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<title>仙台インターネットマガジン　仙台の地元情報から、アート、音楽、文学、スポーツ、エッセイ、旅、政治まで: Archives ' 1-6.　美しい音　吉田修 '</title>
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<description>仙台インターネットマガジンは、仙台発のインターネット上のフリー雑誌です。</description>
<language>ja</language>
<copyright>Copyright 2012</copyright>
<lastBuildDate>Fri, 15 Dec 2000 14:23:41 +0900</lastBuildDate>
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<title>美しい音</title>
<description><![CDATA[<image src="http://www.im-sendai.jp/rensai/now/yosida.hyousi.jpeg">


 　楽器には、それぞれに特有の音色というものが備わっている。その楽器が起こった当時から、その形態をほとんど変えていないような楽器でも、機械と言えるほどの進化を遂げた楽器でも、それぞれに聞けば「あぁ、あの楽器だ」と解る音色を持っている。音色は、その楽器の魅力を語るうえでの大きな要素の一つになっていることが多い。


 　どのような音色があるかということは、楽器を演奏するうえで非常に重要なことと言える。すなはち、実は、一つの楽器には、一種類の音色だけが備わっているという訳ではないのである。


 　例えば、日本古来の尺八を考えていただきたい。首振り３年と言われるように、つーんとながくのびた音の後に、民謡の「こぶし」のように音が揺れるのは尺八の大きな魅了である。しかし、あるときは、息のスピードを速くしてかすれたような、風の音のような音を出すこともあるし、またあるときは、口の中で舌そのものを震わせ、連続する音を表現することも出来る。


 　音色を変えにくいと言われるピアノでさえも、鍵盤の手前側を押したり、黒鍵に近い側を押したりして、弦にハンマーがあたる速度や重さを調整することで音色を変化させるという。また、ピアノにはペダルというものが付いており、いったん出た音を止めずに、後から出る音とだぶらせて、全部の音が響く状態を作り、拡がりのあるゆったりとした表現をも可能にしている。


 　我らがクラシックギターはどうだろうか？音色の多彩さでは恐らく右に出るものはないだろう。「ギターは小さなオーケストラ」とはヨーロッパで言われるようになった言葉であるが、その意味するところは、オーケストラで次々に色々な楽器が全く違う音を鳴らすように、一台のギターからこんなにも違う音色が出てくる、ということであり、クラシックギターの特質を語るうえで重要なたとえの一つとなっている。


 　古くからのギターファンの中には、かの巨匠アンドレス＝セゴビアの非常に美しい音に酔いしれ、「セゴビアトーン」という言葉まで作ってしまうほど、一音の美しさに大いに魅力を感じ、自分の演奏に活路を見いだしてきた人々も多かった。また、一方では、現代の若き巨匠と言われるマヌエル＝バルエコは、ムラのない均質な音色で、常に乱れのない演奏を目指し、早い指さばきにも耐えうる安定したテクニックを完成させていると言われている。しかしながら、このような一種類の特徴ではその人の演奏を語ることは出来ないのである。


 　詳細に彼らの演奏に聴き入ってみると、セゴビアは、太く甘くビロードの様に美しいあのセゴビアトーンとは正反対の、細く硬くチリチリとした音色も常多用しているし、セゴビアトーンからするとむしろ「汚い」と言えるような音も意図して使っている。一方のバルエコも、実際に会ってそのテクニックを目の当たりにすると、音楽を均一にするために右手の弾き方を細かく調整し、多くの音色を使い分けていることがわかる。


 　昔からのギター愛好者達は「美音」に、現代の若きギタリスト達は「華麗なるテクニック」にどうしても目が行きがちであるが、前述したように、音楽を構成する要素の一つである音色は、一種類ではないのである。ましてや、楽器が持っている本来の魅力を引き出すと考えると、その音色の可能性は無限にあると言える。


 　その楽器に深く精通した演奏者達は、客席からはなかなか見えにくいこういった創意工夫を凝らしながら、日々練習に励んでいるのである。]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/12/post_31.html</link>
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<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Fri, 15 Dec 2000 14:23:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>七変化</title>
<description><![CDATA[<image src="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.11/yosida.hyousi.jpeg">


 　大分前に、日本人がヨーロッパの音楽を演奏する際のその質について、ある有名なバイオリニストが批評文を書いたものを読んだ。その中にこんな一節があった。
 「ヨーロッパの歴史ある伝統音楽を、あなたがた日本人は『演歌』という皿に盛りつけてしまう！」
 　日本人演奏家全体がそうであると言っている訳でもないだろうし、またみんながみんな演歌っぽい演奏すると言っている訳でもないだろう。すなはち、この人の言いたかったことは、どうも「様式感」ということだったようだ。


 　音楽にはそれぞれに様式、あるいは時代背景といった、その音楽独特の「らしさ」を醸し出すために必要と思われる概念がある。名演奏家と呼ばれる人々は、それぞれの音楽をそ「らしく」弾き分けることが出来るし、若い演奏家たちもそういった演奏を目標として日々精進している。ところが多くの日本人演奏家は、様式感をあまり重んじることなく、全て一色で演奏する傾向があるというのだ。この一色をこの人は「演歌」と感じたのだろう。しかし、どうだろう、こういった「一色」で成功している人も少なくないのではないだろうか？また、こういったことは、何も音楽に限ったことではないのでなないだろうか？


 　例えば俳優、役者の世界はどうだろうか？連作「ダイハード」におけるあるいは「アルマゲドン」「フィフスエレメント」におけるブルース＝ウィリスは、汗と油でぎっとりしたお父さんの顔が大写しになり、大変な局面やものすごい危険の連続だけれど、何とか必死で頑張ってついに何とかしてしまう的な役回りが多いし、古くは「スターウォーズ」「インディージョーンズ」におけるあるいは「逃亡者」「今そこにある危機」更には「エアフォースワン」「6デイズ7ナイツ」における、ハリソン＝フォードの役回りはどうだろうか？一見回避不可能と思われる重大な危機を、非常に切れ味の鋭い頭脳と、並外れた忍耐力とでついに乗り切ってしまう、そんなかっこいいヒーローである。ある意味で、彼らは「一色」で、すなはち自分の最も売れる部分や魅力を最全面に打ち出して、次々に映画をヒットさせているのではないだろうか？


 　もちろん彼らといわば対極をなすような変幻自在の俳優もいると思う。ゲイリー＝オールドマンの「不滅の恋人」におけるベートーベンは、本当にこういう人物だったのではないかと思わせるほど真に迫っていたし、「ドラキュラ」における新解釈は同じ人物が演技をしているとは思えない程説得力のあるものだった。はたまた「レオン」や「フィフスエレメント」におけるあの正気と狂気すれすれの悪役は、見る人に初めての体験をさせてくれた。しかし彼さえも、こういう七変化とも言える「演じ分け」こそが彼らしさなのだ、と言えるようにも思う。


 　音楽の世界では、グレン＝グールドというピアニストがまず思い浮かぶ。生涯独身を通した彼は変わり者で知られていたが、晩年、録音に熱中するとともに、積極的にテレビに出演し、その中で演奏論を雄弁に語り、また著書の中で様式感の重要性について書き残している。しかしながら、彼の魅力というのは、その様式感を越えたところにあると思う。どの作曲家の作品を聴いても、すぐさまグールドだとわかるからである。とりわけ、バッハ演奏においては他のどの演奏家とも違うエネルギーに満ちていて、聴くものをぐいぐいと引っ張ってゆく。だが、そこにあるものは様式その物ではなく、様式というものを極めて詳細に熟知しているグレン＝グールドという個性の姿であると思う。


 　古典音楽がすべて演歌となってはいけないし、様式を学ぶことは確かに重要であると思うが、様式こそが重要なのであるという論にも異議を唱えたいと思う今日この頃である。]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/11/post_29.html</link>
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<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Mon, 13 Nov 2000 14:00:28 +0900</pubDate>
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<item>
<title>中本誠司について</title>
<description><![CDATA[<image src="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.10/yosida.hyousi.jpeg">

 　故中本誠司氏と出会ったのは、中本誠司個人美術館で行われている、ミュージアムコンサートであった。在仙の音楽家を招いて、 日曜のひとときお茶を飲みながらクラシック音楽を聴く会である。休憩中は彼の作品を自由に鑑賞でき、自分もよく足を運んだものだった。

　30代にとどこうかという時に、お鉢が回ってきた。 当時中本氏に所に居候をしていたアメリカ人のフラメンコギタリストとデュオコンサートを行った。演奏が終わってお客が引き上げた後に、関係者たちで打ち上げとなった。 中本氏は自分の演奏がどうも気に入らなかったらしく、酒が入っていたせいもあってか、「くだをまく」といった状態だった。その時の彼の言葉の中でいまだに忘れられず、 またその意味が明確に解っていないものがある。

彼は、酒の入ったグラスを持ちなららこういった。「大体おまえは自意識過剰なんだよ。どうせおまえにはこのグラスがグラスにしかみえねえんだろ。」 自意識過剰であったのは認めるが、グラスがグラスにしか見えないというのは、どうもよくわからない。何か深い意味があるようにも感じる。

 　彼は、現代美術に携わる人間の常識としてそれを言ったのか、はたまた自分の演奏を聴いて直感的にそう感じたのか、今となっては確かめる術はない。現代美術に於けるこの言葉の意味については、本サイトの執筆者の１人である近江俊彦氏にその解説を是非期待したいところである。

　音楽ということに関して、 この言葉の意味を考えてみると、古典音楽に於ては、伝統を重んじることは重要であるが、だからといって古い型を破らなくて良いということにはならない。自分の演奏は、固定観念に縛られた、 過去の産物のようであった、ということだろうか？はたまた、極度の緊張のあまり、テンポや表情に自由さや余裕のようなものが感じられなかった、ということだろうか？そもそもクラシック音楽において、 型を破ってゆくとはどういうことを指すのであろうか？また、その必要は本当にあるのか？未だ不明である。 どうでも良いことのように思えていた時期もあったが、最近は、ずっとこの中本氏の言葉が気なっている。むしろひどく重要なことのように思えてきている。

 　中本氏とは、何度かお会いしただけで、製作中の様子を拝見したり、個人美術館の二階のよく響く通路で録音をさせてもらったりと、それほど親密におつきあいをしていたわけではないが、 会うたびの印象や言葉の衝撃が非常に強かったのをよく覚えている。また、高さ3メートル程の絵を製作中の彼の形相は今でも、脳裏に焼き付いて離れない。

 　自分の父の時もそうだったが、亡くなってみて初めて、本当はどういう人だったのかなどと考えさせられたりする。中本氏も自分にとってそのような人物である。中本氏と出会ったあなたも、 そう感じている１人ではありませんか？.....]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/10/post_26.html</link>
<guid>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/10/post_26.html</guid>
<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Thu, 05 Oct 2000 12:05:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ギター流行</title>
<description><![CDATA[<table width="300" bgcolor="#ffffff">
<tr>
<td>
<CENTER>
<BR><a href="http://www.im-sendai.jp/rensai/pro/y.o.pro.html" title="吉田修プロフィールに飛びます。"><IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.9/yosida.8hyousi.jpeg" alt="吉田修プロフィールに飛びます。"></A>

</CENTER>
</td>
</tr>
<tr>
<td bgcolor="#ffffff">
<FONT SIZE="2">(上の写真をクリックするとプロフィールに飛びます。)</FONT>
</td>

<td>
No.5
</td>

</tr>
</table>
<table width="80%" bgcolor="#ffffdd">
<tr>
<td >


　最近、ギターがまた流行っている。「また」というのは、以前も流行っていたから
である。小生が高校の頃の、空前の第１次ギターブームだった。土曜日ともなると、
教室の後ろの方にズラリとギターケースが並び、お昼で授業が終われば、我先にとバ
ス停まで走り、ギターを担いでいそいそと勾当台公園へと集合し、ギターを弾いて歌
を歌ったものだ。歌う歌はフォークであり、シンガーソングライター全盛の時代であ
る。フォークのシンガー達はみな、フォークギターを使っていた。今はこれをアコー
スティックギター、または単にアコギと呼ぶ。正確に言うと、この表現は正しくない
。アコギ＝フォークギターではない。アコースティックギターのグループにはには、
もう一つの対極をなすクラシックギターがある。小生はこのクラシックギターの演奏
者であるが、高校生当時は我々は極めて少数派であり、クラシックギターの演奏者が
メディアに乗るということはほとんど無いに等しかった。こんなギターブームを言わ
ば傍観していた人間の一人だった。これらフォークギターとクラシックギターを、今
の人々はアコギという括りを使い、はっきり区別しない傾向にある。実は今日ほどク
ラシックギターがメディアに乗り、若い演奏家達がクラシックギターをアピールして
いる時代はないのである。これはギター全体にとっては、喜ばしいことであるが、反
面問題もある。すなはち見る側や聴く側が、違いに気づいていないことが多いのだ。
ストリートミュージシャン達が使っているギターと、テレビなどで紹介される若いソ
ロギタリストが使っているギターが同じものだと思われているのである。これは多い
にメディアの取り上げ方にも原因があるように思う。取り上げられる曲が、大きく違
いを感じないような物ばかりである。弾き手自身も軽い感覚で軽快に演奏することが
多い。<BR>
　クラシックギターは、ヨーロッパに端を発する古典音楽という、それは深く広
いレパートリーを持っている。伝統あるこの古典音楽にこそ、クラシックギターの神
髄があるのである。古典音楽は華麗な指さばき、早弾きなどテクニックにその中心
があるのではなく、長い期間鍛練し、練習を重ねて尚変化して行き、何度も繰り返し
て再現するに足るような内容を持ったものである。こういった音楽が、そういうもの
として取り上げられる事は現在は少なく、残念なことである。ギターが流行ることは
多いに結構だが、読者の皆さん、どうかクラシックギターもお忘れなく！古典音楽も
お忘れなく！
不一　

</td>
</tr>
</table>]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/09/post_22.html</link>
<guid>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/09/post_22.html</guid>
<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Tue, 05 Sep 2000 02:02:48 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>鼠ヶ関　クロダイ...... 趣味</title>
<description><![CDATA[<table width="300" bgcolor="#ffffff">
<tr>
<td>
<CENTER>
<BR><a href="http://www.im-sendai.jp/rensai/pro/y.o.pro.html" title="吉田修プロフィールに飛びます。"><IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.8/yosida.8hyousi.jpeg" alt="吉田修プロフィールに飛びます。"></A>

</CENTER>
</td>
</tr>
<tr>
<td bgcolor="#ffffff">
<FONT SIZE="2">(上の写真をクリックするとプロフィールに飛びます。)</FONT>
</td>

<td>
No.4
</td>

</tr>
</table>
<table width="80%" bgcolor="#ffffdd">
<tr>
<td >

 　
<CENTER><FONT SIZE="6">鼠ヶ関　クロダイ...... 趣味</FONT></CENTER><BR>
　　　
　<FONT SIZE="5">昨年の</FONT>ゴールデンウィークに山形県の
<B><A HREF="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.8/nezugaseki.jpeg" target="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.8/nezugaseki.jpeg">鼠ヶ関</A></B>
(クリックすると地図がでます。36k)という港を訪れた。山形道が出来たお
陰で、鶴岡まではあっという間だった。鶴岡で休息を取り、日本海に出て海に沿って
、南下し鼠ヶ関を目指した。自分のバイクで日本海までやって来たのはこれが始めて
だったが、走りの疲れも忘れて、いつも見慣れている太平洋とはどことなく違う美し
さの海を眺めながら更に走り続けた。右手の岩場に目をやると、人が立っている。ど
うも釣りのようだ。バイクを止めてじっくり見ると、その服装や道具からどうもクロ
ダイ釣りらしいことがわかった。仙台ではあまりクロダイは釣れないが、こちらでは
たくさんいるのだろうか？また走り始めると、次の岩場にまた数人いる。やはりクロ
ダイ釣りだ。更に南下するにつれて、一つの岩に一人が乗っているほど人数が増えて
きた。鶴岡と鼠ヶ関の中間地点にさしかかるころには、路側帯に駐車している車が増
えはじめ、岩場に乗っている人も大変な数になってきた。バイクのエンジンを切って
、のどを潤しながら釣りの姿にじっくり見入った。みな真剣である。一人ひとりが離
れている。だが、よく見ると一人も釣れている様子が無い。どういうことだろう？こ
れだけ釣れていないのに、こんなに人がいる。しかもみな真剣そのもの。いわば異様
な雰囲気である。<BR><BR>


　「鼠ヶ関の手前に温海といういい温泉がある」とガソリンスタンドの主人の、聞き
なれないが心温まるような山形弁の説明を聞いて、宿を取ろうと温海を目指した。甘
かった。連休だったのだ。どこも空室が無く、あきらめて鼠ヶ関の小さな旅館に泊ま
ることにした。<BR>
　鼠ヶ関の漁港に出てみると、「イカ祭り」で大にぎわいである。大型
バスで大挙してやってきた近県の人々でいっぱいだ。出店をのぞき、冷やかしながら
外海に出てみた。ここもクロダイ釣りの人でいっぱいである。この旅の目的は単純で
、ある釣り雑誌にここが大変よく釣れると書いてあったので、いつも釣っている魚の
大型を釣ってやろうとやってきたのだった。いわゆる底物釣りというやつである。ア
イナメ、ソイ、カレイなどを探りながら釣る。実は、竿を出せなかったのである。一
人も底物釣りをしている人がいないのだ。磯中に漂う激しい緊張感を崩しそうな気が
して、どうしても竿を出せなかった。あきらめて高い岩に登って上から海中を眺めて
みた。いた。クロダイだ。有に60センチはある。二匹悠々と泳いでいる。こんな大き
さの魚は見たことが無い。異常な緊張の理由が多少解った気がした。これを掛けるの
は大変なことだ。魚は老魚ほど動きが少なくなり、警戒心も強くなる。海水が澄んで
いるため、ここでも一人も釣っていない。しかし、帰っていく人の様子を見ていると
、みなにこにこしている。卑屈になっている様子が少しも無い。釣りを大切なもの、
真剣に行いべきものとしてとらえているように見える。彼らの釣る姿に一種の気高さ
を感じたのだった。<BR>

　<FONT SIZE="5">宿に</FONT>戻って夕食の準備をしてくれる女将の話を聴いた。この女将は、地元の人間で
はなくよそから嫁に来たのだが、やはり釣りはするそうだ。磯場で感じた戸惑いを女
将に打ち明けると、彼女も過去に同じ思いをしたのだそうだ。この一帯では、底物釣
りは邪道なのだということだ。アイナメなどを釣っている彼女を姑がよく怒ったそう
だ。さらに話しを聴くと、どうやら答えが見えてきた。鶴岡藩だ。この辺は昔鶴岡藩
の城下で、鶴岡藩主が藩士達にクロダイ釣りを奨励したのだそうだ。クロダイ釣りを
する際の緊張感や集中力が、武士道に多いに通じるということらしい。それ以来ここ
はクロダイ釣りのメッカとなったのだそうだ。どうりでアイナメを釣っている人間が
一人もいない訳だ。<BR>

　<FONT SIZE="5">所詮釣りは</FONT>遊びと考えていた自分に恥ずかしさを感じた。釣りに対してどうも卑屈
なイメージを持っていた自分を反省した。例えば女性一人で、完全武装してクロダイ
を釣りに来るんてことは、仙台近辺ではまずあり得ない。こちらには何人もいる。釣
りというもののとらえ方が違う。もっと重要なものと考えている。<BR>

　<FONT SIZE="5">あまねく</FONT>趣味というものはこのようなものでありたいものだ。現実の仕事にも、ま
た生き方にも結びつくものとなりうるようだ。<BR>
<BR>


不一
</td>
</tr>
</table>]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/08/post_17.html</link>
<guid>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/08/post_17.html</guid>
<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Thu, 03 Aug 2000 01:46:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>カラヤン</title>
<description><![CDATA[<table width="300" bgcolor="#ffffff">
<tr>
<td>
<CENTER>
<BR><a href="http://www.im-sendai.jp/rensai/pro/y.o.pro.html" title="吉田修プロフィールに飛びます。"><IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.7/yosida.7hyousi.jpeg" alt="吉田修プロフィールに飛びます。"></A>
</CENTER>
</td>
</tr>
<tr>
<td bgcolor="#ffffff">
<FONT SIZE="2">(上の写真をクリックするとプロフィールに飛びます。)</FONT>
</td>

<td>
No.3
</td>
</tr>
</table>
<table width="80%" bgcolor="#ffffdd">
<tr>
<td >

 　<FONT SIZE="5">ビ</FONT>デオを見た。白黒映像の中のカラヤンは４９歳で、その数年前に自身が音楽監督
に就任したばかりのベルリンフィルを引き連れて、昭和３２年ついに初来日を果たし
た。曲はベートーベンの五番の最終楽章。緩やかな部分から急速な部分になだれ込む
「例の」箇所。カラヤンは渾身の力を込めてタクトを振り下ろす。両腕を一番高いと
ころから、これ以上下げられないところまで下げる。激しい動き、顔の表情も刻々と
変わってゆく。楽団員も情熱のこもった指揮に答え、フルパワーで楽器を鳴らす。音
程が少しずれたり、タイミングが合っていなかったりもする。しかし、これほどの力
強さを持った五番の最終楽章を聴いたことがなかった。こんな感動的な指揮をするカ
ラヤンの姿を、かつて一度も見たことはなかった。<BR>

　<FONT SIZE="5">そ</FONT>う、カラヤンはこんな指揮者ではないのである。様々なメディアにおいて、カラ
ヤンの演奏についてはもう言い尽くされた感がある。冷静、動きが少ない、完璧主義
、美しすぎる、等々。また、政治力を行使し、音楽界を牛耳るようになってからは、
「帝王」と呼ばれるに到った。６０歳を過ぎてからのカラヤンの演奏は、心に残らな
いものが多いし、欠点が全く無いということ、あるいはどの音も美しいということが
前面に出て、演奏全体に感動しないということが多々あった。<BR>

　

　<FONT SIZE="5">音</FONT>楽界に残したカラヤンの功績には、筆舌に尽くしがたいものがある。多くのコン
サートを通して、また特に録音という技術を最大限に駆使して、多くの音楽ファンを
確実に増やし、彼らを魅了した。しかし、演奏のスタイルという点において、現在の
及第点的演奏、その音楽の本質という意味での感情非移入型の演奏の「基礎」を築い
てしまったという側面があるのは否めないし、こういった流れに危機感を表明する多
くの音楽家が存在するのもまた事実である。<BR>

　<FONT SIZE="5">カ</FONT>ラヤンの晩年の演奏スタイル、あるいは、現代の多くの演奏に見られるこうした
傾向を、「進歩」ないしは「洗練」と本当に呼んでも良いのかどうか、そのカラヤン
自身とベルリンフィルの最初期の演奏から感じた、そんなビデオだった。
</td>
</tr>
</table><BR>


<table width="80%" bgcolor="#fff0f5">
<tr>
<td>
<FONT SIZE="5">カラヤン関連のホームページ</FONT><BR>
<FONT SIZE="4">
<A HREF="http://www.karajan.org/">カラヤンセンターホームページ</A><BR>
英語、ドイツ語だけなので分かりづらいのですが、カラヤンの子供の頃から晩年までの写真を見ることができます。
<BR>

<BR>

<A HREF="http://member.nifty.ne.jp/papy/">ヘルベルトフォンカラヤンの魅力</A>
<BR>
楽曲の解説、ＭＩＤＩデーター、年表とカラヤンに関することいろいろあります。
<BR>
<A HREF="http://plaza22.mbn.or.jp/~marzemino/karajan/karajan_menu.html">カラヤンの熱狂的ファン月我丈次さんのホームページ</A><BR>カラヤンの全録音に対して演奏評を行おうと云うページです。



</FONT>
</td>
</tr>
</table>]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/07/post_12.html</link>
<guid>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/07/post_12.html</guid>
<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Sat, 01 Jul 2000 01:34:45 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>スペイン回想</title>
<description><![CDATA[<table width="400" bgcolor="#ffffff">
<tr>
<td>
<BR><a href="../../pro/y.o.pro.html" title="吉田修プロフィールに飛びます。"><IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/yosida.r.k.jpeg" alt="吉田修プロフィールに飛びます。"></A>
</td>
</tr>
<tr>


<td bgcolor="#ffffff">
<FONT SIZE="2">(上の写真をクリックするとプロフィールに飛びます。)</FONT>
</td>

<td>
No.2
</td>

</tr>
</table>


<table width="80%" bgcolor="#ffffdd">
<tr>
<td>

<BR>


<CENTER><FONT SIZE="4">自分のことが一番良く解らないものだ。
<BR>
自分がいかに幸せかも、
<BR>
自分がいかに不幸かも、
<BR>
ここからは良く解らない。</FONT></CENTER>

　　<CENTER><table width="70%" bgcolor="#ffe4c4">
<tr>
<td>数年前に、長年憧れていたスペインの<a href="arahanbura.html" target="arahanbura.html" title="アルハンブラ宮殿の説明">アルハンブラ宮殿</A>へ、、一人旅をした後に「現代ギター」誌に掲載したその回想録を、今回は掲載したいと思う。
</td>
</tr>
</table></CENTER>
　<BR>
　　<IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/s-map.gif" align="left" alt="スペインの地図"><FONT SIZE="5">
　後から</FONT>聞いた話だが、昨年の夏、スペインは記録的な暑さだったらしい。<FONT COLOR="red">マドリッ
ド</FONT>の古いホテルに着くと、床が大理石で出来ており、少しはひんやりするがクーラー
はない。テレビをつければ、<FONT COLOR="blue">セビリヤ</FONT>で熱射病のため、お年寄りが何人も亡くなった
という。部屋の温度計は、夜になっても３６℃を指している。やむなく床の上にタオ
ルを敷いて眠る。先が思い遣られる。
　<BR>
　<FONT SIZE="5">タルゴ</FONT>でマドリッドを離れ、<FONT COLOR="green">グラナダ</FONT>へ向かう。マドリッドでは、レコンキスタ以
前の古いスペインにあまり出会うことが出来ず、グラナダに期待がかかった。外の風
景は、砂漠が続く。荒涼としている。オリーブも育たない土地。本当にこの先に、憧
れのアルハンブラがあるのだろうか....。リナレスバエサに入る頃から、汽車は山岳
鉄道の様相を呈してくる。何度も目につく谷間には、昔は川であったという痕跡しか
残っていない。途中、珍しく夕立が降り、乾いた台地はしばし潤ったかに見えたが、
その後、まるでビデオの早送りか何かを見ているように、水が次々に消えてゆく。外
は、何事もなかったように、風と砂埃の丘が続く。夜のグラナダは少しひんやりとし
ている。そうか、ここは、いわば高であったのだ。再会を喜び、抱擁しあう人々の
間をぬけて、ホテルに入る。よかった、クーラーがある。
　<BR>
　　<IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/a-ti.jpeg" align="right" alt="アーチ状の門の写真">
　<FONT SIZE="5">朝、</FONT>ヌエバ広場まで歩く。途中、タイルモザイクで飾られた<B>アーチ状の門</B>を持った
家々や、教会が幾つも目に入る。夢中でシャッターを切る。もちろん、今では接収さ
れ、全体としてはカソリックへと改装されてはいるが、やはり、本物は美しい。イザ
ベル女帝の眠る聖堂の脇を通り、広場に出ると人集りがしている。アルハンブラへの
バスの切符を買っているのだ。上まで歩くことに決め、<B>ゴメレス坂</B>を登りはじめる。
角が取れ、丸くなって黒く光る石畳。ヌエバ広場までの商店街とは全く違った雰囲気
が漂う。道も狭く、車の行き違いもままならない。一体、何人の人間がこの坂を登っ
たのだろうか.....。<IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/g-saka.jpeg" align="left" alt="ゴメレス坂の写真"><BR>
<BR>
<BR>
<BR>
革製品の土産物を売る店、安物のギターショップ、寄せ木モザ
イクの小物を作る工房。中で仕事をしている人々も、下の人達とはどこか違っている
ように見える。最初の門にさしかかると、何処からともなく、肥った、浅黒い女性た
ちが出てきて、杉の葉のような物を売り付けようとする。警官に制止されているが、
全然へこたれない。



　　<IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/s-mon.jpeg" align="right" alt="最初の門の写真">
<BR>
<BR>
　　<BR>
<BR>
　<FONT SIZE="5">門を</FONT>くぐると、突然、目の前に森が広がる。また、水の音も聞こ
えてくる。シェラネバダからの水を引いて、森のあちこちに流れ出るようにしてある
のだろうか....。ベンチに座って、水を飲んでいると、ふとあたりが涼しくなってい
るのに気がつく。下の商店街の喧騒が嘘のようだ。木陰に涼を求める様々な人種の人
々の顔を眺めながら、入場券を買う長い列に並ぶ。太陽は真上にあり、汗は滝のよう
に流れるが、
建物の中は涼しい。宮殿の内部に入った後は、出口でふと我にかえるま
で、何処をどう通ってきたのか、ほとんど思い出すことが出来ない。ただ、人の波に
押されるようにして、目も眩むような装飾の施されたいくつもの部屋を次々に通りぬ
けてきた。<IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/generalife.jpeg" align="left" alt="ヘネラリフェー＝アルハンブラの離宮">
<BR>
　冷静になって、その彫刻の手の込みよう、計算し尽くされた部屋の配置、
また光と影の巧妙な使いように目を向け、落ち着いてそれらをカメラに収めることが
出来たのは、三度目に足を運んだ時だった。ここが、破壊されずに、永く保存されて
きたのもうなずける気がする。「戦いのための要塞」としての質素な外観とはうらはらの、内部の豪華さは、見る者の思考を一瞬凍らせるだけの緊張と陶酔の気を放って
いた。グラナダを再び取り戻した人々は、いったいどんな目でこれを見ただろうか？

それにしても、この中にいると言い様のない寂しさを感じるのは何故だろう....。滅
びることが約束されながらも、これを建て、ここを去っていった王の悲しみだろうか
....。<BR>

　　<IMG SRC="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.6/kyuden2.jpeg" align="right"  alt="宮殿の写真">
　<FONT SIZE="5"> 夕方</FONT>の低くなった太陽の光を受けて、<B>アルハンブラの城壁</B>はその名のとおり真
っ赤に輝いていた。それは、紛れもなくこの場所の、この乾いた赤い土を使って建て
た証しだった。その赤い土は、完成までの百数十年の間に、戦によって流された多く
の人々の血の色にも見えた。
　<BR><BR>


　<FONT SIZE="5">乾い</FONT>た台地と、灼熱の光と影に、何故か後ろ髪を引かれる思いで機上の人となった
。この数週間接した事々を反芻するように、手持ちの資料を眺めるが、新たに疑問
は湧くばかりだ。そんな釈然としない想いのまま、肌にまとわりつくような湿気と、
車からのむせかるような熱風の吹く、<BR>
いつもの見慣れたこの街に降り立ってしまった
。
</td>
</tr>
</table>
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<table width="80%">
<tr>

<td>

吉田修氏へのメールは<BR>

<A HREF="mailto:osamu@sh.comminet.or.jp ">osamu@sh.comminet.or.jp</a>
<P>
<a href="http://www.im-sendai.jp/rensai/pro/y.o.pro.html">吉田修プロフィールはこちら</A>
<P>
<A HREF="http://www.im-sendai.jp/cgi-bin/yosida.bbs/yybbs.cgi">吉田修掲示板はこちら</A><BR>
<FONT SIZE="2">感想や意見、吉田氏への質問にお使いください。</FONT>

</td>

<td>
<A HREF="http://www.im-sendai.jp/" title="仙台インターネットマガジンのトップページに戻ります。"><FONT SIZE="5">目次へ</FONT></A>
        <P> <A HREF="../../../back/back_index.html"
 title="こちらから過去の特集、連載を全て見れます。"><FONT SIZE="4">バックナンバーへ</FONT></a><BR>
<FONT SIZE="2"> 過去の特集、連載の一覧があります。</FONT>
</td>
</tr>
</table>

<table width="70%" bgcolor="#dcdcdc">
<tr>
<td>
<B><CENTER><FONT SIZE="4">過去の連載一覧</FONT></CENTER></B>
第一回<BR>
<A HREF="http://www.im-sendai.jp/rensai/2000/2000.5/y.o.html">杜の中で想ったこと</A><BR>

ずいぶんと前に短期でドイツに留学した時のこと<BR>


</td>
</tr>
</table>]]></description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/06/post_8.html</link>
<guid>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/06/post_8.html</guid>
<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Thu, 01 Jun 2000 03:26:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>杜の中で想ったこと</title>
<description>ずいぶんと前に短期でドイツに留学した時のこと、ケルンから東に入ったメットマ ンという小さな町で、国際ギターフェスティバルに参加した。日本では考えられない ようなギター界の重鎮達が一同に会して、講習会、楽器の展示、そして毎夜のコンサ ートと、ギター三昧の一週間を楽しんだ。ドイツでは、それぞれの町々に音楽学校が あり、ギター科を持っている学校も多い。メットマンも例外ではなく、ギターの講習 を受けた人々は地元の学生がほとんどだった。一流の演奏家のレッスンを前にどんな ことが起こるのかと、自分の番が来るまで、興味深々で客席に居たが、出てくる学生 はどの人もテクニックが明らかに発展途上であり、この先生にこの曲を習うのか？と 思えるほど初歩的なものばかりだった。

ところがである、驚いたことに当の先生はご 機嫌の様子で、皆も笑顔でレッスンが進んでゆく。始めは実に不思議だった。しかし よく聴いていると、どの学生も少ないテクニックで、実に音楽的に自分の「歌」を歌 っているのだ。今まで何の変哲もないなどど思っていたエチュードも、こんなに美し い曲だったのかと改めて驚かされた。自分は、幸か不幸かその先生が翌晩に弾く予定 の曲を持っていってしまい、約二時間に及ぶレッスンの間中怒られっぱなしであった 。怒鳴られる内容はというと、どれもテクニックに関することではなく、全てが曲の 中身に関することだった。自分が何も解ってはいなかったことが、はっきりと解った 瞬間だった。それから数年が経ち、うまく東京のコンクールで優勝することが出来た が、あの衝撃は今でもはっきりと脳裏に焼き付いている。 

メットマンは、仙台の近郊で言うと秋保周辺に近い雰囲気を持った町で、レッスン の合間に外に出ると、深い杜が広がっていたり、石畳に続く古い教会でだれかがバイ オリンを弾いていたりと、ヨーロッパに行くことでとにかく必死になっていた自分に とっては、周りの心和むような環境にも学生達も、沢山教えられた想いがした。テ クニック偏重、演奏の平均化、世界標準的演奏等々が叫ばれる昨今、今回の最初の文 章を書くに当たって、自分への再確認の意味も込めて振り返ってみた。 

この迷走する時代の中で、ついに我々も「心の時代」に入った。幸い、まだ仙台周辺に は、松島を始めとして、美しい自然環境が残されている。じぶんの目の前にあるのに見ていなかったこれらの物々の中にこそ、きっと「答え」はあると信じる。 



吉田修氏へのメールは 
osamu@sh.comminet.or.jp 

2000.5</description>
<link>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/05/post_6.html</link>
<guid>http://www.im-sendai.jp/archives/2000/05/post_6.html</guid>
<category>1-6.　美しい音　吉田修</category>
<pubDate>Mon, 01 May 2000 07:46:12 +0900</pubDate>
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