民主党、二段階右折のすすめ
民主党、二段階右折のすすめ
[投稿者:佐藤研一朗]
歴史的な選挙に勝った民主党はどのような戦略をとるべきだろうか、リバータリアンの視点から考えてみた。
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・ 悪のペンタゴンの解体が必要
・ 情報公開が大切だ
・ やさしい大きな政府は長持ちしない
・ 民主党二段階右折のすすめ
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参考資料 その下に読者とのやり取りを張りました
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<研一朗のコメント>
どうもこれを読んでいると鳩山由紀夫の考えは、小さな政府なのではないかという気がしてくる。彼の祖父に影響をあたえたというカレルギーは、オーストリア出身の人だが、なんかオーストリア学派との関係はあるのだろうか。
<Voiceより引用開始>
8月31日(月) 15時26分配信 / 国内 - 政治
≪特別寄稿≫私の政治哲学~祖父に学んだ「友愛」の旗印(1)/鳩山由紀夫(民主党代表)
鳩山由紀夫氏、「友愛」の原点を述べる。
◇党人派・鳩山一郎の政治信条◇
現代の日本人に好まれている言葉の一つが「愛」だが、これは普通〈love〉のことだ。そのため、私が「友愛」を語るのを聞いてなんとなく柔弱な印象を受ける人が多いようだ。しかし私の言う「友愛」はこれとは異なる概念である。それはフランス革命のスローガン「自由・平等・博愛」の「博愛=フラタナティ(fraternite)」のことを指す。
祖父鳩山一郎が、クーデンホフ・カレルギーの著書を翻訳して出版したとき、このフラタナティを博愛ではなくて友愛と訳した。それは柔弱どころか、革命の旗印ともなった戦闘的概念なのである。
クーデンホフ・カレルギーは、いまから86年前の大正12年(1923年)『汎ヨーロッパ』という著書を刊行し、今日のEUにつながる汎ヨーロッパ運動の提唱者となった。彼は日本公使をしていたオーストリア貴族と麻布の骨董商の娘青山光子の次男として生まれ、栄次郎という日本名ももっていた。
カレルギーは昭和10年(1935年)『Totalitarian State AgainstMan(全体主義国家対人間)』と題する著書を出版した。それはソ連共産主義とナチス国家社会主義に対する激しい批判と、彼らの侵出を許した資本主義の放恣に対する深刻な反省に満ちている。
カレルギーは、「自由」こそ人間の尊厳の基礎であり、至上の価値と考えていた。そして、それを保障するものとして私有財産制度を擁護した。その一方で、資本主義が深刻な社会的不平等を生み出し、それを温床とする「平等」への希求が共産主義を生み、さらに資本主義と共産主義の双方に対抗するものとして国家社会主義を生み出したことを、彼は深く憂いた。
「友愛が伴わなければ、自由は無政府状態の混乱を招き、平等は暴政を招く」
ひたすら平等を追う全体主義も、放縦に堕した資本主義も、結果として人間の尊厳を冒し、本来目的であるはずの人間を手段と化してしまう。人間にとって重要でありながら自由も平等もそれが原理主義に陥るとき、それがもたらす惨禍は計り知れない。それらが人間の尊厳を冒すことがないよう均衡を図る理念が必要であり、カレルギーはそれを「友愛」に求めたのである。
「人間は目的であって手段ではない。国家は手段であって目的ではない」
彼の『全体主義国家対人間』は、こういう書き出しで始まる。
カレルギーがこの書物を構想しているころ、二つの全体主義がヨーロッパを席巻し、祖国オーストリアはヒットラーによる併合の危機に晒されていた。彼はヨーロッパ中を駆け巡って、汎ヨーロッパを説き、反ヒットラー、反スターリンを鼓吹した。しかし、その奮闘もむなしくオーストリアはナチスのものとなり、彼は、やがて失意のうちにアメリカに亡命することとなる。映画『カサブランカ』は、カレルギーの逃避行をモデルにしたものだという。
カレルギーが「友愛革命」を説くとき、それは彼が同時代において直面した、左右の全体主義との激しい戦いを支える戦闘の理論だったのである。
戦後、首相の地位を目前にして公職追放となった鳩山一郎は、浪々の徒然にカレルギーの書物を読み、とりわけ共感を覚えた『全体主義国家対人間』を自ら翻訳し、『自由と人生』という書名で出版した。鋭い共産主義批判者であり、かつ軍部主導の計画経済(統制経済)に対抗した鳩山一郎にとって、この書は、戦後日本に吹き荒れるマルクス主義勢力(社会、共産両党や労働運動)の攻勢に抗し、健全な議会制民主主義を作り上げるうえで、最も共感できる理論体系に見えたのだろう。
鳩山一郎は、一方で勢いを増す社共両党に対抗しつつ、他方で官僚派吉田政権を打ち倒し、党人派鳩山政権を打ち立てる旗印として「友愛」を掲げたのである。彼の筆になる『友愛青年同志会綱領』(昭和28年)はその端的な表明だった。
「われわれは自由主義の旗のもとに友愛革命に挺身し、左右両翼の極端なる思想を排除して、健全明朗なる民主社会の実現と自主独立の文化国家の建設に邁進する」
彼の「友愛」の理念は、戦後保守政党の底流に脈々として生きつづけた。60年安保を経て、自民党は労使協調政策に大きく舵を切り、それが日本の高度経済成長を支える基礎となった。その象徴が昭和40年(1965年)に綱領的文書として作成された『自民党基本憲章』である。
その第1章は「人間の尊重」と題され、「人間はその存在が尊いのであり、つねにそれ自体が目的であり、決して手段であってはならない」と記されている。労働運動との融和を謳った『自民党労働憲章』にも同様の表現がある。明らかに、カレルギーの著書からの引用であり、鳩山一郎の友愛論に影響を受けたものだろう。この二つの憲章は、鳩山、石橋内閣の樹立に貢献し、池田内閣労相として日本に労使協調路線を確立した石田博英によって起草されたものである。
◇自民党一党支配の終焉と民主党立党宣言◇
戦後、自民党が内外の社会主義陣営に対峙し、日本の復興と高度経済成長の達成に尽くしたことは大きな功績であり、歴史的評価に値する。しかし、冷戦終焉後も経済成長自体が国家目標であるかのような惰性の政治に陥り、変化する時代環境のなかで国民生活の質的向上をめざす政策に転換できない事態が続いた。その一方で政官業の癒着がもたらす政治腐敗が自民党の宿痾となった観があった。
私は、冷戦が終わったとき、高度成長を支えた自民党の歴史的役割も終わり、新たな責任勢力が求められていると痛感した。そして祖父が創設した自民党を離党し、新党さきがけの結党に参加し、やがて自ら党首となって民主党を設立するに至った。
平成8年9月11日「(旧)民主党」結党。その「立党宣言」にいう。
「私たちがこれから社会の根底に据えたいと思っているのは『友愛』の精神である。自由は弱肉強食の放埒に陥りやすく、平等は『出る釘は打たれる』式の悪平等に堕落しかねない。その両者のゆきすぎを克服するのが友愛であるけれども、それはこれまでの100年間はあまりに軽視されてきた。20世紀までの近代国家は、人々を国民として動員するのに急で、そのために人間を一山いくらで計れるような大衆(マス)としてしか扱わなかったからである。(中略)
私たちは、一人ひとりの人間は限りなく多様な個性をもった、かけがえのない存在であり、だからこそ自らの運命を自ら決定する権利をもち、またその選択の結果に責任を負う義務があるという『個の自立』の原理と同時に、そのようなお互いの自立性と異質性をお互いに尊重しあったうえで、なおかつ共感しあい一致点を求めて協働するという『他との共生』の原理を重視したい。そのような自立と共生の原理は、日本社会の中での人間と人間の関係だけでなく、日本と世界の関係、人間と自然の関係にも同じように貫かれなくてはならない」
武者小路実篤は「君は君、我は我也、されど仲良き」という有名な言葉を残している。「友愛」とは、まさにこのような姿勢で臨むことなのだ。
「自由」や「平等」が時代環境とともにその表現と内容を進化させていくように、人間の尊厳を希求する「友愛」もまた時代環境とともに進化していく。私は、カレルギーや祖父一郎が対峙した全体主義国家の終焉を見た当時、「友愛」を「自立と共生の原理」と再定義したのである。
そしてこの日から13年が経過した。この間、冷戦後の日本は、アメリカ発のグローバリズムという名の市場原理主義に翻弄されつづけた。至上の価値であるはずの「自由」、その「自由の経済的形式」である資本主義が原理的に追求されていくとき、人間は目的ではなく手段におとしめられ、その尊厳を失う。金融危機後の世界で、われわれはこのことにあらためて気が付いた。道義と節度を喪失した金融資本主義、市場至上主義にいかにして歯止めをかけ、国民経済と国民生活を守っていくか。それがいまわれわれに突き付けられている課題である。
この時にあたって、私は、かつてカレルギーが自由の本質に内在する危険を抑止する役割を担うものとして「友愛」を位置づけたことをあらためて想起し、再び「友愛の旗印」を掲げて立とうと決意した。平成21年5月16日、民主党代表選挙に臨んで、私はこう言った。
「自ら先頭に立って、同志の皆さんとともに、一丸となって難局を打開し、共に生きる社会『友愛社会』をつくるために、必ず政権交代を成し遂げたい」
私にとって「友愛」とは何か。それは政治の方向を見極める羅針盤であり、政策を決定するときの判断基準である。そして、われわれがめざす「自立と共生の時代」を支える精神たるべきものと信じている。
◇衰弱した「公」の領域を復興◇
現時点においては、「友愛」は、グローバル化する現代資本主義の行き過ぎを正し、伝統のなかで培われてきた国民経済との調整をめざす理念といえよう。それは、市場至上主義から国民の生活や安全を守る政策に転換し、共生の経済社会を建設することを意味する。
いうまでもなく、今回の世界経済危機は、冷戦終焉後アメリカが推し進めてきた市場原理主義、金融資本主義の破綻によってもたらされたものである。米国のこうした市場原理主義や金融資本主義は、グローバルエコノミーとかグローバリゼーションとかグローバリズムとか呼ばれた。
米国的な自由市場経済が、普遍的で理想的な経済秩序であり、諸国はそれぞれの国民経済の伝統や規制を改め、経済社会の構造をグローバルスタンダード(じつはアメリカンスタンダード)に合わせて改革していくべきだという思潮だった。
日本の国内でも、このグローバリズムの流れをどのように受け入れていくか、これを積極的に受け入れ、すべてを市場に委ねる行き方を良しとする人たちと、これに消極的に対応し、社会的な安全網(セーフティネット)の充実や国民経済的な伝統を守ろうという人たちに分かれた。小泉政権以来の自民党は前者であり、私たち民主党はどちらかというと後者の立場だった。
各国の経済秩序(国民経済)は年月をかけて出来上がってきたもので、その国の伝統、慣習、国民生活の実態を反映したものだ。したがって世界各国の国民経済は、歴史、伝統、慣習、経済規模や発展段階など、あまりにも多様なものなのである。グローバリズムは、そうした経済外的諸価値や環境問題や資源制約などをいっさい無視して進行した。小国のなかには、国民経済が大きな打撃を被り、伝統的な産業が壊滅した国さえあった。
資本や生産手段はいとも簡単に国境を越えて移動できる。しかし、人は簡単には移動できないものだ。市場の論理では「人」というものは「人件費」でしかないが、実際の世の中では、その「人」が地域共同体を支え、生活や伝統や文化を体現している。人間の尊厳は、そうした共同体のなかで、仕事や役割を得て家庭を営んでいくなかで保持される。
冷戦後の今日までの日本社会の変貌を顧みると、グローバルエコノミーが国民経済を破壊し、市場至上主義が社会を破壊してきた過程といっても過言ではないだろう。郵政民営化は、長い歴史をもつ郵便局とそれを支えてきた人々の地域社会での伝統的役割をあまりにも軽んじ、郵便局のもつ経済外的価値や共同体的価値を無視し、市場の論理によって一刀両断にしてしまったのだ。
農業や環境や医療など、われわれの生命と安全にかかわる分野の経済活動を、無造作にグローバリズムの奔流のなかに投げ出すような政策は、「友愛」の理念からは許されるところではない。また生命の安全や生活の安定にかかわるルールや規制はむしろ強化しなければならない。
グローバリズムが席巻するなかで切り捨てられてきた経済外的な諸価値に目を向け、人と人との絆の再生、自然や環境への配慮、福祉や医療制度の再構築、教育や子どもを育てる環境の充実、格差の是正などに取り組み、「国民一人ひとりが幸せを追求できる環境を整えていくこと」が、これからの政治の責任であろう。
この間、日本の伝統的な公共の領域は衰弱し、人々からお互いの絆が失われ、公共心も薄弱となった。現代の経済社会の活動には「官」「民」「公」「私」の別がある。官は行政、民は企業、私は個人や家庭だ。公はかつての町内会活動やいまのNPO活動のような相互扶助的な活動を指す。経済社会が高度化し、複雑化すればするほど、行政や企業や個人には手の届かない部分が大きくなっていく。経済先進国であるほど、NPOなどの非営利活動が大きな社会的役割を担っているのはそのためだといえる。それは「共生」の基盤でもある。それらの活動は、GDPに換算されないものだが、われわれが真に豊かな社会を築こうというとき、こうした公共領域の非営利的活動、市民活動、社会活動の層の厚さが問われる。
「友愛」の政治は、衰弱した日本の「公」の領域を復興し、また新たなる公の領域を創造し、それを担う人々を支援していく。そして人と人との絆を取り戻し、人と人が助け合い、人が人の役に立つことに生きがいを感じる社会、そうした「共生の社会」を創ることをめざす。
財政の危機はたしかに深刻だ。しかし「友愛」の政治は、財政の再建と福祉制度の再構築を両立させる道を、慎重かつ着実に歩むことをめざす。財政再建を、社会保障政策の一律的抑制や切り捨てによって達成しようという、また消費税増税によって短兵急に達成しようという財務省主導の財政再建論には与しない。
財政の危機は、長年の自民党政権の失政に帰するものである。それは、官僚主導の中央集権政治とその下でのバラマキ政治、無批判なグローバリズム信仰が生んだセーフティネットの破綻と格差の拡大、政官業癒着の政治がもたらした政府への信頼喪失など、日本の経済社会の危機の反映なのである。
したがって、財政危機の克服は、われわれがこの国のかたちを地域主権国家に変え、徹底的な行財政改革を断行し、年金はじめ社会保障制度の持続可能性についての国民の信頼を取り戻すこと、つまり政治の根本的な立て直しの努力を抜きにしてはなしえない課題なのである。
◇地域主権国家の確立◇
私は、代表選挙の立候補演説において「私が最も力を入れたい政策」は「中央集権国家である現在の国のかたちを『地域主権の国』に変革」することだといった。同様の主張は、13年前の旧民主党結党宣言にも書いた。「小さな中央政府・国会と、大きな権限をもった効率的な地方政府による『地方分権・地域主権国家』」を実現し、「そのもとで、市民参加・地域共助型の充実した福祉と、将来にツケを回さない財政・医療・年金制度を両立させていく」のだと。
クーデンホフ・カレルギーの「友愛革命」(『全体主義国家対人間』第12章)のなかにこういう一節がある。
「友愛主義の政治的必須条件は連邦組織であって、それは実に、個人から国家をつくり上げる有機的方法なのである。人間から宇宙に至る道は同心円を通じて導かれる。すなわち人間が家族をつくり、家族が自治体(コミューン)をつくり、自治体が郡(カントン)をつくり、郡が州(ステイト)をつくり、州が大陸をつくり、大陸が地球をつくり、地球が太陽系をつくり、太陽系が宇宙をつくり出すのである」
カレルギーがここで言っているのは、いまの言葉で言えば「補完性の原理」ということだろう。それは「友愛」の論理から導かれる現代的政策表現ということができる。
経済のグローバル化は避けられない時代の現実だ。しかし、経済的統合が進むEUでは、一方でローカル化ともいうべき流れも顕著である。ベルギーの連邦化やチェコとスロバキアの分離独立などはその象徴である。グローバル化する経済環境のなかで、伝統や文化の基盤としての国あるいは地域の独自性をどう維持していくか。それはEUのみならず、これからの日本にとっても大きな課題である。
グローバル化とローカル化という二つの背反する時代の要請への回答として、EUはマーストリヒト条約やヨーロッパ地方自治憲章において「補完性の原理」を掲げた。補完性の原理は、今日では、たんに基礎自治体優先の原則というだけでなく、国家と超国家機関との関係にまで援用される原則となっている。こうした視点から、補完性の原理を解釈すると以下のようになる。
個人でできることは、個人で解決する。個人で解決できないことは、家庭が助ける。家庭で解決できないことは、地域社会やNPOが助ける。これらのレベルで解決できないときに初めて行政がかかわることになる。そして基礎自治体で処理できることは、すべて基礎自治体でやる。基礎自治体ができないことだけを広域自治体がやる。広域自治体でもできないこと、たとえば外交、防衛、マクロ経済政策の決定など、を中央政府が担当する。そして次の段階として、通貨の発行権など国家主権の一部も、EUのような国際機構に移譲する……。
補完性の原理は、実際の分権政策としては、基礎自治体重視の分権政策ということになる。われわれが、友愛の現代化を模索するとき、必然的に補完性の原理に立脚した「地域主権国家」の確立に行き着く。
道州制の是非を含む今後の日本の地方制度改革においては、伝統や文化の基盤としての自治体の規模はどうあるべきか、住民による自治が有効に機能する自治体の規模はどうあるべきか、という視点を忘れてはならない。
私は民主党代表選挙の際の演説でこう語った。
「国の役割を、外交・防衛、財政・金融、資源・エネルギー、環境等に限定し、生活に密着したことは権限、財源、人材を『基礎的自治体』に移譲し、その地域の判断と責任において決断し、実行できる仕組みに変革します。国の補助金は廃止し、地方に自主財源として一括交付します。すなわち国と地域の関係を現在の実質上下関係から並列の関係、役割分担の関係へと変えていきます。この変革により、国全体の効率を高め、地域の実情に応じたきめの細かい、生活者の立場に立った行政に変革します」
身近な基礎自治体に財源と権限を大幅に移譲し、サービスと負担の関係が見えやすいものとすることによって、初めて地域の自主性、自己責任、自己決定能力が生まれる。それはまた地域の経済活動を活力あるものにし、個性的で魅力に富んだ美しい日本列島を創る道でもある。
「地域主権国家」の確立こそは、とりもなおさず「友愛」の現代的政策表現であり、これからの時代の政治目標にふさわしいものだ。
◇ナショナリズムを抑える東アジア共同体◇
「友愛」が導くもう一つの国家目標は「東アジア共同体」の創造であろう。もちろん、日米安保体制は、今後も日本外交の基軸でありつづけるし、それは紛れもなく重要な日本外交の柱である。同時にわれわれは、アジアに位置する国家としてのアイデンティティを忘れてはならないだろう。経済成長の活力に溢れ、ますます緊密に結びつきつつある東アジア地域を、わが国が生きていく基本的な生活空間と捉えて、この地域に安定した経済協力と安全保障の枠組みを創る努力を続けなくてはならない。
今回のアメリカの金融危機は、多くの人に、アメリカ一極時代の終焉を予感させ、またドル基軸通貨体制の永続性への懸念を抱かせずにはおかなかった。私も、イラク戦争の失敗と金融危機によってアメリカ主導のグローバリズムの時代は終焉し、世界はアメリカ一極支配の時代から多極化の時代に向かうだろうと感じている。しかし、いまのところアメリカに代わる覇権国家は見当たらないし、ドルに代わる基軸通貨も見当たらない。一極時代から多極時代に移るとしても、そのイメージは曖昧であり、新しい世界の政治と経済の姿がはっきり見えないことがわれわれを不安にしている。それがいま私たちが直面している危機の本質ではないか。
アメリカは影響力を低下させていくが、今後2、30年は、その軍事的経済的な実力は世界の第一人者のままだろう。また圧倒的な人口規模を有する中国が、軍事力を拡大しつつ、経済超大国化していくことも不可避の趨勢だ。日本が経済規模で中国に凌駕される日はそう遠くはない。覇権国家でありつづけようと奮闘するアメリカと、覇権国家たらんと企図する中国の狭間で、日本は、いかにして政治的経済的自立を維持し、国益を守っていくのか。これからの日本の置かれた国際環境は容易ではない。
これは、日本のみならず、アジアの中小規模国家が同様に思い悩んでいるところでもある。この地域の安定のためにアメリカの軍事力を有効に機能させたいが、その政治的経済的放恣はなるべく抑制したい、身近な中国の軍事的脅威を減少させながら、その巨大化する経済活動の秩序化を図りたい。これは、この地域の諸国家のほとんど本能的要請であろう。それは地域的統合を加速させる大きな要因でもある。
そして、マルクス主義とグローバリズムという、良くも悪くも、超国家的な政治経済理念が頓挫したいま、再びナショナリズムが諸国家の政策決定を大きく左右する時代となった。数年前の中国の反日暴動に象徴されるように、インターネットの普及は、ナショナリズムとポピュリズムの結合を加速し、時として制御不能の政治的混乱を引き起こしかねない。
そうした時代認識に立つとき、われわれは、新たな国際協力の枠組みの構築をめざすなかで、各国の過剰なナショナリズムを克服し、経済協力と安全保障のルールを創り上げていく道を進むべきであろう。ヨーロッパと異なり、人口規模も発展段階も政治体制も異なるこの地域に、経済的な統合を実現することは、一朝一夕にできることではない。しかし、日本が先行し、韓国、台湾、香港が続き、ASEANと中国が果たした高度経済成長の延長線上には、やはり地域的な通貨統合、「アジア共通通貨」の実現を目標としておくべきであり、その背景となる東アジア地域での恒久的な安全保障の枠組みを創出する努力を惜しんではならない。
いまやASEAN、日本、中国(含む香港)、韓国、台湾のGDP合計額は世界の4分の1となり、東アジアの経済的力量と相互依存関係の拡大と深化は、かつてない段階に達しており、この地域には経済圏として必要にして十分な下部構造が形成されている。しかし、この地域の諸国家間には、歴史的文化的な対立と安全保障上の対抗関係が相俟って、政治的には多くの困難を抱えていることもまた事実だ。
しかし、軍事力増強問題、領土問題など地域的統合を阻害している諸問題は、それ自体を日中、日韓などの二国間で交渉しても解決不能なものなのであり、二国間で話し合おうとすればするほど双方の国民感情を刺激し、ナショナリズムの激化を招きかねないものなのである。地域的統合を阻害している問題は、じつは地域的統合の度合いを進めるなかでしか解決しないという逆説に立っている。たとえば地域的統合が領土問題を風化させるのはEUの経験で明らかなところだ。
私は「新憲法試案」(平成17年)を作成したとき、その「前文」に、これからの半世紀を見据えた国家目標を掲げて、次のように述べた。
「私たちは、人間の尊厳を重んじ、平和と自由と民主主義の恵沢を全世界の人々とともに享受することを希求し、世界、とりわけアジア太平洋地域に恒久的で普遍的な経済社会協力及び集団的安全保障の制度が確立されることを念願し、不断の努力を続けることを誓う」
私は、それが日本国憲法の理想とした平和主義、国際協調主義を実践していく道であるとともに、米中両大国のあいだで、わが国の政治的経済的自立を守り、国益に資する道でもある、と信じる。またそれは、かつてカレルギーが主張した「友愛革命」の現代的展開でもあるのだ。
こうした方向感覚からは、たとえば今回の世界金融危機後の対応も、従来のIMF、世界銀行体制のたんなる補強だけではなく、将来のアジア共通通貨の実現を視野に入れた対応が導かれるはずだ。
アジア共通通貨の実現には今後10年以上の歳月を要するだろう。それが政治的統合をもたらすまでには、さらなる歳月が必要であろう。世界経済危機が深刻な状況下で、これを迂遠な議論と思う人もいるかもしれない。しかし、われわれが直面している世界が混沌として不透明で不安定であればあるほど、政治は、高く大きな目標を掲げて国民を導いていかなければならない。
いまわれわれは、世界史の転換点に立っており、国内的な景気対策に取り組むだけでなく、世界の新しい政治、経済秩序をどう創り上げていくのか、その決意と構想力を問われているのである。
今日においては「EUの父」と讃えられるクーデンホフ・カレルギーが、86年前に『汎ヨーロッパ』を刊行したときの言葉がある。彼は言った。
「すべての偉大な歴史的出来事は、ユートピアとして始まり、現実として終わった」、そして「一つの考えがユートピアにとどまるか、現実となるかは、それを信じる人間の数と実行力にかかっている」と。
<Voiceより引用終了>
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<読者とのやり取り>
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アガッペさんとのやりとりです。
佐藤研一朗 様
今日は。お返事有り難うございます。
ラジオで取り上げられる問題ごとに意見を出し合えたら、面白いですね。
今、「郵政民営化法案を考える」というページを読ませてもらっていました。
私読むのがゆっくりなので、いっぺんには読めなくて、少しずつ以前のページを読ませて頂いております。
私には二人子供がいます(男の子)。
長男は今 中学三年生です。
小学生の頃は生徒会活動にも力を入れて張り切っていたんですが、
中学に入ってからは、全く生徒会に興味を示さず、
「何で?」と訊くと、
「結局は先生達の管理下で、権限なんか全然ないから。」
と言っていました。
「頑張って、変えていきよ!」
と言っても、しらっとされてしまいました。
研一朗さんからのメールを読んで、この息子とのやりとりを思い出しました。
全くその通りです。権限なくて興味を失って参加しなくなっているのです。
「諦め」に・・似ているのでしょうか。
二十代後半、親元を離れて苦労なさって・・・得るものは多かったと思いますよ。
人格の形成に「孤独」は必須というじゃありませんか^^
私はぼんやり生きてきて、最近です・・政治や経済に興味を持ち始めたのは・・。
それと、HP読んでいて、「リバータリアン」って何??っと思いました。
知らない事多過ぎてお恥ずかしいです。
検索して 調べています^^
研一朗さんが尊敬していらっしゃると書いていた
「副島隆彦の学問道場」というのをチラリと覗いてみましたが、
ビックリ!「小室直樹文献目録」というものを見つけました。
小室さんの著書を数年前に何冊か読んで以来、私は彼の大ファンなんです。
でも・・小室さんと副島さんでは・・何かが違うような印象を感じました。
まだ ちらりとしか見ていないので何とも解りませんが・・。
何か違うような???・・・
では、お忙しいでしょうから返事は無理なさらないで下さいね。
掲示板の方にも、書き込みさせて頂きますね。
「自民党」「民主党」疑問・つぶやきたい事・・あります。 勉強させて下さいね。
今夜は地域の夏祭りです^^
お手伝い・・今年は「輪投げコーナー」担当。ちびっこと遊んできます^^
では、また・・^^
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今晩は。
お元気そうで良かったです^^
今日は少し真面目にメールしますね。
先日は、副島さんと小室さんが何か違う・・なんて書いて・・言いっ放しにして失礼しました。
(メールを書いた後急いでお祭りに出かけてしまいました。)
あれを書いた後、あー・・もしかして研一朗さんに嫌われるかもぉとか思いながらも
違いについて どう説明したものか・・ぼんやりと考えたりしました。(海でぼんやりしながらもね^^)
それで、どうしてそう感じたのかを書きますね。
副島さんは民主党を応援されているようだから なんです。
今のガタガタになった日本の状態を造りだしてきたのは政権を担ってきた自民党だと思います。
官僚達も度を越して税金をむさぼり過ぎたと思いますし、
竹中平蔵さんも許せないです。(経済を知っていながらの郵政民営化での言動・・・確信犯だと思います。)
今の自民党に任せられない気持ちは私にもあります。
でも、 自民党がアメリカの犬ならば 民主党は中韓の犬 に見えるのです。
どちらも媚びへつらって・・ 日本が自立出来ないのは同じじゃないかと思えるのです。
それと・・・
民主党の掲げる
「外国人参政権」「地方分権」を同時進行すれば、こんな小さな日本は他国に侵略されてしまいます。
人口密度の低い地方から、順に占領してしまえば、他愛もない事です。
中国・韓国・ロシア・・・領土問題こじれにこじれている現状を見ている人間が掲げる政策ではないと思います。
武力戦争だけが、他国を侵略する方法とは限らないと思うのです。
民主党政策だと、他国は人口を日本の地方に移動させ・・血を流さずに地方を自国のものとし、利益を吸い取る事も出来ると思います。
一例ですが・・
島根県(竹島のあるところ)は日本でも人口密度最下位くらいだったとおもいます。
私の体験というか・・肌で感じることなんですが、大阪は在日韓国人朝鮮人の方達が多いです。
私の幼馴染にも居て、その子は定期的に同胞の集まる会合(集会)に行っていました。
青年部みたいな組織があるそうで(社会人前の学生集団でしょうか?詳しくは聞いていないんですが)、
議長もいて(団長って呼ばれていたかな?)、会合では熱い議論が交わされていたそうです。
幼馴染も会合に出席するごとに反日感情が強くなり、議論が凄く上手になっていきました。饒舌になってきたという方がいいかな。
お酒に酔った時には泣き喚いたりしながら訴えていました。日本人を馬鹿にしたり、戦争の謝罪が足りないとか言い出すようになり、
急に変わってきた友人を見て、
「ああ・・そんな教育をされる会合なんだ・・」と私は思いました。
集団で熱気に溢れた会場で、団長が熱弁をふるう・・・。集団に呼びかけ、集団で行動する事も可能なのです。
(今はネットがあるので、集会がなくても同じでしょうか・・・。)
政治的に考えて、組織的に動ける団体に力を持たれては、脅威(大きな力)になるのではないでしょうか。
公明党も選挙時に組織的に動いておられます。
始めは多くの国民も、「たかが宗教団体。なんてことない。」と高を括っていたと思われますが、十年二十年・・・・・
今や政権を左右する大きな党になってしまっています。
支持母体である創価学会には在日の方達が大勢おられます。
昨年、民主・公明と協力して国籍法を改定したように、外国人参政権までもが国民の知るよしもないところで通されてしまってはと
不安でなりません。
外国人参政権は日本人の居場所さえ奪ってしまうのではないでしょうか・・。
私は子供を持つ親なので、特に次の世代の方達を守りたいと思ってしまうのかもしれません・・・。
視野も狭くて、偏った見方なのかもしれませんが・・・・
民主党には任せられないのです。
税金を上げる上げないの問題じゃなくて、国そのものを崩してしまう問題だと思ったのです。
民主党の中にも政策に反対の方がいるそうですが、
トップの方達の意見がそうであるのならば、問題が問題だけに意見の違う方は民主党から出るべきだと思いました。
私が思った事、私の言葉で伝えられていたらいいんですが・・・・・。
小室直樹さんの「国家」というものの考え方と民主党の考え方とは根っこの部分で違うと思ったのです・・。
政治家や官僚達が無茶苦茶してきたのは許せないというのは同じなんですが、それとは違う部分・・根幹部分が違うような・・・。
数冊読んだくらいの私に言われたくないかもしれませんね(汗)
でも、国を足元から崩す政策には反対されるであろう方だと思います。
<余談ですが>地方分権も、その土地に住む人々の意見意志のもとに政治が行われて良い事だと思います。
が、それをするなら、暴走するリーダーが現れた際には国が歯止めを効かす法律を作ってからとか、順序があると思います。
順序を間違えると、大変な事になってしまうと思うのです。
<またまた余談ですが>海水浴から帰って来て「たかじんのそこまで言って委員会」という番組を見たんですが、
前に研一朗さんが、学校の生徒会と選挙のお話をされていましたが、出演者の方が同じような事をおっしゃっていました。
同じように感じる方達もいるもんだぁ・・・と思いました。
(研一朗さんのラジオの方がずっと先に聴きましたよ♪)
今夜は長々と書いてしまいました。
それにしても、先日は失礼しました・・本当にごめんなさい。
おかしな考え方だったら、指摘して下さいね。
私、右翼でも左翼でもないですよ(笑)
外国の方とも仲良くやっていきたいと思いますし、日本人で良かったとも思いたいです。
外国人でも日本人でも、好きな人は好き、嫌いな人は嫌い。
でも、偏屈なのかなぁ・・・・・・。
ラジオ楽しみにしています。頑張って下さいね^^
アガッペ
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あがっぺさん
佐藤研一朗です。メールありがとうございました。ちょうど取り上げようと思っていたテーマだったので、また来週にでもラジオで取り上げたいなあと思います。
それにしてもアガッペさんも、普通の人じゃないですねえ。笑)
なかなか、普通の人がさらさらとこういう指摘はできないですよ。
もう少し、自分の政治のバックグラウンドを明かしてもらえると、話しやすいんですよね。なんといったらいいかポジションというのですかねえ。
副島隆彦と、小室直樹の違いは、もちろんあるでしょうね。師匠と弟子がまったく同じだと、ある意味意味がないですからね。
副島氏は、もともと左翼で、それから右より担って、最終的にはリバータリアンよりになった人です。自分でそう公言されています。小室氏は、もともと軍国少年で、ものすごい秀才だったから、終戦後にアメリカに留学して、世界の学問を勉強してきた人です。二人とも面白い経歴を持っていますが、まあそのバックグランドが、思想の違いをうみだしているのではないでしょうかね。
副島氏と小室氏の思想の中で、(事実認識の中で)異なっているのは、現在の日本の立場ではないでしょうかね。副島氏は日本をアメリカの属国だと考えています。小室氏は、山鹿素行の「中朝事実」の、日本こそが中国である。(つまり世界の中心)という、考えが心の奥にあるのだろうと思います。(彼の論理の方法という本に載っているのでそっちを読んで下さい。)小室氏には、神聖なる日本がアメリカにこてんぱに負けたことがやはり受け入れられないのだと思います。
私ははぐれ日本人で、アメリカの端っこで、暮らしている変わり者の日本人です。どちらかといえば右から入って、今はリバータリアン(政府は小さいほうがいい、税金はないほうがいい、政府は民間に口を出さないほうがいいという立場)と読んでもらってかまいません。
自分としては、日本の現状を認識するときは、副島氏の属国論の立場をとります。残念ながらそれが事実ですからね。現状認識でいえば、日本はアメリカの属国である。でも、中国や韓国の属国ではない。これが正しいと思います。(将来それが変わる事はあるかもしれませんが。)これをしっかり理解することが一番大切です。ですから今日本が一番最初にやらなくてはいけないことは、アメリカからの独立です。
「自民党がアメリカの犬ならば 民主党は中韓の犬」、私の20台の若い友人もおなじよう考えをしていました。ネットの右より若者はみんなそのようにかんがえているのではないでしょうか。でもやはりここには、日本はアメリカの属国である。でも、中国や韓国の属国ではない。という理解がありません。日本国民がここ20年も不景気仰いで、貧乏に暮らしているのは、中国や韓国のせいではなくて、(日銀と日本の官僚のせいと)、アメリカの金融詐欺にあったからです。そのことを理解できないのは、なんででしょうかね。
今ついにアメリカ帝国がついに崩壊を始めました。何事も物事を前に進めるためには、まずアメリカから独立(それと官僚からの独立)を果たさなくてはならないということです。
今日はこれだけにしておきます。
まあ、ゆっくり、ラジオで話します。題名は民主党二段階右折のススメです。
佐藤研一朗拝
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今日は。
お返事有り難うございました^^
私、普通の主婦で、どちらかというと・・・ぼけぇっと・・暮らしています・・(お恥ずかしいです)
>もう少し、自分の政治のバックグラウンドを明かしてもらえると、話しやすいんですよね。なんといったらいいかポジションというのですかねえ。
自分の政治的バックグラウンド・ポジションなんて考えた事ありませんでした(汗)
息子と一緒にテレビを観ていて、
「お母さんって、右翼でも左翼でもないよね?」
って訊いたら、
「はぁ?母さんは右翼思想。しかもかなり右よりな思想。
ちなみに○○先生(学校の社会科の先生)は左翼思想。中国共産党から送られてきた人造人間とも言われている。」
と言って笑わせてくれました。
「ちょーどいいやん!両方の思想が聴けて!^^」
と私は息子に言いました。
右翼って、街宣車に乗って回っている過激な団体を指すのだと思っていました。
左翼は朝日新聞社とかの言論活動されている方々の団体かと・・・・。
右翼左翼というのは団体ではなく思想を表していると、中学生に教わりました(またまた、お恥ずかしいです)
という訳で、私はかなり右よりな右翼思想みたいです。
でも、私の中での右翼って(今まで右翼といえば街宣車団体)・・ほぉんとあんまりいいイメージがないんです・・・。
煩い街宣車のイメージが抜けないんです。
自分が右翼だったなんて・・・。私としては右翼は悪いイメージが強いみたいなんですが、私は右翼のようです。
「日本がアメリカの属国である。」これは、私もそう思います。
自立出来ていないので、自立して欲しいのに・・・また自立出来なくなる道を選んでしまいそうなのが心配です。
日本の政権を担っている党(実質国政を動かせる人物)を意のままに操れる国(人物)が居る。
これが「支配されている」とか「犬」とか「言いなり」とか「属国」とかの私の理解です。
アメリカからの「年次要望書」の通りにしなければいけない、なんてアメリカの属国以外の何者でもないと思います。
後、米国債をいくら買っているのか、これもアメリカがこければ日本もこけるに繋がるかと思います。
また、次に民主党が政権を担った時にですが、
国民の意識が官僚制打破ばかりに向かっている内に、
そして、政権交代でシステムが混乱している内に、国を揺るがす危ない法案が通ってしまうのが不安です。
政治って、時には制度を変えた張本人が意図しない方向へ向かってしまう事もあると思うのです。
「そんなつもりじゃない。良かれと思って・・。」といった事も、制度次第では全く違う結果が生まれたりすると思います。
外国人参政権がそれに当たるかと思います。
意見を吸い上げてあげる事や優しく接してあげる事はとても大切だと思うのですが、
参政権とは次元の違うものだと思います。
憲法・・日本国民の為に、日本人によって新たに作って欲しいです。真に自立した国として、当たり前の国として。
小室直樹さんの著書、私には影響大きいです。
って、また真面目にメールしましたが、、重たくないですか?うざい女みたいに思われるかなぁ・・・。
子供達が大人になって働いて生活する時、
税金で稼ぎの多くを持っていかれるのには大反対です。
対策として、公務員の数を(国家公務員も地方公務員も)減らすべきだと思います。
能力のある人を少数起用するのがいいと思います。
バックグラウンドって・・・こんなのでいいでしょうか・・?・・。
的外れかな??
追伸:知人と話していて、
「一回民主に任せてみたらいいよ。そんなに心配しなくても、革命じゃないんだから、大きくは変わらないよ。
今までの自民党や官僚制の膿を出せると思ったらいいんじゃないの?」
ってお話になりました。そうなのかなぁ?そんなもんなのかなぁ?
では、また^^
アガッペ
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あがっぺさん
佐藤研一朗です。ラジオを更新してみました。言いたいことがつたわったかどうかはわかりませんが、一応言いたいことの半分くらいはいえたかなあと。
今週末に、ボストンに投票に行くのですが、まあ、選挙区を見るとまあろくな政治家がいませんね。それは自民も民主も同じです。その点においては、まったく、うんざりする思いです。仙台市民というのはまったくもって政治的な人たちではないんですよ。政治のせの字も考えない人が多いので、候補者もそれに合わせたような人ばかりです。自民も民主も選挙区でみていけば、それほど代わりがないと思います。長年やっていて癒着しているかしていないかの差でしょう。
「一回民主に任せてみたらいいよ。そんなに心配しなくても、革命じゃないんだから、大きくは変わらないよ。
今までの自民党や官僚制の膿を出せると思ったらいいんじゃないの?」
これがまさに今の日本の平均的な人々の考えだと思います。これ以上のものはないでしょう。自民党の時代を終わりにする。これが今の日本人の総意なんだと思います。私がどう思うとか、副島先生がどう考えるとか、そういうものとは全く関係がなく、民主主義ですから、国民が思った結果が出るんだと思います。小泉政権移行の自民党の迷走ぶりをみて、それでも自民党を応援しようという人は、あまり一般ではいないだろうと思います。それだけ、国民を失望させたということだと思います。この際、アメリカとの癒着、財界との癒着、官僚との癒着、メディアとの癒着、銀行業界との癒着、こういうもう利権がくびりついて身動きがとれなくなっている部分が解消されたら、それだけで民主党になる価値はあるだろうと私は思います。
>外国人参政権が。。。
外国人参政権のことをずいぶんと心配されているようですが。どうしてなんでしょうか。日本のことを心配するのはいいことだと思うのですが、あんまり心配しすぎるのも問題だと思います。外国人参政権というのは地方参政権のことでしょう。そこに住んでいる人が市長を選んだりするのがそれほど問題だとは私には思えません。
在日朝鮮人が問題だというようなことをいう人がいますが、かれらの人口はたった60万人です。そして成人の半分は日本人と結婚をしているんです。あと30年40年で、この問題はほとんどなくなると思います。子供は日本人になるからです。もし、何らかの間違いで彼らに国政の参政権が与えたられても彼らの人口は日本の総人口の1%にもとどかないんでしょう。そんなことを心配するより、投票に半分の人しかないか方がよっぽど大きな問題だとは思いませんか。政治に無関心だという大半の日本人こそ問題だと私は思います。(そして無関心の原因は、癒着のせいで今まで何も変わらなかったことにあるんです。)
私には在日1.5世の韓国人の友達がいますけど、彼の頭の中は日本語できている感じですね。韓国語も話すけど、日本語がネーティブでしょう。私は自分の中の定義では、こういう人は日本人だとおもっているのですよ。日本語を使って思考をする人が日本人だと思います。そして日本文化にどっぷりとつかって育った人です。サブカルチャーなら私なんかの何倍もしっていますよ。その点で言えば私は日本人ではないかもしれませんね。(のりぴーという名を知っていても、彼女がどんな顔をしていて、どんな歌を歌っていたか、よくわかりませんし、知りたくもないのです。)文化的にいって彼は日本にしか住めない、というか日本に住んでいるのが一番ぴったり来るのだろうなあと思います。
私は右よりのかたにすこし言いたいのは、もう少し、心を広く持つことはできないのでしょうかということです。在日外国人のほとんどはまじめに普通に暮らしている人々ではないでしょうか。中には問題を起こしている人もいるでしょうが、全ての人を人くくりにするのは問題ではないでしょうかね。その地方に住んで、法律を遵守して、まじめに一生懸命働いて、子供を育てて、税金を納めている人に、地方参政権を与えないというのは、どんなもんだろうかと思います。私はすでにNY州に5年以上住んでいるので、地方選挙に投票をしようとおもえばできるわけです。私の投票がNY州に悪影響を与えるんでしょうか?
日本人の本音が外国人は出ていけ、日本は日本人のものだというならば、もう少し何が日本人であるのか、日本人の定義をしなくてはいけないような気がしています。私がこちらで結婚して、子供を生んで、その子供がアメリカで育てば、もうアメリカ人と変わらなくなるわけですが、この子は日本の国籍を持つことになります。(アメリカ国籍との二重国籍になるでしょう。)でも、この子は、在日朝鮮人で日本で生まれ育った人に比べたら、ぜんぜん日本のことをしらないでしょう。この二人を比べたら、どちらが日本人になるんでしょうか?
私の知り合いで日系ブラジル三世の人がいます。この人はブラジルと日本のパスポートを持っています。この人は国籍をみれば日本人ですよ。日本に住民票を移せばどんな選挙にも投票できますよ。でも、彼は何とか日本語が話せるだけです。ペルーのふじもり大統領が、実は日本の国籍をもって、日本に逃げてきたということもありましたねえ。こうなってくると誰が日本人なのか私にはわからなくなってきます。
ですから、もう少し感情論や、恐怖心だけで問題を見るのではなくて、問題を冷静に見るようにしなくてはならないと思います。
はなしついでに移民の話をしたいのですが、それはまた今度にしましょう。
では
佐藤研一朗 拝
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研一朗さん 今日は^^
ラジオお聞きしました!なるほどなるほどと聞かせて頂きました。
未来を託す事が出来る人に一票を・・・真面目に考えて投票しに行きますね。
私は先週から子供達との夏休みを楽しんで来ました^^
男の子だし、だんだんと大きくなってきたら、一緒に旅行もしてくれなくなるんだろうなぁと思うので
今の一緒に過ごせる時間が、とても貴重に思います。夏休みがもっと続かないかなぁと子供みたいな事を思ってしまいました。
旅行から帰ってきてPC開けたら研一朗さんからのメール!^^とても嬉しかったです。
ドイツ人、フランス人、日本人、トルコ人・・・。
地球人とか人類で括っちゃえば、一つなんでしょうが、
国同士、交流あれば戦争もあり・・利害関係からんじゃ・・とてもじゃないけれど一つになれないのが現実で、
それでも様々な国が存在すると認識し、国同志お互いを認め合っていけるのがベストなんじゃないかなぁと思います。
親戚同士でも、遺産相続やなんかでもめるのが人間だし・・、なかなか難しいとは思いますが(苦笑)
外国人でも、長年日本に愛着を持って暮らされていて日本の選挙に参加したいのであれば、日本人になられたらいいと思います。
自分の国を選ぶのは自分自身・・自分の意志で国を選べばいいと思います。
次回の移民のお話も楽しみにしておきますね^^
まだまだ暑い日が続きますが、栄養あるものしっかり食べて、元気もりもりでお過ごし下さいね^^
アガッペ
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