ジョージ・オーウェルの動物農場

2009年11月07日

ジョージ・オーウェルの動物農場

[投稿者:佐藤研一朗]

今日の映画は、古典の作品でジョージ・オーエルの動物農園 (Animal Farm)です。

 ・革命が成功したからといって、それがいい結果を引き起こすはわからない。
 ・すべての動物は平等である。しかし一部の動物は他の動物よりも平等である。(All animals are equal but some animals are more equal than others.)

ユーチューブにも動画が載っている。上の動画が見れなければこちらを。
http://www.youtube.com/watch?v=NZldlyeR8DU

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<参考資料>
いつものようにウィキペディアから

動物農場
Animal Farm

『動物農場』(どうぶつのうじょう、原題 Animal Farm)1945年8月17日に刊行されたジョージ・オーウェルの小説。
目次
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* 1 概要
* 2 あらすじ
* 3 登場人物(動物)
* 4 登場人物(人間)
* 5 日本語訳
* 6 アニメ
* 7 映画
* 8 その他
* 9 脚注
* 10 外部リンク

概要 [編集]

飲んだくれの農場主を追い出して理想的な共和国を築こうとした動物たちであったが、指導者の豚が独裁者と化し、恐怖政治へ変貌していく過程を描く。スペイン内戦に自ら参加した体験を持つオーウェルが、人間を豚や馬などの動物に見立てることで20世紀前半に台頭した全体主義やスターリン主義への痛烈な批判を寓話的に描いた物語である。

注意:以降の記述で物語・作品・登場人物に関する核心部分が明かされています。 →[記述をスキップ]
あらすじ [編集]

人間の農場主が動物たちの利益を搾取していることに気づいた「荘園牧場」の動物たちが、偶発的に起こった革命で人間を追い出し、「豚」の指導の下で「動物主義」に基づく「動物農場」をつくりあげる。動物たちの仲間社会で安定を得た彼らであったが、不和や争いが絶えず、最後は理解できない混乱と恐怖に陥っていく。結果的に支配者が入れ替わっただけで、人間が支配していた時以上に抑圧的で過酷な農場となる。
登場人物(動物) [編集]

ナポレオン
雄豚。演説は苦手だが狡猾。後に独裁者と化す。モデルはヨシフ・スターリン。
スノーボール
雄豚。一時は主導権を握り風車建設計画や農場電化計画を推進するが、ナポレオンによって追放され、反逆者とされる。モデルはレフ・トロツキー。
メージャー爺さん
雄豚。全ての動物の平等と自由を謳った「動物主義」を唱えるが、革命直前に病死。モデルはウラジーミル・レーニン。
スクィーラー
雄豚。雄弁家で、相手を丸め込むのに長けている。ナポレオンの腰巾着。モデルはヴャチェスラフ・モロトフ。
ボクサー
雄馬。働き者で力持ち。他の動物たちから尊敬されていてナポレオンも一目置く。常に「I will work harder.(わしがもっと働けばいいのだ!)」と言い続けてひたすら真面目に働く律儀者。しかし、病気になると売られてしまった。モデルはミハイル・トゥハチェフスキーを初めとする赤軍将校。アレクセイ・スタハノフに代表される「労働英雄」であるとする見解もある。
6匹の犬
ナポレオンが密かに育てた犬の一群であり、ナポレオンに忠実な存在。敵対した動物を粛清する。後に子供もできたことで数が増える。モデルはチェーカーやGPU、その関連機関。
ヒツジたち
ナポレオンに反対する動物や、都合の悪い発言が出た時に、ある特定のスローガンを連呼して妨害する。モデルはコムソモール。

登場人物(人間) [編集]

ジョーンズ氏
荘園農場の持ち主。やり手だったが不運続きで飲んだくれていた。下男たちも怠けていたので革命で追い出される。取り戻そうと武装して戻ってくるがあえなく撃退される。モデルはロシア帝国時代の貴族や地主、資本家、白軍。
ピルキントン氏
隣接するフォックスウッド農場の持ち主。大地主で動物農場と敵対していたが和解する。モデルは大英帝国。
フレデリック氏
隣接するピンチフィールド農場の持ち主。抜け目がない。後に動物農場の占領を目論み侵攻する。一旦は風車を爆破するなど甚大な被害を与えるが反撃を受けて撤退する。モデルはナチス・ドイツ。

以上で物語・作品・登場人物に関する核心部分の記述は終わりです。
日本語訳 [編集]

* 『動物農場』 高畠文夫訳、角川文庫 1995年 ISBN 4-04-233401-6
* 『動物農場 おとぎばなし』 川端康雄訳 岩波文庫  2009年7月

アニメ [編集]

* 『アニメ 動物農場』、ジョン・ハラス・ジョイ・バッチェラー(監督・製作) 1954年

日本語版 声の出演:熊倉一雄、槐柳二、納谷悟朗、峰恵研、村越伊知郎、山下啓介
映画 [編集]

* 『アニマルファーム』(監督)ジョン・スティーブンソン、(制作総指揮)ロバート・ハルミSr.1999年

出演:アラン・スタンフォード 声の出演:ジュリア・オーモンド、ピート・ポスルスウェイト、イアン・ホルム、ケルシー・グラマー、ジュリア・ルイス・ドレイファス、ポール・スコフィールド、パトリック・スチュワート、ピーター・ユスティノフ
その他 [編集]

* 本作が書きあげられた1944年2月時点では批判対象のソ連がまだ米英の同盟国だったせいで、四社の出版社に持ち込んでも出版を断られ続けていた。1944年8月にセッカー・アンド・ウォーバーグ社と契約を結び、紙不足が解消された翌年にイギリスで発行された際には世情が反ソ連だったおかげで好評を博した。その翌年にはアメリカでも発行され同様に人気を得た[1]。

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つづいてジョージ・オーエルの記述をWIKIから引用

ジョージ・オーウェル(George Orwell, 1903年6月25日 インド - 1950年1月21日 ロンドン)は、イギリスの作家。本名はエリック・アーサー・ブレア(Eric Arthur Blair)。著作『1984年』は全体主義的ディストピアの世界を極めて説得力のある形に書き上げたため、そういった社会を「オーウェリアン」(Orwellian)と呼ぶ。
目次
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* 1 経歴
o 1.1 生い立ち
o 1.2 ビルマ勤務
o 1.3 ルポルタージュ作家
o 1.4 スペイン内戦に参戦
o 1.5 晩年
* 2 作品
o 2.1 小説
o 2.2 エッセイ
o 2.3 ルポルタージュ
o 2.4 評論
* 3 評伝研究
* 4 外部リンク

経歴 [編集]
生い立ち [編集]

1903年、オーウェルは父、リチャードが勤務していたアヘンの栽培と販売を行っていた公社があったイギリスの植民地、インドのベンガルに生まれた。母アイダ(Ida)はオーウェルが1歳の時にイギリスに帰国し、1907年になるまで父を見ることはなかった。父は3ヶ月滞在した後に、1912年まで再び帰国することは無く、姉のマージョリー(Marjorie)と妹のアヴリル(Avril)と単身赴任中の父が不在の母子家庭で育った。後にオーウェルは自らの出身階級を "lower-upper-middle class" と表現している。

5歳の時に、姉も通ったヘンリー(Henley)にある小さな聖公会の学校に通うことになる。オーウェル自身はこの学校について特に何も書き残さなかったが、教師からは高い評価をえたことは間違いなく、2年後に校長からサセックス郡イーストボーン(Eastbourne)にある当時有名な進学校、聖キプリアン校(St Cyprian's School)に校長からの推薦と学費の半額に当たる奨学金を得て進学している。進学校での生活は辛いものであったようで、皮肉を込めて「とても、とても楽しかった」と後にエッセイに記している。しかし、学業は成功を収めており、イートン・カレッジとウェリントン・カレッジの両学校への推薦と奨学金を得ている。

奨学金つきで1917年から1921年の 4年間をウェリントンで過ごした後、オーウェルはイートンに転校する。幾人かの教授から反抗的な態度をとっていると評され、厳しい成績をつけられたものの、イートンの自由な校風はオーウェルに良く合ったようで、後に有名になるイギリスを代表する知識人たちと知り合いになったのはこの頃である。しかし、その自由さに毒されたのか、真剣に研究に打ち込むことは無かった。
ビルマ勤務 [編集]

1922年にイギリスを離れ、マンダレーでインド警察の訓練所に入所し、その後5年間各地で勤務することになるが、帝国主義の片棒を担ぐ警官の仕事を激しく嫌うようになっていたオーウェルは、1927年に休暇をもらった折にイギリスに帰り辞表を出すと、2度とビルマには戻らなかった。 彼が圧制者を絶対悪と考え始めアナーキズムに傾向していったのはこの頃の体験が大きいと言われている。
ルポルタージュ作家 [編集]

最底辺生活者の生活のルポ作品を描こうと、1928年から1929年、文章を書きながら、後には皿洗いとして働きながら、パリで暮らす。1930年から1931年はロンドンとロンドン周辺を、浮浪者にまじって放浪する。その経験をもとに、1933年に最初の著作、『パリ・ロンドン放浪記』を刊行。

なお彼は実生活では煤けたロンドンを嫌っており、1935年にはエセックス州で養鶏業を営んでいる。
スペイン内戦に参戦 [編集]

スペインでは王政が倒れ、内戦が起きていた。彼は1936年にスペインに赴き「新聞記事を書くつもり」でいたがバルセロナでの「圧倒的な革命的な状況」に感動して、彼はフランコのファシズム軍に対抗する一兵士として、1937年1月P.O.U.M.(マルクス主義者統一労働党)アラゴン戦線分遣隊に伍長として戦線参加。(本当は共和国政府公認の国際旅団に加わりたかったらしい。) 人民戦線の兵士たちの勇敢さに感銘を受け、また、ソ連からの援助を受けた共産党軍の欺瞞に義憤を抱く。

5月に前線で咽喉部に貫通銃創を受けまさに紙一重で致命傷を免れる。傷が癒えてバルセロナに帰還するとスターリン主義者によるPOUMへの弾圧が始まっており、追われるように同年6月、フランスに帰還。

1938年、スペイン内戦体験を『カタロニア讃歌』として刊行。優れたルポルタージュでありながら、初版1500部のうち900部しか彼の生存中に売れなかったという。
晩年 [編集]

評論文・エッセイなどを書く生活を送り、名声を獲得する。第二次大戦が始まると、イギリス陸軍に志願するが断られ国民市防軍に加わり軍曹として勤務する。1941年にBBC入社。東洋部インド課で、東南アジア向け宣伝番組の制作に従事する。(『戦争とラジオ―BBC時代』を参照)

戦後は、1945年に『動物農場』を発表し初めて世俗的な名声と莫大な収入を得る。

1947年に結核に罹患。療養と『1984年』の執筆をかねて父祖の地スコットランドの孤島 ジュラ の荒れた農場に引きこもる。結核の治療に適した地ではなく、本土の病院に9ヶ月の入院生活を送ったのち、再びジュラに帰り積極的な治療も拒否して1949年に『1984年』を書き終える。その後南部のグロスターシャ州のサナトリウムに移る。

1950年、ロンドンにおいて46歳の若さで死去した。
作品 [編集]
小説 [編集]

* 『動物農場』Animal Farm (1945年)
o 吉田健一訳 『世界の文学53、イギリス名作集、アメリカ名作集』 中央公論社、1966年 所収
o 開高健訳 『「今日は昨日の明日」ジョージ・オーウェルをめぐって』 筑摩書房、1984年 所収
o 高畠文夫訳、角川文庫新版、1991年
o 『英語原文 動物農場』 講談社〈講談社英語文庫〉、2007年
o 川端康雄訳 『動物農場 おとぎばなし』 岩波文庫、2009年
* 『1984年』Nineteen Eighty-Four(1949年)
o 『1984』 吉田健一・龍口直太郎共訳、文芸春秋新社、1950年、出版共同社、1958年
o 『1984年』 新庄哲夫訳、ハヤカワNV文庫、1972年 
o 『一九八四年』 高橋和久訳、ハヤカワepi文庫、2009年
* オーウェル・小説コレクション、全5冊、晶文社、1984年
1. 『パリ・ロンドンどん底生活』Down and Out in Paris and London (1933年)小林歳雄訳  
2. 『ビルマの日々』Burmese Days(1934年)宮本靖介、土井一宏訳
3. 『牧師の娘』A Clergyman's Daughter(1935年)三沢佳子訳
4. 『葉蘭をそよがせよ』Keep the Aspidistra Flying(1936年)高山誠太郎訳
5. 『空気を求めて』Coming Up for Air(1939年)小林歳雄訳

他訳に

『ビルマの日々』 大石健太郎訳、彩流社、1997年
『パリ・ロンドン放浪記』小野寺健訳、岩波文庫 1989年
『葉蘭を窓辺に飾れ』 大石健太郎、田口昌志訳、彩流社 2009年
『空気をもとめて』 大石健太郎訳、彩流社、1995年

エッセイ [編集]

* 『象を射つ』Shooting an Elephant(1936年)
o 小野寺健訳『オーウェル評論集』岩波文庫、1989年、所収
* 『政治と英語』Politics and the English Language(1946年)

ルポルタージュ [編集]

* 『パリ・ロンドン放浪記』Down and Out in Paris and London(1933年)
o 小野寺健訳、岩波文庫、1989年
* 『ウィガン波止場への道』The Road to Wigan Pier (1937年)
o 土屋宏之・上野勇訳、ちくま学芸文庫、1996年
* 『カタロニア讃歌』Homage to Catalonia(1938年)
o 橋口稔訳、筑摩叢書、1970年 ちくま学芸文庫、2002年
o 都築忠七訳、岩波文庫、1992年
o 鈴木隆・山内明訳、現代思潮新社、2008年
o 新庄哲夫訳、ハヤカワ文庫NF、1984年
o 高畠文夫訳、角川文庫、1984年  
* 『戦争とラジオ BBC時代』 晶文社
o W・J・ウェスト編、甲斐弦ほか訳、1994年

評論 [編集]

* 『チャールズ・ディケンズ』Charles Dickens(1940年)
* 『鯨の腹の中で』Inside the Whale(1940年)
* 『ナショナリズムについて』Notes on Nationalism(1945年)
* 『イギリス人』The English People(1947年)

評論の邦訳 

* 『オーウェル評論集1 象を撃つ』平凡社ライブラリー、川端康雄編訳、1995年
* 『オーウェル評論集2 水晶の精神』平凡社ライブラリ-、川端康雄編訳、1995年
* 『オーウェル評論集3 鯨の腹のなかで』平凡社ライブラリ-、川端康雄編訳、1995年
* 『オーウェル評論集4 ライオンと一角獣』平凡社ライブラリ-、川端康雄編訳、1995年
o 『オーウェル著作集』、全4冊、平凡社、1970年 が元版
* 『オーウェル評論集』 小野寺健編訳、岩波文庫、1982年
* 『一杯のおいしい紅茶』 小野寺健編訳、朔北社、1995年
* 『ビルマの日々』 大石健太郎訳、彩流社、1997年
* 『空気をもとめて』 大石健太郎訳、彩流社、1995年
* 『気の向くままに 同時代批評1943-1947』 オーウェル会訳、彩流社、1997年

評伝研究 [編集]

* バーナード・クリック 『ジョージ・オーウェル ひとつの生き方』上下、河合秀和訳、岩波書店〈岩波モダンクラシックス〉、2000年
* マイクル・シェルダン 『人間ジョージ・オーウェル』上下、新庄哲夫訳、河出書房新社、1997年
* リチャード・リース 『ジョージ・オーウェル 勝利の陣営からの亡命者』 戸田仁訳、旺史社、1990年
* T.R.ファイヴェル 『ジョージ・オーウェル ユダヤ人から見た作家の素顔』 佐藤義夫訳、八潮出版社、1992年
* ピーター・ルイス 『ジョージ・オーウェル 1984年への道』 筒井正明・岡本昌雄訳、平凡社、1983年
* ジェルジ・ダロス 『1985年 続ジョージ・オーウェル「1984年」』 野村美紀子訳、柘植書房〈カルチャー・クリティーク・ブックス〉、1984年  
* 清水幾太郎 『ジョージ・オーウェル「一九八四年」への旅』 文芸春秋、1984年
* 開高健 『今日は昨日の明日 ジョージ・オーウェルをめぐって』 筑摩書房、1984年
* 宮本靖介 『ジョージ・オーウェルの栄光と悲惨』 英宝社、1995年
* 鈴木建三 『絶望の拒絶 ジョージ・オーウェルとともに』 南雲堂、1995年
* 大石健太郎 『「荒ぶる魂」の遍歴 ジョージ・オーウェルの生涯 』 日外アソシエーツ〈日外教養選書〉、1994年
* 照屋佳男 『ジョージ・オーウェル 文学と政治』 行人社、1986年  
* 河合秀和 『ジョージ・オーウェル』(イギリス思想叢書12)、研究社出版、1997年
* 大石健太郎他編 『ジョージ・オーウェル』(人物書誌大系32)、日外アソシエーツ、1995


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投稿者 佐藤研一朗 : 2009年11月07日 06:18
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