


映画の予告版はこちらから

英語のお勉強に

さて、この映画のあらすじはこうです。10年前、アメリカカリフォルニア州で新しい排気ガス規制が始まった。自動車会社は2003年までに10%の車を排気ガスを少しも出さないゼロミッションカーにしなくてはいけないという、非常に厳しい法律だった。世界で一番大きい自動車会社、GM(General Motors:ジェネラルモーターズ)はこれをうけ、翌年、電気自動車、EV1 (Electric Vehicle One)を1000億円かけ開発した。

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EV1はスポーカーのように加速もよく、一回の5時間の充電で120から240 km走れた。トップスピードは時速120キロに制限されていたが、実験で時速300キロまでスピード出せるように設計されていた。車体価格は800万円と高かったので、GMは三年リースで、月々3万から5万円で貸し出した。

音も静かだし、加速も時速100キロまで達するのに8秒と非常にいいが、エンジンのように乱暴な加速では無いそうだ。充電もがっちとプラグを差し込むだけなので、非常に簡単だ。なんと充電のコストは大体ガソリンの10分の1と非常に安い。10年前にこれだけの車がすでに存在していた。排気ガスを出さないので環境にもいいし、性能も悪くもない、維持費も高くない、少し懐に余裕がある人で環境問題にも敏感な人にはなかなかうってつけで、実際に愛好家も多かった。

遠出をしないで、通勤に使うにはもってこいな車だ。今のように原油価格が上がって、環境問題の意識も高まってきて、燃費のよい車が飛ぶように売れているご時世なので、当然EV1も沢山売れているだろうと思うのだが、実はGMはEV1のリースを終了してしまった。新たに製造をしないどころか、現在、EV1は一台も公道を走っていないのだ。博物館に展示されている数台を残して、全て回収され人目の付かない砂漠で、全部スクラップにされてしまったのだ。特に大きな欠陥があった訳では無いのにだ。いったいなぜ?

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その2談合はアメリカにもある。ただそれはほとんど陰謀

2006年10月24日

談合はアメリカにもある。ただそれはほとんど陰謀 近未来交通機関の現在2

誰が電気自動車を殺したのか?
のつづき


仙台インターネットマガジンの読者の皆さんこんにちは佐藤研一朗です。今日は前回に引き続いて、誰が電気自動車を殺したのか、その真相の謎に迫っていきます。

この映画は、華氏 911で有名になったマイケルムーアがはやらせたドキュメンタリーの手法を使って、この謎の裏に隠された秘密を暴いていくのだ。この手の映画はいまアメリカで非常にはやっている。大手電力会社エンロンの倒産の裏側を暴いた作品や、数年前には、いかにファーストフードが悪いものかということを、監督がみずからマックを毎日三食1ヶ月食べることによって証明しようとした「スーパーサイズ・ミー」というドキュメンタリーもあった。

近年はコンピューターグラフィックが発達して、映画監督はお金さえあれば、どんな映像も作ることができる。本物か作り物か見分けが付かないほどだ。そんななかで、こういう社会派のドキュメンタリーがはやっているのは興味深いことだ。低予算で作れるため大当たりしなくても採算がとれるし、やはり現実のような空想の世界よりも、みたこともない現実の裏側を見たいという需要はいつの時代でもあるのだろう。難しそうな社会問題提起も映像になると急に説得力でてわかりやすい。この手の暴き系のドキュメンタリーは将来性があるとおもう。日本でもこの手の映画が増えればいいのに。

さて、このEV1が殺されるまでのあらすじはこうだ。カリフォルニア州のゼロ排気ガス規制(Zero-emissions vehicle Mandate)を受けて、自動車会社はことなる二つの方法で、この厳しい規制に対応しようとしたのだ。一つはEV1のような電気自動車を開発をしながら、この規制をなんとか乗り切ろうとした。

もう一方では、石油会社と手を組んで、カリフォルニア州を訴えたのだ。州政府には、自動車会社に対しどのような自動車を売るかを規制する権限はないというものだ。2000年に石油会社に近い(もしくは石油会社の利益を代表する)ジョージ・ブッシュ政権が発足し、2002年にはこの裁判に石油会社、自動車会社ともに参加をする。このような規制を作る権限は合衆国政府だけあるという理由だ。石油会社、自動車会社、そしてブッシュ政権がぐるになって、最終的にはこの規制はまったくをもって骨抜きにされてしまった。これによってGMはEV1のリースプログラムをストップし、他の自動車会社も電気自動車の開発をやめてしまった。

なるほど、内燃機関(エンジン)の自動車の効率は最悪だから、これを駆逐すると宣言していた2000年の大統領候補アル・ゴアが負けた理由もわからないでもない。こういう巨大産業を敵にまわしたからだ。

おまけ

EV1の愛好者だったトム・ハンクスがEV1について語っている。

この電気自動車の盛衰を見ていくと、アメリカ自体が、2000年に民主党のクリントン政権から、共和党のブッシュ政権に変わったことをうけ、国の環境やエネルギーなどの方針を大きく変更した事がわかる。それは、ブッシュ政権が地球温暖化防止にむけた世界的な協定である京都議定書にサインをしていないことをみても、それがよくわかる。クリントン政権はアメリカはグローバリゼーションを推し進める世界のリーダーのように振る舞っていたから、環境問題にも力を入れざる得なかった。世界もアメリカに対する憧れてや幻想があった。しかし、ブッシュ政権になり、石油会社や軍需産業とつるみ、露骨にアメリカの国益を全面に出して、中東の石油を押さえるために、戦争をしそれによって国を運営していく戦争経済に入り、アメリカに対する幻想は完全に無くなってしまったように見える。今ほどアメリカの本音がよくわかる時代はない。


石油会社はそのほかにも、電気自動車を批判した広告を新聞に載せたり、充電スタンドの設置にクレームをつけてみたりと、陰にも陽にも電気自動車の普及を阻止しようといろいろと手を尽くした。考えてもほしい、電気自動車なんてものが人気になってみんな乗り始めたら、彼らの商売はあがったりになるのだ。何たって石油を一滴も使わないで走るのだから。それこそ石油時代の終焉だ。石油会社にとって、こんなに恐ろしいことはない。どんな手を使ってでも、阻止しようとするに決まっている。何たって、自分たちの商売のために大量破壊兵器を持っていると嘘まで政府に尽かせて、他の国を攻撃してまう人達だ。これが技術の進歩、世の中の流れなんだとあきらめて、自分たちの商売をほっぽり出したりはしない。自分たちの商売の敵になるものは、どんな手を使っても倒すのだ。なるほどアメリカ的ではないか。


こんなことを言っていると、「随分世の中を斜めに見ているね。」と言われてしまいそうだ。たしかにびっくり仰天してしまうような話しで、日本人からはなかなか出てこないアグレッシブな発想だ。じゃあ、一つおもしろい例を挙げよう。それはEV1をつくたったGMの話だ。この会社には路面電車を殺した前科があるのだ。1920年代まではアメリカの都市は非常にコンパクトで、中心部も栄えていて、路面電車が沢山はしっていた。人口が30万人にも満たないこのロチェスターですら端から端まで、路面電車で行き来ができたのだ。しかし今では街は郊外郊外へと広がり、中心部は没落し、車が無ければろくに生活ができない。この辺は以前、「車社会が行き着いた先で考えたこと」で詳しく書いた。


1920年代のころの話だ、自動車が非常に人気になりGMはどんどん力をつけ、ますます事業を拡大していこうとしていた。GMは商売のじゃまになる路面電車の会社を片っ端から買収して、つぶしていったのだ。車のじゃまになる線路をはがし、架線を取り外し、路面電車をスクラップにしていった。そして路面電車はバスに置き換えられた。こうして公共交通機関が不便になり、ますます自動車が普及していった。「ファストフードが世界を食いつくす」で詳しく説明してあるので、ちょっと引用してみる。

<引用開始>
(自動車業界は)どんな手を使ってでも、(自分たちの商売のじゃまになる)鉄道を完膚無きまで打ちのめそうと心に決めていた。1920年代後半、GM社は多数のトンネル会社を利用して、密かにアメリカじゅうのトローリーシステム(路面電車システム)を買収し始めた。 〜中略〜 全部で100以上のトローリーシステムがGM社に買収をされたのち、徹底的に解体をされた。軌道がはぎ取られ、架線は取り壊された。トローリー会社はバス会社に姿を変えてしまい、新たに必要になったバスをGMが製造した。

やがてGMは、道路建設から利益を得るほかの会社を口説いて、莫大な費用がかかるトローリーシステムの買収を手伝わせはじめた。1947年、同社とその協力会社は、連邦独占禁止法違反で起訴される。二年後、シカゴにおける公判で、彼らの共謀の実態と、その裏に潜む意図が暴かれた。GM、マックトラック、(タイヤ会社の)ファイアストーン、(石油会社の)スタンダードオイル・カリフォルニア社の全てが、連邦陪審団により、二つの訴因のうちひとつについて有罪を宣告された。後日、調査報道記者ジョナサン・クイットニーは、
この事件は「公共政策の重要な問題を、政府が私企業の私利私欲に預けるとどうなるかという好例だ」と論じている。ウィリアム・J・キャンベル判事の怒りは、それほどまでには大きくなかったようだ。彼はGMその他の企業に、それぞれ5000ドルの罰金を支払うように命じた。アメリカのトローリーシステムの壊滅を密かに企てて実行に移した重役達は、おのおの1ドルの罰金を科された、そして戦後の自動車の天下は、それ以上たいした問題にぶつからずに続いた。
P25ー26 ファストフードが世界を食いつくす(Fast Food Nation) 著者エリック・シュローサー(Eric Schlosser)
<引用終了>

これと同じ事を今回も石油会社と組んでGMはまたやったのだ。アメリカにも談合はある、ただそれはほとんど陰謀だ。 つづく

その1誰が電気自動車を殺したのか?
その2談合はアメリカにもある。ただそれはほとんど陰謀

その3 アメリカの製造業の終わり

参考文書

電気自動車EV1の末路
http://www17.plala.or.jp/tokamori/jev1-0.htm

映画評論家の町山智浩さんもコラムの花道というネットラジオ放送で詳しく紹介している。
http://tbs954.cocolog-nifty.com/st/2006/07/718_bd8f.html (無料)

wikipedia General Motors EV1のページ
http://en.wikipedia.org/wiki/General_Motors_EV1

wikipedia 京都議定書のページ
http://ja.wikipedia.org/wiki/京都議定書


ファストフードが世界を食いつくす(Fast Food Nation) 著者エリック・シュローサー(Eric Schlosser)

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■10月 定例歌会と今後のスケジュール



バイバイを
いちいち
言わなくて済む
日が来るなら
大人しく帰る

10月の例会、欠席しちゃいました。
で、10月例会は題詠(お題を決めて詠む)だったんですが
もう、今までに無いくらい納得のいかない歌だったので、
ボツにさせてください。ぼつ!没!
納得いかないまま提出してしまいました。
なのでここに載せたくない(笑)
それなのに、嗚呼それなのに、点数を入れてくださった方が居たようで
わたくし心苦しいです。うう・・っ
題詠も、歌会ではやったこと無かったですが、コンテストなどでは
「テーマ」があって(要するに題詠よね)それに沿って作ったりしましたが
あらためてやってみると、難しい。
ちなみに、お題は「待つ」でした。

なので、上記の歌は例会での歌じゃありません。

気分を変えて(何)歌会のスケジュールを。

■みやぎ歌会スケジュール
・11/19(日) 13:00~
・12/17(日) 13:00~
・新春歌会 2007/01/21(日) 時間未定
 仙台国際ホテル内

※場所は「仙台市青葉区中央市民センター」です。
※予定・場所等は予告無く変更になる場合があります。

見学希望の方は、筆記用具をお持ちになり、
飛び入り大歓迎なのでどうぞいらしてくださいませ。

新春歌会、着物着たいなぁ。←すごいなんとなくな希望


■5行のたてがみ (螢 五行歌ブログ)

About 2006年10月

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