民主党二段階右折のすすめ <完全版>

2009年11月02日

民主党二段階右折のすすめ <完全版>

[投稿者:佐藤研一朗]

副島学問道場に投稿した文章です。>

民主党二段階右折のすすめ
政権交代後、民主党がとるべき戦略の一考

(この文章は衆議院選挙の後の2009年9月2日に書いた文章に手を入れたものです。)
アメリカは、ニューヨーク州ロチェスター市で世界一大きい写真展というアートの企画をしながら暮らしている佐藤研一朗です。立派な街再生請負人になるべくアメリカの北のはずれの片田舎で修行中の身です。副島先生のぼやき1066に触発されて、政権交代後に民主党がとるべき、実践的な戦略を考えて見ました。

はじめに自分の立場をはっきりさせておきます。私はアメリカの共和党議員のロン・ポールの大ファンです。ロン・ポールはアメリカのリバータリアンを代表する政治家です。前回の大統領選挙で共和党の予備選挙に立候補していたときに、何度かこの掲示板に彼のことの書き込みをしました。自分もリバータリアン的な考え方に非常に共鳴しています。

みなさんご存じではあるとは思いますが、リバータリアンという人々は、一般に小さな政府を志向する人々のことを言います。政府は個人の生活に介入するな、他人に迷惑をかけない限り、人々の自由は最大限に認められるべきだと主張しています。反税金、反政府介入、自由市場推進の立場です。リバータリアンにもずいぶん幅があるようで、小さい政府を目指す人から、無政府主義者の人までさまざまのようです。ロン・ポールは、連邦政府は人々の権利や自由を守る役割以外は必要ないという立場のようです。その他の消防とか警察とか教育は地方政府でやってくださいと考えています。

さて、前置きが長くなってしまったのですが、リバータリアンという立場に立って、念願の政権交代を果たした後の民主党に、どのような戦略を提案することが出来るでしょうか。

私は民主党に、二段階右折の戦略を採ることを薦めたい。まず最初の数年は戦後日本の癒着の構造を解体することに力を入れる。その後、現在の民主党の進めている政策では経済が回復しないから、そこでいったん止まり方向転換をして優しい小さい政府に向かって進んでいくべきだと言うものです。

友愛の鳩山民主党は、ヨーロッパのような社会民主主義というか、優しい大きな政府を目指しているように見える。自分としては受け入れがたいが、当然、今まで自民党が作ってきた談合癒着型の大きな政府よりもずっとまともである。政治には順序があり、タイミングが大切であるという現実を受け入れて、私は今回、比例区は民主党に投票した。

私は今回の民主党の勝利は、けっして民主党が掲げる子供手当や、農家の所得報償なのどばらまきと揶揄されるような政策を国民が支持した結果であるとは思わない。自己改革もできない癒着して腐敗した自民党は政権の座から降りるべきだ、つまり民主党が唱えていた「政権交代」を実行するべきだと、国民が決心をしたという事であると思う。

私は、日本国民はとても堅実な精神を持っていると思う。使いもしないような道路を作る公共投資も無駄だと思っているし、そして何とか支援というものにもそれほど熱狂している様子がない。今、国は多額の借金をしているのだから、質素倹約をして、無駄遣いをせずに、借金を返済するべきだと考えている。二宮尊徳の精神が今でも日本人のなかに生きているようだ。お金は、いくらでも借りれるだけ借りて好きなものを買えるうちに買ってしまえばいいと、考えている質実剛健の心をすっかり忘れてしまったアホなアメリカ人と全く違う。

そのような背景があるから、国民は、小泉純一郎の「痛みを伴う構造改革」のフレーズにジーンときてだまされてしまったのだ。本当は苦痛を感じなくてはいけない人々は、まじめに働いている国民ではなくて、政府が国民から略奪したお金に寄生して、癒着して暮らしている者たちであるはずである。ここを間違っていはいけない。

民主党の一番最初にやらなくてはいけない仕事は、国民をいじめている人々を退治することだ。つまり植草一秀氏が言う「悪のペンタゴン」の解体である。悪のペンタゴンは、自民党、官僚機構、アメリカ、メディア、財界の癒着の構造である。この構造が行き着くところまで行きついて、日本は現在の硬直状態に陥ったのである。国民は、その硬直状態から抜け出すために、政権交代を選んだのだ。つまり、この悪のペンタゴンの解体こそが、国民の一番大きな合意である。悪のペンタゴンの中核である官僚機構の解体に少なくとも2年は必要であると、副島先生はぼやきで予想している。

本当は、細川政権が出来た16年前に、この解体が行われているべきだったのだ。そうすればここまで日本の現状が悪くなることもなかっただろうと思う。よく考えれば、これだけ長い間、貿易黒字を続けてきた国の景気が一向によくならないというのはおかしな話である。日本の庶民が苦労してこれだけの富を毎年生み出しているのに、厳しい暮らしなくてはならないのは、この悪のペンタゴンが日本国民に寄生して富を吸い上げてしまっているからである。

この癒着の構造を、利権や権益と呼ぶこともできる。要するに他人のお金を使って、楽して飯を食いたいとか、楽して金儲けをしたいということである。政府の規制や法律という特権を使って、競争相手を排除して独占的な商売をしたり、国民のお金を強制的に略奪したり、世の中に必要もない仕事を作ったり自分は将来安泰に暮らすということである。

例えば、地上波のテレビ局は、放送法に守られて、独占的にテレビ事業を独占している。官僚達は、特殊法人や外郭団体を利用して天下り先を作くり、税金で自分達の食い扶持を確保している。アメリカの場合は、日本を占領している軍事力を背景に政治力を行使して、金利や為替、通貨のマジックを使って、日本から富をアメリカに流しているのである。これらの手口は一見複雑に見えるが、その根本になる考えは、他人の金を自由に使って、自分は楽をしたいという単純な考えである。

この悪のペンタゴンの解体を順調に進めるためには、国民の強い支持が欠かせない。その支持を得るためには国民に、悪のペンタゴンによる略奪の手口を明らかにすることである。彼らが今までどれだけいい加減なことをしてきたのか、はっきり公けにさらせばいいのだ。経済アナリストの藤原直哉が言っているように、情報公開を徹底的に進めていくべきである。まずはともあれ今までの癒着の構造を暴いていくことが一番大切である。癒着の構造を国民の目の前で明らかにしない限り、国民は、性善説で、悪のペンタゴンもないと困ってしまうんだろうと考える可能性がある。

しかし、その癒着の構造を暴き、国家の権力を乱用し国民のお金を使いこみ、楽して飯を食っている人たちを、はっきりさせることが出来れば、世の中は後ろに戻ることはないだろう。国民にほんとのことを言うという。細川内閣のときはそれが足りなかったのではないか。国民は、期待してたのに、何が起きたかわからないうちになくなってしまった。

情報公開のネタは、いくらでも考えることが出来る。戦後の自民党とCIAの関係に始まり、日本政府がアメリカ政府と結んできた密約の数々、官僚が無限増殖して国民に寄生してきた手口とその極楽生活、年金制度の財源の内訳、メディアとCIAの関係、アメリカのカウンターパートナーをやってきた人々、小泉構造改革と経団連との関係、アメリカ年次改革要望書、はたまた、どうして細川政権が崩壊の裏側のようにである。ちょっと考えただけで、これだけのことを思いつくことが出来る。

このように今まで国民が知らないことをいいことに、さんざんやってきたことを一つずつ明らかにしていくのだ。その癒着の構造が国民の目の前に明らかになれば、数年は国民は厳しい経済状況にもめげず、この政治のドラマに見入り、癒着の解体を心から支持するだろう。


<福祉国家、大きな政府は持続不可能>

問題はその後である。民主党の今の政策が示す方向に進んでいけば、今の経済危機もあいまって、この改革も行き詰まりを見せることになるだろう。

今回の選挙の民主党のマニフェストを読んでも、民主党の目指す具体的な国家がいまいちはっきりしてこない。しかし政策を見ていくと、自民党の癒着型の大きな政府から、優しい大きな政府をとりあえず目指したいという気持ちが伝わってくる。つまり悪のペンタゴンに吸い取られていたお金を奪い返し、国民のために使いましょうと言うのが、民主党の中での一番大きい合意なのだろう。しかし、その後、日本もヨーロッパのような福祉国家になりたいと考えているのであれば、それは非常に難しいと言わざる得ない。

それは世界中の福祉国家がこれから、ベビーブーマーの引退を受けて、崩壊し始めるからである。それは強大な人口が、急に国の福祉制度にたよって暮らし始めるからである。アメリカでは、ベビーブーマーが昨年から年金を受け取り始めた。今後、高齢者向けの医療保険と年金などの支払いがこれから大幅に増大していく。今後20年間にこれらの福祉政策のために支払うこと約束している金額がなんと4000兆円にものぼるのである。そしてそれらのための積み立てはゼロである。(積み立てのお金を一般の予算に流用して使い込んでしまったのである。)結局、アメリカ帝国は、これだけ多くの人々に帝国の分けまいを与えることが出来ずに沈んでいくのである。

日本でも、団塊の世代がこれから年金を受け始めることにより、同様の事態が発生するだろう。団塊の世代が引退して年金暮らしを始めると言うことは、この世代が一生懸命働き新しい富を生み出すことがなくなり、納める税金が減少し、その上、国に頼って暮らしていくということである。つまり、これは、これから毎年、仕事をしない公務員が爆発的に増えていくことと同じことである。

問題は言うまでもなく、自分が積み立ててきたお金を、年金として受給するのではなくて、現役世代が、受給者を支えるという形になっているのに、日本では少子化が進行している点である。完全に制度の設計ミスで、まさにネズミ講の構造そのものである。これは加入者が増えていくときだけ制度が成り立つのである。小学生でも失敗することが理解できるような仕組みの上に、国民何千万人の老後の人生がかかっている。まったく恐ろしい話である。

消えた年金の問題のように、納めたお金の記録もろくに管理されていない。厚生年金で作られた施設などは沢山あるから、相当使い込まれているだろう。そして満期になったらいくらお金を払いますというような契約書も無い。その上、国民の義務だといって強制的に徴収されるだらか、普通のネズミ講よりもたちが悪いのである。

では、年金を支払う財源がなくなったら、どうなるのだろうか。年金には契約書がないのだから、官僚は年金の受給開始年齢を引き上げ、年金の受給額を引き下げをはかり制度の破綻を防ぐこともできる。もしくは、制度を変えずに、支払いを、お金を沢山刷って済ましてしまうかもしれない。その場合は物価の上昇がおき年金では生活ができなくなる。私たちは、大きなザルに、みんなのお金を集めて、そのザルを何の責任も取らない人間に管理させることが、優れた制度などという幻想をさっさと捨てなくてはならない。戦後世界の先進国で大流行した社会民主主義は残念ながら、ベビーブーマの重みに耐え切れず、これから崩壊するのである。


<補助金、手当では日本はよくならない>

リバータリアン的な立場から考えれば、現在民主党が今回の選挙のマニフェストで示しているような多くの政策を積極的に支持することはできない。農家の所得報償とか、子供手当、高校の無料化などは間違った政策であると思う。それは、今始まっている福祉国家の崩壊の中において、今後とも、様々な支援、補助や手当というような巨大な財源が必要な政策を実行し続けていくのは簡単ではないということだけではない。我々がよく考えなくてはいけない点は、このような支援が必ずしも問題を根本的に解決するわけでもないという点である。

例えば太陽電池を例にとって考えてみよう。太陽電池は、石油の生産がピークを打ったと疑われている中で、将来枯れることがない有望なエネルギー源になるかもしれないと考えられている。断熱性能の高い一戸建ての屋根に太陽電池を敷き詰めれば、その家庭の電力の大半をまかなうことが出来る。しかし問題はその値段である。シリコンを使った太陽電池は、発電効率がいいが作るのが難しく、どうしても製品の値段が高くなってしまう。そのため発電コストが電気会社から買ってくる電気よりも高くなり、元を取るのに十数年かかることになるのである。そのため普及が思うように進まない。

長年にわたる太陽電池への政府の補助金は、日本の太陽電池の産業を世界のトップになる背中を押したが、太陽電池の値段を下げるのに役立っただろうか。値段が高い製品を作る手助けをしてしまったのではないか。政府からの補助金は、もっと格安の太陽電池の開発を阻害しているのではないか。実際現在、日本の太陽電池産業は、値段の安い中国のメーカーに押されている。そしてアメリカでは、シリコンを使わないタイプの太陽電池が開発されている。これは新聞を印刷するように太陽電池を製造でき、劇的に値段を下げることが可能のようだ。このような発明は本来なら日本から生まれるものだったのではないだろうか。

今回の選挙では子供手当がマニフェストに看板政策の一つとして掲げられいた。確かに子供を育てている人にとってはありがたい制度であろう。現金をもらえるのだから当然である。しかし、日本人が子供を産まなくなってきたのは、たしかに社会変化もあるだろうが、国が国民から富を吸い上げすぎてしまって、貧乏になったからであって、国が子育てをしている夫婦に現金を渡さなくなったからではない。

今の民主党の主張はこうだ。自分たちは、癒着をして国税を無駄使いしている人たちを排除します。そのお金をみなさんのために、政府が必要だと思うことに再分配しますと。前半の部分には私は賛成するが、後半の部分に反対をする。政府による所得の再分配は常に不公平を生むし、お金を使う側が責任を持つことがないので決して効率的に使われない。その上、このような政策がどのような副作用が起きるか予想できないのである。

同様の制度を持つアメリカやヨーロッパでは、十数人の子供を持つ親が子供支援金を沢山えて働きもせずに、大金を稼いでいるというニュースを目にすることがある。日本で同様なことが起きるかわからないが、新たな癒着のもとを作るべきだろうか。

百歩譲って、この少子化が進む中、子供を育てようとする人を支援すべきだというのなら、子供一人当たりの税金控除を大幅に拡充すればいいのである。一度税金として徴収されたら、そのお金が国民に支給される間に、官僚機構に無駄遣いされるだけなのである。全国に子供手当てを支給するだけだって、相当の人件費はかかる。そして今度は子育てを名目にしたような、子育て支援施設のような新しい天下り先を作りましょうとなるのは目に見えているのである。それならば最初からがんばって子育てをしている人からは、税金を取らなければいいのである。

本当は無駄遣いしている人を排除し、必要以上に国民からお金を巻き上げることをやめ、国民に自分たちのお金を自分たちで使ってもらうべきなのである。十兆円の無駄使いを削減できたら、それを財源にして1%消費税を引き下げるということを、本当はするべきなのだ。当然、そのことによって新たな癒着は生まれない。そして当たり前であるが消費税が下がれば、念願の消費が増えるのである。これほどの景気対策はないのである。

しかし現在、現実問題として、民主党が優しい大きな政府を掲げてしまっている以上、減税を行うような方向転換を今すぐ行うのは、難しいだろう。だから、一度壁にぶち当たるまでまっすぐ進めばいい。そしてそこで一度立ち止まり小さい政府の方へ向かって方向転換をすればいいのである。


<財源なしに国民の生活の質を上げる方法>

民主党がやらなくてはならないことは、国民の手にお金を残してやることである。つまり民主党が選挙中に掲げていた「生活第一」のキャッチフレーズを実際に実現させるのである。国民の生活の質を向上させるのである。

もともと政治=生活なのである。現在に日本人が政治に目覚め始めているのは、自分たちの生活がどんどん悪化し続けているからである。自民党への逆風もここから生まれたのだ。つまり、民主党になっても国民の生活の質が向上しないなら、この向かい風はすぐに民主党に向かうと考えていい。だから、民主党は、一般庶民が実際に生活をしていて、いい変化を感じられるようなことを、進めなくてはならないのである。

バブル崩壊後に、自民党が採り続けてきたケインズ的な公共事業や、金融緩和の低金利などは何の役にも立たないことは、今の日本の惨めな状況も見ればあきらかである。民間にある富を政府が吸い上げて、何かに使おうという政策では、自体は好転しない。それが「コンクリートから人」に変わっても同じことである。政府は吸い上げた富を民間よりも効率的に使うことは出来ないし、吸い上げられた民間は益々貧乏になるのである。だから、富を民間に出来るだけ残してやる政策が求められるのである。

まず、民主党は、庶民が金をとられて頭にきていることを一つずつなくしていけばいいのである。これが肝である。庶民の手にお金をのこしてやるべきなのだ。この経済危機においてはこの方法が一番庶民に喜ばれるだろう。

これは大幅な減税などをせずにも、悪のペンタゴンを解体進めながら、進めることができるのだ。悪のペンタゴンの中枢である官僚組織は、なにも税金という形だけで富を国民から吸い上げているわけではないのである。

何万とある法律群や省庁命令、ガイドラインが国民の経済活動をがんじがらめにしているのである。規制を使い天下り先を作ったり、楽をしてもうけている官僚組織と癒着した業界があるのだ。これを利権とよぶのだろう。このような規制が、隠れた税金として物やサービスの値段を引き上げたり、新しいビジネスの発生を阻害していたりするのである。

悪のペンタゴンを解体していくなかで、どんどん情報公開を進め、いかに国民の富を吸い上げいたか明らかにし、それを改善、廃止していくのである。これらを一つずつ精査し、改正や廃止をしていけば、国民の生活の質は劇的に向上するのである。これはほとんど財源なしで実行できることである。法律を変えればいいだけだからそれほど難しいことではない。

つまりこれは規制緩和なのだ。しかし外資や大企業のためだけになるような規制緩和ではなくて、癒着を解消し、国民みんなのためになる、国民の手元にお金が残るような規制緩和、規制廃止をまずやっていくのである。

規制緩和は、いままでさんざん使い込まれてしまっているので言葉を変えたほうがいいかもしれない。特に民主党は、小泉政権以来、新自由主義や市場原理主義(実際は政府と産業界が癒着したコーポラティズムの行き着いた先)を批判する立場に立ってきたのだから、それとむすびつくような言葉は使わない方がいい。だから、癒着解消・庶民救済というような言葉がいいかもしれない。

癒着解消・庶民救済といっても、すぐにはぴんとこないだろうから、自動車を例にとり考えてみよう。近頃は若者の車離れが進んでいるという。今の若者は車にもう興味がないそうで、国内市場は伸び悩んでいる。しかし、それはこの長年続いた不況のせいで、若者が車を維持するお金がなくなってしまったのが一因である。

車を維持するには非常にお金がかかる。ただ単に、車本体やガソリン代がかかるというだけでなく、その他にかかるお金を見ていけば、私が言っている癒着と利権の構造が見えてくる。

たとえば、車の免許、車検、自賠責、重量税、高速道路の料金、ガソリン税、ガソリンの暫定税ざっと考えただけでも、これだけ上げることができる。車だけで、きっとこの五倍、十倍の規制があるだろう。この一つずつの規制から特定の人々だけが利益を得て、庶民は、お金をせびられるのである。こういうものをほったらかしにしていたら、庶民の生活はちっともらくにならないのである。

自動車の免許を取るのに20万から30万円もするのは先進国でも日本だけではないだろうか。指定自動車学校が、実地試験を実施することを許している一方で、免許センターでの実地試験は、気が遠くなるくらい難しくしてあるので、事実上、ほぼ全員が20万から30万円を払って指定自動車学校にいなくてはならないのである。これは見えない形の税金であると考えるべきだ。

すぐにこの指定自動車学校の制度を廃止し、免許センターでの実地試験を、現在の自動車学校の実地試験と同程度にし、夜間も週末も受けられるようにするべきである。これにより自動車学校の学費は大幅に下落するだろう。現在でも、指定外の自動車学校であれば、7から8万円しかかからないのである。

車検というのもおかしな制度だ。日本車が世界で好まれるのは、簡単に故障しないからである。新車を買った三年後に、大金を払って車検に通さなくてはいけないなどとは、まったくふざけた制度である。ロシア行きの貨物船には日本で乗るなら車検を通さなくてはならない四年落ちの日本車が山積みにされているそうである。このような制度のため、まだまだ乗れる車をみすみす海外に格安で売ることになるのだ。車の故障で事故が起きたらそれは車のオーナーが責任をとればすむことである。その責任を社会全体に押しつけるために、車の維持費が高騰し、若者が車に見向きもしなくなるのだ。

自賠責も同様である。すべての車に保険の加入義務を課したとしても、同様の保険は民間の保険会社が何の問題も無く販売できるはずである。百歩譲って、自賠責を存続させるにしても、任意保険の加入していれば、自賠責の加入義務がなくなってもいいはずである。

車のことを少し書いただけで、きっと一冊の本が作れるだろう。問題は、このような規制や法律が生活の至る所、何万と存在しているのである。まったく恐ろしい話ではないか。庶民の暮らしがどんどん苦しくなっていくのもこのような規制の増殖があるはずである。

アメリカは為替、通貨、金利のマジックを使って日本から何十兆、何百兆円のお金をアメリカに流れるようにしむける。それに対して日本の官僚たちは、無数の法律群のマジックを使って、庶民から十円、二十円、一万円、十万円と細々とかすめ取っていくのである。そこに特殊法人や特定の業界が癒着しているのである。このような制度一つずつが我々の生活を窮屈にし出費をかさばらせているのである。この無数の法律群こそが官僚たちの権力の源である。

このような無数にある法律群の改正・廃止をしようとしていけば、きっと今までこれらの規制に癒着していた業界から大量の失業者がでると、官僚や特定の業界団体は反論をするだろう。しかし反対にこれらを廃止すれば、庶民の手には余分のお金が残るのである。その一部は間違いなくもっと国民が必要としているサービスや物の購入に使われるだろう。つまりそこで新たな雇用が生まれるのである。そしてその雇用は、政府が押しつけた不要なサービスや過剰なサービスでは無く、国民が真のニーズにあった産業である。どちらが健全な産業であるかは言うまでもない。これこそ内需拡大である。あくまでも癒着解消・庶民救済を押し進めればいい。

そして、規制を改正したり、廃止することが、必ずしも失業者を生むわけでもない。自動車免許の習得にかかる費用が下がれば、当然今まで高額の学費のために敬遠していた人たちが免許をとるようになるだろう。少子化で経営が先細りしている自動車学校にはいいビジネスチャンスであるのは間違いない。そして自動車業界にとっても新しい顧客が増えるいい機会である。

そして、規制を改正、廃止することで、失業者を生み出さず、まったく新しい産業がうまれる場合もあるのである。今、マイクロブルーリーと呼ばれる小さなビール会社が作る地ビールが流行っている。なぜ流行っているかというと、以前は法規制があり、一年間にビールを25メートルのプール一杯分くらい製造できないと酒税免許が降りなかったからだ。細川政権のときに酒税法を改正して、小さな会社やレストランなどでもビールを作れるようにしたのだ。

地ビール市場が急成長しているからといって、大手のビール会社が必ずしも減益になっているわけでもない。つまり、いままで理由もなく規制によって押さえつけられてきたため、この市場自体が日本に存在していなかったのである。この法律の一文が変わっただけで、何百万人という国民が一風変わったビールの味を楽しむことができ、新しい雇用が生まれたことになる。規制緩和されてから14年間で、334億円の産業に成長しているのである。


このような規制改正・廃止は、素晴らしい雇用対策になる。一つずつは小さな市場でも、つりも積もれば山となるだ。政府が国民から強制的に税金をとり、官僚組織が中抜きをして、補助金を一部の人に一時的に払うような雇用対策よりも、百倍ましである。

新たに生まれた市場が、将来、巨大な市場になるかもしれないのである。我々はそろそろ政府は何の富を生み出さないのであるということを、知るべきである。これからの経済はボトムアップでやっていくべきだ。バブルばかり生み出す産業政策はもうやめにすべきだ。

雇用を生み出すことだけではなく、規制改正で、個人の楽しみを増やすこともできる。たとえば酒税法は大幅に改正されるべきである。日本では、個人が自分で酒をつくって楽しむことも、禁止されているのである。日本の歴史に深く根付いているようなどぶろくすらも作れない。このように個人の楽しみを、趣味を奪うような法律も改正されるべきである。

この酒税法のせいで、庶民は第三のビールのように、すでにビールとも呼べないような代物を飲まされる羽目になっている。このことを恨みに思っている庶民は結構いるだろう。酒税法はもっと適切な形になるべきだ。規制改革で庶民の恨みを減らすこともできる。

ここに上げたのは私のような素人でも知っているような数例である。きっとこのような規制が何万と存在しているはずである。民主党は手分けをしてチームを組んでこの問題に取り組んでいくべきだ。それが官僚主導の癒着政治を断ち切る一番の早道だろう。

生活をしていて違いが感じられるようにするれば、この改革が本物であると庶民は気がつくはずだ。そして民主党になって、本当に生活がいい方向に変わったと実感できれば、民主党への支持は揺るぐことはないだろう。自分たちが掲げた生活第一を本当に実行していくのだ。それができないというなら、私は次の選挙で民主党に投票することはないだろう。


<日本には奴隷解放が必要である>

日本のサラリーマンは奴隷である。奴隷解放が必要だ。あれだけ働かされて、すこしもいい生活をしていない。日本のサラリーマンの生活が苦しいのは、悪のペンタゴンに搾取されているからである。私は高校を出るときに、絶対にそうならないと決めたので、いまでも一匹狼、野良犬の生活をしている。裕福に暮らしているとはとてもいえないが、自分は少なくとも自分で納得していきているつもりだ。

会社にはサービス残業を強制される。自分の給料を手に取る前にも税金を天引きされる。その税金でお気楽に暮らしながら官僚たちは無数の規制を作り出して民間の仕事を妨害する。苦労して製品をつくって輸出で稼いだお金は、日本に環流しないで、アメリカに流される。そんなみじめな事実を談合メディアは少しも報道をしない。これが奴隷でなければ、なにが奴隷なんだろうか。

民主党は源泉徴収を廃止するべきだ。税金を自分の財布から払う痛みなしに政治に興味など持つ人はそれほどいない。我々のような根っからの政治好きは、はっきり言ってよっぽどの変わり者なのである。日本がまともの国になるためにはサラリーマンが政治化する必要がある。彼らが奴隷として働いているうちは日本は少しもよくならない。

この源泉徴収はナチス・ドイツで、国民に国に従わせる為に始まった悪の制度だ。源泉徴収は廃止は、きっと不評であろうが、日本人が大人になるために必要なステップである。


<真の友愛社会の建設のために>

鳩山由紀夫が唱える友愛という概念は、マスコミがけなすほどそれほど軟弱なものでもないのではない。「自由、平等、友愛(博愛)」は、フランス革命のスローガンである。たしかに鳩山由紀夫が言うように革命を起こすような言葉が軟弱であるはずがない。

友愛というのは、「政府は我々の生活に干渉するな。自分の面倒は自分で見る。自分のできる限りの範囲で、困っている人や地域の面倒を見ていく。どちらにしても、人間にはそれ以上のことは出来ないのだから、やるべきではないのだ。それが社会にとって一番いい結果を生むのだ。政府が我々に社会の誰を救済するべきかなど命令するな」というリバータリアン的な思想である。友愛というのは、決して政府が優しくなるといことでなくて、我々一般庶民が、自分の大切な人を自分達で守っていくということである。VOICEに掲載された鳩山論文を読むと、どうも彼はここをよくわかっていて小さな政府を目指しているように見えなくもない。

友愛は、英語でFraternity(フラタニティー)である。これを単にFriendship(フレンドシップ)と同意語の友情と理解すると意味がわからなくなるのである。アメリカでフラタニティーといえば、まず大学での男子学生の社交クラブが頭に浮かぶのである。学校の敷地内や近くに大きな家を持っていて、そこで学生生活を一緒に送るのである。そこで人間の特別に強い結びつきが生まれる。その人間関係は大学を出た後も続くのである。日本で考えれば大学の部活の先輩後輩の関係に近いかもしれない。このようなコネクションで就職の面倒をみてもらうようなことは日本でもある。例えばブッシュとケリーが入っていて有名になったスカルアンドボーンズはフラタニティーのいい例である。

もう少し考えていくと、フラタニティーというのは、助け合いの組織。相互扶助団体であることがわかる。違う言葉で言えば結社と言えるだろう。フリーメーソンの様な秘密結社もこのようなくくりに入るだろう。フラタニティーの語源はカトリックの平信徒の組織というところに行き着くので、これが正しい理解であるのだろう。ここで言いたいのは「友愛=陰謀論」ということではなくて、もともとカトリック教会の権威に反発して、平信徒たちが自分達を守るために、自分達で助け合ったという所から生まれた言葉であるということだ。非常に反権威、反権力な言葉だ。つまり「政府(権力)は一般市民の生活に干渉するな、自分達の世話は自分達でみる」という意味になるのである。


さて現在、日本では、ひきこもり、フリーター、ニートと呼ばれる若者が増えて社会問題になっている。しかし、これは後ろ向きな若者のサボタージュなのである。奴隷になるくらいなら、最初から親のすねをかじって(かじらない人もいるだろうが)、一生懸命働かないでいたほうがいいと考えるのである。

その一方で、NPO(非営利団体)などの社会貢献に非常に興味を持っている若者が増えていることも理解するべきだ。これはある意味、こき使われて税金を払い、それを政府に無駄使いされるよりは、自分で直接、人のために役に立った方がいいと考える人が増えているという事である。だから一方的に今の若者をののしるのは止めるべきである。

私は、先ほど上げた源泉徴収の廃止とともに、NPOへの寄付を税控除にすることを提案したい。これこそが真の友愛社会に必要な制度である。寄付金の税控除は、アメリカでは伝統的に行われていて、NPOはここでは一大産業である。アメリカにおける2002年のNPOへの寄付金総額は、2409億ドル(24兆円)にも及ぶのである。

この税制改革で日本のNPO産業は、花が咲くだろう。NPOに必要なのは、政府からの補助金ではなくて、一般市民からの寄付金なのである。このことによって営利を追求する民間企業でも政府が行うことできないような、かゆいところに手が届くような様々なサービスが生まれることになる。社会に新たな幅と奥行きが生まれ、多種多様な文化、伝統、教養などが育つ素地ができあがるのだ。そして将来、福祉国家が崩壊したときの、最高のセーフティーネットになるのである。

現実はそんなに甘くないと反論をするひとがいるだろう。NPOになにができるのだと。しかし、政府であろうが、個人であろうが、NPOであろうが、企業であろうが、できない物は、結局できないのである。世の中にある富は一定である。それを使って出来ることは限られている。しかしNPOは少なくとも、最初から将来維持が不可能になるような制度を作り、国民から強制的に金を取り、国民から選択肢を奪い、その制度に依存させようなことはしない。そして最終的に制度が生きづまり、全国民に迷惑をかけるといことをしないのである。

この学問道場であっても、ある意味NPOなのである。我々は学問道場が存在しているおかげでどれだけのことを学んだだろうか。多くの若い知識人が育っているではないか。

だから本来、副島先生がこの学問道場を立ち上げ、維持するために使った資金は、税金を控除されるべきであるし、学問道場の会員が納めている会費も控除の対象になるべきなのである。学問道場は利益を上げ、それを株主とか、オーナーに分配するためにあるわけではない。学問道場は、我々が多くのことを学び、それを広め、世の中をいい方向に変えていくために存在しているのではないだろうか。政府が税金をいくらかけても、このようなサイトはつくることができないのである。

私の知り合いで、セミリタイアをして、非営利で鬱病患者相手に、カウンセリングによる治療を行っている医師がいる。現在の国民健康保険の制度では、5分で患者を診断し、薬を処方する以外、精神科の病院の経営がなりたたないそうである。その医師は、孤軍奮闘がんばっているが、一人の患者あたり一回1時間もカウンセリングするために、非営利と言っても、経費がかかり、診断料が高額になってしまい、なかなか患者が集まらないと嘆いている。私はこういう医師の手に寄付金が集まるような社会になるべきだと思う。

世の中は世知辛いのだと言う人もいる。しかし日本にも大きな心意気を持っていて、他人の面倒を見ることのできる経済力を持っている人々が沢山いる。ただ、今までの政府・官僚組織は、このような人々に向かって、おまえたちは黙って高額の税金だけ払っていればいいのだ、我々が社会運営をやるから心配するなという態度をとってきたのである。まさにお上である。このような立場は早々改めさせなくてはならないのである。

庶民の手にお金を残し、そしてそのお金を自分たちが世の中のためになるものだと信じる物にお金を環流させるそんな仕組みが必要なのである。

ここで考えてきた民主党が取ることができる現実的な戦略を簡単にまとめてみよう。

1、情報公開を進めながら、悪のペンタゴンの解体をする。

2、悪のペンタゴンの中枢の官僚機構の権限の源である無数にある法律群、規制の改正、廃止し、癒着解消・庶民救済を進め、庶民の生活の質の向上を図る

3、税制改革をしNPOへの寄付を税控除にし、社会のセーフティーネットを構築する

これらのことを後数年で実行してもらいたい。そのころには経済状況は悪化し、世界中で福祉国家の破綻が続くことになっても、そこで民主党は一度立ち止まって、大きく小さい政府へ方向転換をすることができる。地方分権を進め、中央政府の役割を削減する下地はできあがっているだろう。ここやらないで地方分権を進めれば、官僚組織が地方に流れ込むだけである。

是非、そのころには日本の政治家で唯一減税を唱える、現名古屋市長の河村たかしに総理大臣になってもらいたいものだ。

佐藤研一朗 拝

2009年9月2日 (2009年10月31日加筆・訂正)
アメリカ ニューヨーク州 ロチェスター


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投稿者 佐藤研一朗 : 2009年11月02日 13:13
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